3度の大震災を経て積み重ねられた知恵

先月末に発行されたジュリスト9月号の特集は「震災と企業法務」。
東の方に住んでいる者にとっては未だに震災といえば「東日本大震災」の印象が強く刻み込まれていることもあって、表紙を見た時にはなぜ今?と一瞬思ってしまったのだが、すぐに、熊本がマグニチュード7.3の地震に襲われたのは今年の4月のことだったな、と思い出し、また今まさに北東北以北を直撃している豪雨災害等にも思いを馳せて、毎年取り上げられても良いテーマだな、と思い直す。

そして、この特集の記事の中でも、「鼎談」のコーナーが特によかった*1

メンバーは、森・濱田松本の松井秀樹弁護士を司会として、中野明安弁護士、津久井進弁護士、という「災害対策といえば」という先生方が名を連ねる。
そして、語られる内容も、災害に対応した法制度から、BCP、そして、そこで法務部門がどういう役割を果たすべきか、というところまで、具体的なエピソードを交えながら広い範囲までカバーされている。

また、ターゲットの読者層を意識してか、「企業の立場からどう対処するか」という切り口が徹底されていることにも好感が持てる。
例えば、法制度に関して、津久井弁護士が、災害法制のバランスの悪さを指摘し、

「個人と企業などの法人に分けると、個人に対する救済の仕組みはそれなりに充実しつつありますが、企業に対する支援策は、20年前とそんなに変わらないイメージです。」(13頁、強調筆者。以下同じ。)

と、企業が被災から立ち直ろうとする場面での“三重苦”(民、法人、復興といういずれの見地からも支援が薄い、という点で)を指摘すれば、中野弁護士も続けて、

「企業は支援側に回れ、というのが、実は今の日本の法体系だと思います。」(14頁)

*2

そのような流れで展開される“自衛策”としてのBCP策定の話の中では、やはり「BCPの策定と法務部門の役割」(20頁〜)という章が圧巻である。

「私はいつも、災害時に業務を中断する、迅速に避難するために何か法務的な手当てはないかを考える部門が法務部だと説明をしておりますし、その場合に具体的にはどのような対応、業務を中断しようと思ったときにどのような対応を取引先にお願いすればいいのか、どういうことを言って責任を免除してもらうのがいいのかということについて、法務部としてはアイディアを出して、営業部門にそれをきちんと伝えるとか、そういう役割を担っているのではないかと思っています。」(20頁)

と中野弁護士が具体的な契約条項や「法律的に耐えられない」災害マニュアル対策の例を挙げながら語れば、津久井弁護士も、いわゆる“防災専門家”を少々皮肉りつつ、

「災害が起こったときに『超法規的な対応が必要だ』とすぐ言われるのですが、超法規的と言うからには、標準の法規がどうなっているかの理解がないと、どこからが超法規なのかということで結局迷ってしまうわけですから、法務の専門家が計画時に立ち会わないと、実のあるものにはなりません。」(22頁)

と「法務」の意義を説く。

中野弁護士が具体的に提示されている「基本取引約定書に入れるべきルール案」そのものには自分は全面的に賛同するものではないが*3、単に「不可抗力条項」があるから良いというものではない、という点については強く同意するし、事業部門だけで練られた「計画」の怖さも重々分かっているだけに(笑)、非常に有益だな、と思ったくだりであった。

また、「災害時における個人情報の取扱い」(22頁以下)の章では、東日本大震災後の対応が「本人の同意なく目的外利用や第三者提供ができる」典型的場面だったにもかかわらず、躊躇した自治体等も多かったこと、災害対策基本法の改正等、さらに立法的な手立てが講じられたにもかかわらず、熊本地震の対応においても「相変わらず個人情報への過剰反応がみられ」ること(津久井弁護士発言・23頁)などが指摘されていて、興味深く読んだ。

特に、

「個人情報保護違反のリスクばかりが声高に強調され、保護さえしておけば賠償責任を負わないで済むという感覚に慣れてしまっていると、いざそれを外部提供しなければいけない場面が来たときにできなくなってしまう。」
「開示しないことによって、もし命が危うくなったら、損害賠償責任を負う可能性があるということですね。」(以上23頁、津久井弁護士発言)

といったコメントは、多くの方々に読んでいただきたいものだと思う。

この後にも、民間事業者による一時滞在施設の提供への協力は、施設だけでなく『オペレーションする社員も一緒に提供する』ことである、という指摘(24頁、中野弁護士)があったり、救援物資の輸送に関して、緊急事態条項以前に「きちんと委託して活動する仕組み」を作ることが重要、という指摘(28頁、津久井弁護士)など、うなづかされ、気づかされるコメントが満載で、実に読み応えのある記事であった。

もしかしたら、今絶賛公開中の「シン・ゴジラ」を見てからこの特集を読んだ方が、より味わい深かったのかもしれないが、とにもかくにも素晴らしい企画、ということで、ジュリスト9月号、強くお勧めしておきたい。

*1:松井秀樹=中野明安=津久井進「鼎談 震災と企業の対応−防災・BCPを中心に」ジュリスト1497号12頁(2016年)。

*2:何と実も蓋もない・・・と思うが、実際、これこそが、この5年間で多くの企業が直面してきた現実だと思う。

*3:中野弁護士は災害時の「判断基準」そのものを契約書に盛り込むことの理を説かれているが、定型的な内容で取り交わされることが多いこの種の契約に、個々の場面を想定した「判断基準」を盛り込むのは現実には難しく、むしろ、災害発生時に柔軟な解決を可能とする協議条項等に委ねる方が現実的ではないかと思う。

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