“法務の戦い方”を学ぶ本

涼しげな避暑地で猫と戯れながら読書・・・なんて生活とは程遠かった今年の夏だが、そんな中でも辛うじて読めた本が、↓の2冊。

下町ロケット

下町ロケット

空飛ぶタイヤ

空飛ぶタイヤ

最近直木賞を獲ったばかりの「下町ロケット」が、知財クラスタの人々になかなか好評だったこともあり、前々から気になっていたところ、通りがかった本屋で、これまた定評のある「空飛ぶタイヤ」と並べて平積みになっていたので、思わず2冊まとめて買ってしまった・・・そんなところだろうか。

で、2冊まとめて読んだ感想を一言で言えば、

「最後に正義が勝つっていいね(笑)」


ストーリー的にはかなりシンプルで、ラストは必ず、8割方の読者が望んでいたハッピーエンドな展開にまとまる。
苦労を強いられた中小企業の社長さんは、最後に思いが実って名誉挽回できるし、悪役の大企業の中でも、きちんと正しい方向に筋を通した人間が報われる展開になる。
主人公を見捨てる“冷たい銀行”が前半で出てきたと思えば、後半では必ず“良心的な銀行”が登場して、主人公に救いの手を差し伸べる・・・*1

リアルさを追求した企業小説の場合、どこかでもやっとしたものが残る展開になりがちなのだが、この2作に関しては、実にスッキリとした読後感を得られるわけで、水戸黄門カタルシスを感じる多くの日本人(自分も含め)にとっては、非常に読み心地のいい作品であった。

もちろん、随所で高評価を得ている「組織の中で働く人々の心理描写」も、確かにさすがと思わせるものが多い。
特に、稟議一つ回す時の駆け引きとか、役員と部長と課長と・・・という壮大なピラミッドの中で如才なく立ち回ろうとする中間管理職の細かい動きだとか、それをしてしまう自分への葛藤だとか*2、は会社組織の中で10年近くメシを食った人間にしか分からないもので、シンプルなストーリーで構成されていながら、これらの作品が単純なライトノベルに陥っていないのは、そういったディテールの細かさゆえ、だろうと思うところである。

(以下、多少のネタバレあり)


まぁ、「下町ロケット」に関して言えば、

「技術系のバックグラウンドを持った凄腕の知財弁護士を代理人に立てた」

くらいで、不利だった訴訟の戦況が一気に逆転し、別訴で巨額の損害賠償金が取れてしまう・・・なんてことは、期待すべくもないし*3、そもそも日本有数の大企業に選択肢を失わせるほどの強力な特許が、いまどきの機械分野で取れるのかどうか*4、という問題もあるので、ある種の“おとぎ話”だと思って読んだ方が健全だとは思う*5

ただ、ナカシマ工業の法務グループマネージャーが何で結果的に大墓穴を掘ることになってしまったのか、とか、自分が財前、富山の立場だったらどうやって佃社長とのライセンス交渉を進めるか、といったことを考えてみるのは、(描かれているディテールが細かい分)なかなか面白い頭の体操になるのは間違いない。

また、「空飛ぶタイヤ」の方も、あるべき“コンプライアンス”に想いを馳せるべきなのはもちろんのこと*6、相手の社長の闘争心に火を付けてしまった「カスタマー戦略課」の対応のどこに誤りがあったのか、ってことも合わせて考えながら読んでいくと、より興味深くこの一冊を読み終えることができるのではなかろうか。

なお、個人的には、「下町ロケット」のレベルにまで司法の世界に足を突っ込むのであれば、いっそのこと、法務のマネージャーが準主役級の活躍をするくらいの作品も一度くらい書いていただきたいものだなぁ・・・と思ったり。銀行出身の方だけに、小説の中でも、数字読む人のステータスの方がどうしても高くなってしまうんだけど(苦笑)、数字読みながら“法使い”やってる人間もいるもんで・・・*7


なお、一体いつ観ることができるのか分からないが、レビューでは「原作よりいい」という高い評価を得ているドラマの方も、思わずBOXで買ってしまったので、一応ご報告までに。

*1:あくまでこの2冊を読んだだけの感想だが、銀行でメシを食った経験があるがゆえ、か、銀行(というか金融機関)を決定的な悪者にしない、というのが、この作者の著作の特徴なのかもしれない。

*2:個人的には、「空飛ぶタイヤ」の沢田課長なんて、非常に共感できて大好きなキャラである。

*3:基本的に知財訴訟の第一審の審理は、ほとんど書面主義だから、最初の代理人の弁護士の戦法だってあながち間違ってるとは言えないわけで(早く決着を付けたい、というクライアントの要望には必ずしも添えていないのは事実だが、訴訟の展開自体は、腕利きの弁護士を付けたところでそんなに早くなるわけでもないので・・・)、この程度で、いかにも「無能」という印象を読者に与えてしまうのは、ちょっと気の毒な気がする。

*4:汎用品ではないので、可能性がないとは言わないけれど。

*5:個人的には、会社を辞めてからまだ日が浅いうちに描かれた「空飛ぶタイヤ」の方が、働く人々の心理描写も、ストーリー自体の完成度も間違いなくクオリティが高いと感じる。どんな物書きの人でも、自分の経験をもとに、自分がいた(あるいはその周りの)世界を描こうとする場合、筆の勢いは自分がいた世界から離れてから、月日が経てば経つほど鈍っていくものなんじゃないかと思うし。筆が鈍ってディテールが甘くなったところを埋めようとしてか(あるいは、あまり接点がない業界だったか)、司法絡みのネタを貪欲に織り込んでみたものの、それが何となく上滑りしている・・・という感を「ロケット」からは受ける。他の中途半端な小説やドラマに比べれば、それでもずっと勢いとリアリティのある作品には仕上がっているのだけれど。

*6:そもそもモデルになった事例は、今でもコンプライアンスセミナーやら研修やらで格好の題材にされているものだから。

*7:テーマはM&Aあたりか(笑)。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html