改正著作権法が成立して以来、「ネット配信楽曲のコピーコントロール廃止」といったニュースや*1、権利者サイドの許諾を得てクラウド型音楽配信サービスを携帯各社が開始したというニュース*2のような、ちょっと前までは考えにくかったような話が次々と世の中に出てくるようになってきた。
どれもこれも、「改正著作権法に違法ダウンロードに関する刑事罰規定が盛り込まれたから」という説明で片付けられる傾向があるのはちょっと気になるところではあるのだが*3、理由はどうあれ、ここ数年、“遅れている”とされていた我が国の音楽業界が望ましい方向に舵を切ろうとしている、というのは決して悪いことではない。
そして、こういった一連の動きは、何でもかんでも「日本が遅れているのは著作権法制度のせい」という論調に持って行くことが、必ずしも筋の良い話ではなかった、ということを裏付けているようにも思える。
いかなる法制度を採用しようが、権利者の「許諾」さえあれば、ビジネスを現実に行うことは可能なわけで、リスクを上回るリターンがある、と権利者側に思わせれば、そしてサービス事業者側が、権利者に適切なリターンを与えるだけのビジネスモデルを構築できれば話は進む。
もちろん、日本が欧米に比べて同種のサービスで出遅れたのは事実だし、前進したといってもまだまだ提供できないタイプのサービスがあるのは確かだろう。
だが、音楽配信については、欧米においてもユーザーフレンドリーな法制度が完璧に整っている、とは言い難い状況にあり、現に米国などでは、サービス事業者と権利者の間の紛争が相当数起きている中で、日本だけ「制度」を恨んでも仕方ないだろう、というのは、以前のエントリーでも指摘したとおり*4。
ゆえに、ここのところの我が国における“雪解け”ムードの中で、著作権法に対するこれまでのワンパターンな思考方式にも少しは変化がみられるかと期待していたのだが・・・
残念ながら、少なくとも7月16日付けの日経紙朝刊の社説*5を見る限り、同じような論調の議論はまだまだ続いていきそうな気配である。
と題したこの社説の中で主張されている理屈には意味が良く分からないものも多く、一例を挙げると、
「著作権法は無断で複製することを禁じているが、クラウドを使えば、いちいち複製しなくても情報を見ることができる。」
「そうした新しい技術に著作権法をどう合致させていくかが課題といえる」
といったくだりなどは、そもそもクラウド化したサーバー上にコンテンツが「複製」されていることをどのように考えているのか、あるいは、著作権法が公衆送信についても規制していることをどのように理解しているのか、ということが全く伝わってこないし、
「日本の著作権制度をクラウド時代に合うように改め、消費者に使いやすいネット配信の市場を広げるには、次のような3つの視点が必要だ。『守るより流通を』『複製でなく閲覧を』『罰則より教育を』である。」
と大上段に構えた上で、
「『複製でなく閲覧』というのは、複製した場合に著作権料を徴収するのではなく、消費者が見に来た場合に『閲覧料』を取る仕組みを作ることだ。これまで録音や録画を行う機器や媒体に料金を課したが、クラウド利用が広がればこうした手段は時代遅れになる」
などと述べているくだりなどは、そもそもクラウドコンピューティングを活用したビジネスモデルの実態がどこまで正確に理解されているのか、ということにすら疑いを抱かせるものになってしまっている*6。
最終的に、
「クラウド時代に合った法制度の構築が急がれよう」
という結論に落ち着かせるためには、現在の法制度や運用を否定しないことには始まらない、ということくらいは理解できるところだが、それにしても、どうせ提言するなら、もっと突けるところはあったのではないか・・・というのが率直な印象。
「日本版フェアユース」に向けた動きを正面から批判するような論調の社説を載せつつ、その直後に「番組のネット配信にルールを」として、サービス提供事業者側を全面的に支持するような記事を載せる、という、スタンスが良く見えない日経紙*7の社説に、いちいち過剰に反応する必要はないのかもしれないけれど、それでも一定の影響力を誇るメディアだけに、ここでこの手の論調を何度もリピートされてしまうと、議論の行く末が正直心配になる。
個人的には、日本独特の“後追い商法”が炸裂した結果、数年後には、何ら法律に手を付けることなく、「昔、この国で、配信サービスにそんな制約があるなんて言われていたの?」と笑い話で片付けられるような状況になっていることを期待したいところだけど・・・。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120704/1342453682
*3:この点については7月4日付けのエントリー参照。
*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120121/1327259647
*6:消費者から「閲覧料」を徴収する、ということは、コンテンツの権利者自身が直接コンテンツを消費者に提供するというモデルを想定している、ということなのか(その場合、法制度がどうあろうが、そんなに問題は起きえないように思われる)。それとも、クラウドサービスを提供する事業者が別途介在する、という前提に立ってもなお、個々のアクセスについて「閲覧料」を収受することを求めているのか(そうだとすれば、ここで「時代遅れ」とされている私的録音録画補償金以上にややこしい制度になりそうな気がするのだが・・・)、自分には良く分からない。