消費者庁長官会見での質疑応答から透けて見える思惑

依然として世の中の関心が高い「コンプリートガチャ」問題。
主要6社等の「廃止」発表で景品表示法違反問題については、事実上一つの決着がついたように思われるものの、最近では、前々からくすぶっていたソーシャルゲームそのものの“射倖性”を論難する声も、かなり勢いを増してきているように思われる。

そんな中、ソーシャルゲーム業界にとって一つの転換点となった「5・9」*1の福嶋消費者庁長官の会見録が消費者庁から公表された。
http://www.caa.go.jp/action/kaiken/c/120509c_kaiken.html

当日、翌日の報道で伝えられていた内容に大筋で誤りがあるとまでは言えないものの、トーンとしてはだいぶ雰囲気は異なるように思われる一連のやり取りの一端を、ここで簡単にご紹介することにしたい。

消費者庁が意識していた「規制」とは?

元々は、「リスクコミュニケーション」と、食べログに関するガイドライン改訂*2がメインだった長官定例会見だったが、質疑応答では、「食べログ」問題で若干の質問があっただけで、CNN記者からの以下の質問をきっかけとして、一気に「コンプリートガチャ」問題に、話題は流れていった。

Q「コンプガチャの問題についてなんですけれども、景品表示法上の問題があるというような報道がなされておりまして、海外でも非常に注目が集まっております。これについて、現在の消費者庁の見解を、改めてになるかもしれないんですけれども、お伺いしたいと思うんですが、今までの情報について、消費者庁においては今、どういうふうに考えているのか、今後の規制が強化されるという検討がされているのかどうかについて、コメントをお願いしたいということ。もう一つが、この規制がされるということについて、産業への悪影響から見て、過剰反応なのではないかというような声もあるようなんですが、これについて、どういうふうにお考えになるのか教えてください。」

A「消費者庁としてのこの件についての景品表示法上の問題点、その考え方というのは、これから正式に示していきたいと思っています。今の時点で、消費者庁が考えていること、検討していることということでお話をしたいと思いますけれども、ご質問にあったわけではありませんが、ガチャでカードを取得することは、それ自体が消費者と事業者の取引ですから、そのカードが景品に当たるわけではありません。ただ、カードの特定の組み合わせによって、レアカードを得るということは、事業者からすると提供するということは、カードの取引を誘引する、カードの取引に消費者を誘引するための景品というふうに捉えることができると思います、レアカードについては。そうしますと、カード合わせの方法を使って、懸賞による景品を提供するということは、景品表示法が禁止をしている事項に当たります。これはあくまで一般論で、どの事例がどうだと言っているわけではありませんが、一般論として、景品表示法上の問題点があると考えています。こうした考え方をきちんとまとめて、消費者庁の考え方として提示をして、事業者、もちろん消費者の皆さんにもですが、特に事業者の皆さんに注意喚起をしていきたいと思っています。」
「過剰反応等というご意見、色々なご意見もあるのかもしれませんが、特に子どもたちがレアカードを得るために、月何十万も請求が来てしまったというような事例がありますので、少なくともそういったものは、一定の規制をしないといけない、そういった事態は避けなければいけないというふうに思っていて、過剰に規制するつもりはありませんけれども、必要な規制といいますか、必要な事業者への注意喚起をまずしていきたいということです。」

この最初の回答で重要なのは、まず、消費者庁長官が、「ガチャそれ自体は景品規制に抵触しない」、「レアカードを得るための懸賞(コンプリートガチャ)は景品表示法が禁止している事項に当たる」という考え方を示した、という点にある。

特に、(ほとんど報じられることはなかったが)「ガチャでカードを取得することは取引そのものなので、得られるカードが景品に当たることにはならない」という回答は、消費者庁がこの時点で行おうと考えていた規制の「外延」を固めるものとして、非常に重要な意味を持っていた、といえるだろう。

また、「規制」の考え方として、「まず必要な注意喚起を・・・」という、報道されていた内容とは若干トーンが異なるスタンスがここで語られていることにも、大きな意義がある。

この点については、他の質問への回答の中で、さらに踏み込んだコメントが出されている。

A「カード合わせという方法での懸賞による景品類を提供することは禁止事項ですので、まずここできちんとやりたい。この見解を明確に、これをどう運用するかという考え方としては、明示していませんでした。これまで、そういった適用事例はありませんでしたから、まず、そういう考え方を明確にして、注意喚起をしていきたい。抵触するようなものがあれば、その事業者が是正してくれるように呼びかけていきたい。指導していきたいというふうに思っています。」

A「今までこういうカード合わせの方法による景品の提供が問題になったのは、実はソーシャルゲームが出てくるずっと前、昔とても大きな問題になって、こういう規制がされたわけです。それがまたソーシャルゲームの中で、相当な時間がたってから、今もう一回問題になっているので。今までソーシャルゲーム等に、この景表法の規定を適用して、法的措置をとったことはありませんから、今の時点では、いきなり法執行ということではなくて、まず消費者庁の考え方を示して、こういうことをやると、こういう実態があると景表法上の問題がありますよ、禁止事項に抵触しますよということをきちんと示したいと思います。法執行はしないということではなくて、その上でなお抵触するようなものがあれば、それは厳正に対処して法執行にしていくということです。」

A「見解を示すといっても、実態がどうなのかをすべて把握ができないにしても、一定きちっと把握した上で見解を示さないと、示した見解と実態が全然乖離していたら見解を示す意味がないわけですし、そういったことも含めて実態をちゃんと踏まえつつ、きちんとした見解をまとめるというところで、もう少し時間がかかると思っています。」

オブラートに包んだ表現にはなっているものの、要するに消費者庁としては、「古い昔に問題視された『カード合わせ』規制」に基づいて、いきなり法執行するのは無理筋、と認識しており、事業者からの聞き取りも踏まえ、違法類型を明確化する・・・といったステップをきちんと踏んで初めて行政処分を発動できる案件だ、と考えていたことは、一連のやり取りから明らかであろう。

Q「先ほどあった相談の件数というのは、これは確認ですけれども、さかのぼって、この景表法上のカード合わせというものに適用するのではなくて、今の段階では、そういうのを注意喚起して、それに応じない場合は法律を適用することはあり得る。そういう2段階なんですよね。」
A「そうですね。」

というやりとりなどを見ていると、今回の消費者庁のスタンスは、「コンプガチャ」が違法だ、ということを確認的に宣言するものではなく、「今後違法になる」という宣言(規制の創設)を行うものなのか?というふうにも思えてくる*3

消費者庁は、他にも、

Q「ガチャ自体についての当選確率について、各事業者にそれを出させる、明示させるということはお考えでしょうか?」

という問いに対して、

A「必要があればそういうこともあり得るのかもしれませんが、確率の問題というより、カード合わせの方法による懸賞による景品類の提供というのが禁止事項になっていますので、確率がどのぐらいだからということではないと思っています。」

と回答したり、

Q「海外ではデジタルアイテムの規制というのは非常に強化されている中で、日本は緩いのではないかというような指摘もあるんですが。」

という問いに対して、

A「そういったものに無関心だということではありませんが、消費者庁が直接所管をしている法律の運用として、今、景表法上の問題点を明確にするというところに、今、消費者庁としては集中しています。」

と回答するなど、この時点で、景品規制以外の視点からの規制にまで手を広げる意図がないことを明確に表明している。

もし、あの5月5日の“リーク”前に、このスタンス明快な長官会見がなされていたら、週明けのマーケットの混乱ももう少し緩やかなものになったかもしれないのに・・・と思うと残念でならない。

消費者庁の魚心と、メディアの水心?

5日の報道以降、巷での混乱と過剰反応を助長した責任の多くは、必ずしも事実に添わない内容で断定的報道を繰り返した一部のメディアにあると自分は思っている。

この会見録を見ていても、

「現状でもコンプリートガチャを使ってソーシャルゲームというのが運営されていて、やっている企業さんは、これによって、今この時点でも利益を上げている状態だと思います。現状でつまり違法なものが、違法なビジネスが続いているわけでございまして、一刻も早く考え方をすぐにでも示すべきじゃないかという意見があるんですけれども、それについてはいかがでしょうか。」

と煽る日経紙の記者や*4、「それは所管外」と長官が再三回答しているにもかかわらず、「賭博性」の問題に食いついて何らかの言質を取ろうとする記者の質問は、「ソーシャルゲーム」とそれを運営する業者に対するある種の偏った価値観に基づいて発せられているのではないか?と思いたくもなってしまうような代物である。

ただ、消費者庁の方にも、そんなメディアの反応を誘発する“魚心”があったのかもしれない。

例えば会見の最後の回答では、

Q「繰り返しですが、今回は景品表示法の禁止事項に当たるのではないか、当たる可能性があるというものについて取組みをしているわけです。法律上問題となり得るものについて取り組んでいるのです。しかしながら、法律上に当たらなければ何をやってもいいかという話ではない。子どもの射幸心を法律に抵触しなければ幾らあおっても構わないとか、そういう話ではないです。それは社会的に非難されることもあるだろうし、先ほど言いましたような、自主的な取組みも事業者は行っている。自分たちの業界を健全に発展させていくためには、やはり社会的な批判を受けるような事業では駄目だと思います。そういうふうに事業者の方も認識して改善しようとしている取組みもあるわけですし、景表法だけですべてが解決するということを考えているわけではありません。」

という「役所の領分」を超えたような発言もなされているところだし*5、再三繰り返されている、

A「自主的にどんどん改善されるのは大いに結構」

という発言にも、“メディアの風圧”を通じて、消費者庁の“真の意図”を達成したいという思いが見え隠れしているように思えてならない*6

これまでのエントリーに対するブクマのコメント等の中には、

「規制をするより事業者の自主的な判断に任せる、という方が、行政のあり方としては良いのではないか?」

といったご意見も散見されるのだが、措置命令等の行政処分であれば、処分を受けた事業者の側に適正手続&不服審査、取消訴訟に至るまでの反論の機会が与えられ、第三者の視点からも行政庁の措置の当否をチェックする機会が与えられるのに対し、今回のような「何となく方向性を示して“自主的判断”に任せる」といった方法では、そういった機会がないまま、事業者側が一方的に白旗を上げなければならない事態に陥ってしまうリスクが極めて高い*7

今回に関しては、これから消費者庁がきちんと法執行のための「基準」を示す、ということだから、純粋な“エア”規制に比べればまだマシということなのかもしれないが、既に5日以降の動きの中で「廃止」の流れが決まってしまっている、という実態を見た時、消費者庁が設けた“段取り”にどれだけの意味があるのだろう・・・と空しく感じるのも事実である。

規制する側の“魚心”に、報じる側の“水心”。
この話題に限った話ではないとはいえ*8、報道に接した際には、今一度冷静になって考えたいことだと思う。

*1:「5・9」の各社の「コンプガチャ」廃止発表に至るまでの経緯はhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120510/1336763066参照。

*2:こちらについては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120511/1336905077参照。

*3:あくまで会見のやりとりの中での発言であって、記者の質問の意図と回答が噛み合っていないようにも思えるだけに、今後の消費者庁のスタンスについて引き続き注視する必要があるが、仮に本当にこのスタンスで進めるというのであれば、過去の利用者からの損害賠償云々という民事上の話も、法的根拠がますます希薄になってくることになるだろう。

*4:そもそも消費者庁自体が、「現状で違法」なのか、「違法な類型として新たに整理する」のか明確に言っておらず、むしろ後者なのでは?と思わせるような回答をしている状況であるにもかかわらず、「違法」という決めつけの下に質問をするというのはどうなのだろう、と思ってしまう。

*5:「社会的な批判を受けるような事業では駄目」という価値観は、企業側が自らを律するために用いるのであれば、それなりに有意義なものだと思うが、規制当局側の人間の価値観としては、若干危険思想なのではないか・・・と思ってしまうのは、自分だけだろうか。

*6:これは「食べログ」問題に関するガイドライン改定にかかる質疑の中でも出てきている、消費者庁のもうひとつのスタンス、と言える。

*7:そして、その結果、事業者にどれだけのダメージがもたらされようと、それはあくまで“自主的な判断”であるから、行政庁が一義的に責任を負うことはない、ということになってしまう。

*8:特に、犯罪被疑者の名前が挙がってから逮捕、勾留、起訴されるまでの一連の手続きなんて、捜査当局が作ったストーリーをメディアが垂れ流しているだけで、そこには“報道”を司るものとしての気概など微塵も感じられない。

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