「利用規約」の本音と建前がわかる本。

引き続きゴールデンウィーク期間中、ということで、書きそびれていた書評をまた一つ。
これも今さら感が強いのだけど・・・。

良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方

良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方

当初、大手書店で技術系書籍のコーナーに並べられることが多かったこの本も、今や、法律書のコーナーの定番本として平積みになっている。

多くの方が称賛されているように、「利用規約」をこれから作ろうと思っている方、あるいは、今ある「利用規約」がどうもしっくりこない、というウェブサービス関係者が必要な知識をコンパクトに仕入れるための情報は、本書にほぼ網羅されている、といっても過言ではないだろう。

特に、規約を成立させるための「同意」のとり方については、様々なパターンを挙げつつ充実した解説を行っているし、「禁止事項」「免責条項」といった定番文言についても、複数の事例等も踏まえながら簡潔に要点をまとめている。

また、「個人情報保護」に関しては、「プライバシーポリシー」の項で詳細な解説を加えた上で、さらに「ユーザーのサービス利用履歴」の利用についても解説を加えるなど、相当熱が入ったものとなっている。

商標法・著作権法といった知財周りや、資金決済法、広告規制についても、最低限の言及がされており、類書にありがちだった「特定の分野の記述は充実しているが、著者の得意分野以外の記述が丸ごと抜けていて、何冊かハシゴしないと全体像がつかめない」という懸念は、本書においては無縁だといえるだろう。

「はじめに」「おわりに」等の記述から、本書が想定している読者は、法務担当者というより、ウェブサービスを立ち上げようとするベンチャー経営者や技術者といった方々なのだろうと思われるが、法務の専門家にとっても、そしてウェブサービス以外の約款を持つ企業の担当者にとっても、一読する価値は十分にある一冊だと、自分は思う。


もちろん、手放しで称賛できるところばかりではない。

必要な情報が「網羅的」に押さえられている、とはいっても、どうしても濃淡は出てしまうわけで、本書に関しても、どちらかといえば利用規約の中の“ボイラープレート”的な定番条項の解説の方に力点が置かれていることは否めないだろう。

個人的には、第2章10項に登場する、「課金サービスでは『契約関係』の整理・把握が不可欠」というテーマこそが、「利用規約」を作成する上での最大のキモだと思っていて、実際、事業部門とのこの種の約款の作成に関する打ち合わせでは、この点(と、ユーザーの実際の利用方法に合わせた手続きの規約に落とすこと)が内容のほとんどを占める、といっても過言ではない*1

だが、本書での解説はわずか5頁(103〜107頁)、しかも、結論としては

「『権利』と『義務』を明確にしておきましょう」

ということ以上のことは書かれていない。

まぁ、この点については、具体的な事例と対照しながら検討していかないと話にならないので、“様々なウェブサービスに普遍的に共通する”事項の記述を優先しているように思われる本書のコンセプトには合わない、という側面もあるのだろうし、この部分は、弁護士がクライアントに提供できるサービス(あるいは法務担当者が社内クライアントに提供するサービス)の中で、最もオリジナル性が強く、スキルに応じて“稼げる”ところでもあるから、全てを開陳することは憚られた・・・ということもあったのかもしれないが、そこは少し残念な気がした。

また、他の充実した記述がなされている箇所について言えば、著者の“こだわり”なのか、テーマによってやや先進的な記述になり過ぎているようなところがいくつか見受けられる。

例えば、「『同意』の取り方」の章では、

「本サービスの利用を開始した場合には、本サービスの利用規約に同意したものとみなします。」

という定番の規約文言(みなし同意文言)について、「このような同意が有効かについて疑問が残る」というコメントが付されているが(91頁)、「利用規約」の他に当該ウェブサービスに係る権利義務関係を規律するルールがない状況において、ユーザーが「サービスの利用を開始する」ということは、それ自体が規約内容に対する「黙示の合意」に他ならない、という考え方もできるところであり、現在の世の中の実務と合わせて考えると、そこまで慎重にならなくても良いのではないかなぁ・・・と思うところだし、「ユーザーのサービス利用履歴は、どこまで利用していいか」(第2章14項)という章で、

「利用履歴の利用について、事前にユーザーの明示的な同意を得る」

と明記されているくだり(129-130頁)などは、サービス事業者のポリシーとしてそうすべき、という思想は一応理解できるとしても、法的にそこまで網がかかっている、とまでは言えない状況下での記載としては、いささか著者の“信念”が前に出過ぎているのではないかなぁ、という印象を受けた。

…結局、巻末に収録されている「利用規約のひな形」を見ると、規約の変更については「みなし同意」のやり方が取られているし(第16条)、一切免責条項もちゃんと入っているわけで(第8条、第13条)*2、本文の方の解説は一体なんだったの?という違和感もあるわけで・・・。


現実的な分かりやすさと、法的、あるいは倫理的な側面を突き詰めた時の「あるべき」論との間でどう折り合いをつけるか、というのが、この手の「規約/約款」類の中身を決める際には、一番頭を悩ませるところであるのも事実なので、そういった“本音と建前”を伝える、という意味では、上記のようなギャップも、一つの見どころ、というべきなのかもしれないけれど、個人的には、もう少し、今の実務をフォローするような記述があっても良かったのかなぁ、というのが、率直な感想である。


いずれにせよ、良書であることにかわりはないので、未読の方は、是非一度手に取ってお読みになられることをお勧めしたい。

*1:逆に、免責条項等については、事業部サイドもそんなにこだわりがあるわけではないので、法務サイドで適当に誂えて・・・ということになることが多い。

*2:「プライバシーポリシー」の方は、かなりの部分は本文に即した記述になっているから、それはそれで一貫性があって潔いとは思うけど。

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