債権法改正をめぐる相変わらずな報道。

公式の場だけでも、法制審議会に法務大臣の諮問がなされて以来、5年以上の長きにわたって続いてきた民法(債権法)改正に向けた議論が、今、ようやく終わりを迎えようとしている。

「法制審議会(法相の諮問機関)の民法部会は10日、契約ルールを定める債権関係規定(債権法)の民法改正要綱案をまとめた。1896年の制定以来初の抜本改定では、お金の借り手の保護や、買い手の利益を害するような規定の排除などを盛り込んだ。」(日本経済新聞2015年2月11日付朝刊・第3面)

残すは、法制審議会総会での(形式的な)審議と、国会への法案提出、審議、というプロセスのみ。

会社法の時に、内閣法制局での審査や国会での審議過程で一悶着あった苦い記憶等も踏まえて、ということなのか、今回は諸方面との調整もかなり念入りに行われている、と聞くところだけに、よほどのことがない限りは、これで事実上「決まった」と言ってよいだろう。

学者同士で議論されていた頃に比べると、遥かに“小ぶり”な改正に留まる見込みとなっているとはいえ、明治時代からほぼ温存されてきた大法典の中核部分が、多少なりとも「変わる」のは間違いないわけで、この5年間の間に関わった方々の感慨もひとしおだと思われる*1

ただ、残念なことに、肝心の「改正要綱」の内容を伝えるメディアの論調は、相変わらずちょっとずれているように思えてならない。

中間試案に関する報道*2から、昨年秋の要綱仮案を伝える報道*3に至るまで、これまで相当の違和感を抱かざるを得ないような報道が各紙で繰り広げられてきたのであるが、「改正要綱(案)」の内容がほぼ固まってから、半年近く余裕があったこのタイミングになっても、また同じようなトーンの報道が繰り返されているのを見ると、正直がっかりするところはある。

今回の改正を総括する際に、

「消費者保護」

というフレーズを使っているメディアが相変わらず多い*4のは、(かなりミスリードだとは思うが)*5、そういう香りのする規定(個人保証に関する規律の導入や、約款の組入れ・変更に関する規定等)もないわけではないため、そこはあきらめても良いだろう。

しかし、「約款」に関して創設された規定について、以下のような見出しを付けて報じているメディアが多いことには、正直驚いている。

『不当な約款は無効』明文化」(日本経済新聞2015年2月11日付朝刊・第3面)

現時点で、まだ昨日の部会で取りまとめられた改正要綱案の「最終版」は、法務省のHPにも公表されていないのだが、審議の最終盤で出てきた要綱案の案*6は、既に誰でも読むことができる状況になっている。

そして、そこで、「不当条項」に関して、決定目前の改正要綱(案)の内容として示されているのは、以下のような内容だけである。

(1) 定型取引を行うことの合意(3において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
ア 定型約款によって契約の内容を補充することの合意をしたとき。
イ 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款によって契約の内容が補充される旨を相手方に表示していたとき。
(2) (1)の条項には、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、当該定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものは、含まないものとする。

一見しただけではわかりにくいかもしれないが、ここで書かれているのは、要するに、「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、当該定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法第1条第2項に規定する基本原則(筆者注:いわゆる「信義則」)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるもの」が、「合意をしたものとみな」されない、ということだけであり、条項として有効か無効か、という次元の問題には全く踏み込んでいない。*7

もちろん、その条項について“合意をしたものとみなされない”ということは、「約款の中に入っている」というだけでは直ちに契約内容として相手を拘束することはない、ということになるので、「無効」になったのと同じことではないか、という反論はあるのかもしれないが、法的に言えば両者の違いは大きいし、条項として無効、と判断されて弾かれたわけではない以上、他の方法で「合意」の外形を整えた場合(例えば、約款の中に入っている利用者に不利な規定だけをピックアップして、説明した上で同意書に署名押印させたような場合)には「有効な条項として契約内容となる」可能性が残ることになるから、実務上の帰結も変わってくることになる。

また、日経紙の記事では、「問題のある約款」の例を紹介した上で、

民法改正後、こうした約款に基づく契約は『消費者の利益を一方的に害する』として無効になる可能性がある」(同上)

としているのだが、少しでも法律をかじったことのある人なら、「今でも消費者契約法を使えば、こういう条項の有効性は争えるのでは?」という素朴な疑問が生じるはずだし、実際、争うことは当然にできる*8

それをあたかも、「民法改正」がなされるまで「無効となる可能性」がないかのような記事の書き方をするのは、誤りに誤りを重ねている、というほかなく、単に“わかりやすく書いた”というだけでは済まされない間違いのように思えてならない。


「「不当条項」が「無効」になる」というくだりについては、中間試案や、その後の第三読会での審議の途中までは、確かにそういう方向での議論が進められてきた、という事実もあるので(以下の引用部分を参照)、記者の資質の問題、ということだけで片づけるのは気の毒なところもある*9

<部会資料75B>(2014年2〜3月頃の法制審部会で審議されたもの)
定型条項の契約条項は、当該契約条項が相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重するものであって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方に過大な不利益を与える場合には、無効とする。この場合において、無効かどうかを判断するに当たっては、当該契約の内容の全部(定型条項以外の部分を含む。)、契約の締結の態様その他一切の事情を考慮するものとする。」

だが、それでも、公表されている最新の部会資料とその解説にきちんと目を通し、然るべき関係者や有識者に話を聞けば、上記のような審議過程での変化も含めて、正確に伝えるだけの手がかりはつかめたはずで、国民生活の根本を担う法律について報道を行うのであれば、その辺はきっちり書いてほしかった、と思わずにはいられない。


この先、「改正要綱」が完全に確定し、法案化されるタイミングを見計らって、当ブログでも、少しずつ、改正法の解説めいたものを書いていければ、と思っているところではあるのだが、こんな零細ブログがいくら書いたところで、この国のほとんどの人々には、そんなものは伝わらない。

それゆえ、「わかりやすい民法」という当初の目的を達成するためにも、大手メディアには一層の精進をお願いしたいところである。

*1:とはいえ、立法にかかわっている方々は、国会で改正法案が可決されるまではまだまだ気が抜けないだろうし、逆に、企業側の実務者にとっては、「法案が成立してから、改正法が施行されるまでが勝負」なので、いよいよ本番だなぁ・・・という感の方が強いのであるが。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130218/1361897855参照。

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140827/1409928258参照。

*4:例えば日本経済新聞は「民法 消費者保護へカジ」という見出しを大きく付けているし、中日新聞、上毛新聞のネットニュースの見出しにも「消費者保護」というフレーズが躍っている。

*5:なぜなら、改正内容の多くは、「消費者保護」を意図したものにはなっていないからである。

*6:部会資料86-1、http://www.moj.go.jp/content/001131466.pdf

*7:なお、日経紙の記事では、明記された原則の内容を「消費者の利益を一方的に害する不当な条項は無効とする」と紹介しているが、上記(案)では「相手方」を「消費者に限る」という限定もなされていないため、二重の意味で間違っている、と言える。

*8:「キャンセル料」の話などは、既に約款条項が無効であるとして差止められたケースだってあるのだから・・・。

*9:中間試案くらいまでの動きを踏まえて書かれた解説は、ほとんどが「不当条項=無効」という筋の解説になっているから、それを読んで勉強しても、今回の改正要綱(案)の内容を正確に伝えたことにはならないのだが、それはさすがに気の毒かなぁ、と思った。

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