夏休みに読んでみた本(その2)〜債権法改正に向けて、加速するプロパガンダ。

夏休みシリーズ、ということで、第2弾は、内田貴法務省参与が書かれた、債権法改正中間試案の“解説書”である。

民法改正のいま ―中間試案ガイド

民法改正のいま ―中間試案ガイド

かつて、新書が出た際にもコメントしたとおり*1、内田参与の書かれる解説の“分かり易さ”は、学者の先生が書かれる者としてはずば抜けている、と自分は思っている。

そして、今回の本も、「解説書」というよりは、「ガイドブック」と言った方がふさわしいような、“ですます”調の丁寧な解説に、鮮やかな二色刷り、そして、ところどころに図表を効果的に挿入するなど、読み手に寄り添う姿勢を前面に押し出した一冊、となっている。

内容的には、新書版とは異なり、具体化しつつある改正案=「中間試案」の内容に即した解説、ということなので、単なる“読み物”を超えた専門的色彩が強いものとなっているのは事実だが、それでも、無味乾燥の試案本文に丁寧な語り口で味付けがされ、ややこしい議論も、相当分かり易く解きほぐされているから、企業等で日頃から法務業務に関わっている実務家や弁護士、といった専門家であればもちろん、法律について基本的なことを学び始めた学生や、日常的に契約等に触れる機会のある企業人等も、そんなに抵抗感なく読み進めることができるのではないだろうか。

もちろん、著者のお立場を考えれば、この一冊の中に、「中間試案」に対するネガティブな評価が入り込む余地はない。

「なぜ、法改正を行うのか」という点については、

「いまや初等中等教育でも法教育が実施され、裁判員裁判も行なわれ、国民の法に対する意識は確実に変化しつつあります。先に引用しました司法制度改革の意見書が述べているように、基本的な法令である民法は、日本国民のみならず、日本民法の適用を受ける外国人にとっても、可能な限りわかりやすいものであるべきです。しかも、民法は裁判所で裁判規範として適用されるだけではありません。民法の契約ルールは、取引の際の行為規範としても機能しますので、そのルールが明確でわかりやすく、一般にも参照が容易で予測可能性が高いものとなっていれば、紛争を予防するために大いに力を発揮するはずです。そして、そのような大切な役割を担うものであるなら、その中身は、内外の社会経済情勢に即した適切なものであるべきでしょう。」(9頁)

と、従来の自説をさらに美辞麗句でグレードアップしたような説明が付されているし、

「国際取引に関わっている法律実務家からは、国際的に評価の高い契約法を作らなければ、国際取引で日本企業の交渉力が強い場面においてすら、相手方の外国企業が日本法を準拠法とするのを避けるようになるとの懸念も示されています」(13頁)

というお馴染みのくだりもある*2

また、各論については、

第2章 民法の現代化 〜消滅時効、法定利率、保証、債権譲渡、有価証券、三面更改、約款
第3章 民法のルールの透明性向上(わかりやすい民法〜「法律行為」の定義、暴利行為、錯誤、代理、付随義務・保護義務、契約交渉の不当破棄、契約締結過程の情報提供義務、契約の成立
第4章 債務の履行がされないときの救済(履行障害法)債務不履行の救済手段、損害賠償の範囲、金銭債務の特則、解除、危険負担との関連、事情変更、不安の抗弁権
第5章 各種契約 〜売買、贈与、消費貸借、賃貸借、請負、委任、雇用、寄託

と、配列する順番にこそ若干の考慮が見られるものの*3、挙げられた項目としては、これまでに行われた解説会等のそれ、から大きく変わっていない。

そして、当然のことながら、プッシュされているのは、常に「試案本文」の案であり、異説については、一応“挨拶”程度の紹介はしているものの、さりげなくスルーないし、やんわりと批判を加えて、最終的には本文の案を万全のものに見せる・・・というテクニックが、依然として健在である。

実務から根強い反対説が出ている「債権譲渡」に関しては、実に14ページにもわたって、中間試案の改正提案の意義を綿密に解説しているにもかかわらず、反対説の存在については、

「もっとも、以上の提案に対しては、現行法には問題がなく、そのまま維持すべきだという意見もありましたので、注記されています」(54頁)

と、わずか2行(苦笑)。

さすがに、信義則に係る条項を明文化することへの批判に対しては、比較的丁寧に応答しているが、それでも、結論としては、

「仮にこの意見(注:明文化への反対意見)が、一般条項の適用として行われている事例判断については、あえてルール化するよりも、従来どおりの一般条項の解釈に委ねる方がよいという主張を含むとするなら、それは、妥当な事案解決のためには裁判官を信頼してすべて任せればよい、という発想につながります。これは裁判官に対する絶大な信頼を背景にしなければ成り立たない議論です。仮に日本の裁判官に対して日本国民がそのような信頼を持っているとしても、日本民法を、日本人の裁判官が日本の法廷で適用するときにしかうまく機能しないようなローカルな法典として想定することは、普遍的なルールの形成をめざしてきた近代の契約法の発想とは相いれませんし、市場の拡大という現代の経済活動の現実にも適合的ではないように思われます。」(99頁、強調筆者、以下同じ。)

と、大きい話を持ち出してバッサリ・・・である*4

興味深いのは、「中間試案」の段階で審議会の議論がまとまらず、甲案、乙案の二案が併記されている一部の論点について、かなりバイアスのかかった説明がなされていることだ。

例えば、「消滅時効」については、「同じ損害賠償債権が、契約責任と不法行為責任のいずれの法律構成でも基礎づけることができ、いずれを選択するかで時効の点で差が出る」ということを指摘した上で、

「これは、法律専門家からすれば有利な方を選択するという腕の見せ所からもしれません。しかし、国民の目線からいうと、それぞれの法領域の性質から必然的に時効期間が異なるならともかく、そうでないなら、損害賠償責任を課すという同じ目的を追求する2つの制度が重なる場合に、たまたまどちらの制度を選択したかで有利不利が生じないように制度を設計すべきであって、時効の点で結論が逆転するのは、制度設計そのものに問題があるという印象を受けます」(20頁)

というコメントが付されており、明らかに「乙案」(主観的起算点と客観的起算点を併存させ、不法行為法のルールに近付ける、という案)が意識されているし、「債権譲渡」の論点においても、

「少なくとも債権譲渡制度を資金調達目的に利用しやすいものにするという政策を是認するなら、登記(登録)制度をめざすのは合理的な選択であろうと思われます」(52頁)

と甲案に対する強いこだわりを感じさせる記載がある*5


著者ご自身も、自らの著書の影響力の大きさは重々ご承知なのだろう。
本書が書店の店頭に並んだのは、ちょうどパブリックコメントが終わる頃で、さすがにそこは“自重”されたのかなぁ、と思う。

また、あまりに関係者の意見対立が激しすぎる「約款」の論点については、一応、相応の紙幅は割かれているものの、改正反対論者を刺激することを避けたのか、他の論点と比べると、表面的な淡々とした解説にとどまっているように思えるし、契約解釈に係る「格差考慮」条項等の論点にも、本書の中では特段大きな言及はされていない。

だが、そういった点を考慮したとしても、批判精神を抱くことなくこの本を“素直に”読んでしまうと、解説の“わかりやすさ”ゆえに、読者が少々バイアスのかかった世界に連れて行かれてしまうことは避けられないと思われる。

立法を進めている側が正面切って唱えてくる“理屈”を知り、今後の議論に備える、という意味で、債権法改正に関わる各業界等の担当者等にとって、本書が必読の書であることは間違いないところだが、くれぐれも「ミイラ取りがミイラ」なんてことにならないように、しっかりと本書を読み込む必要がある・・・と思った次第。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111228/1325323600

*2:もっとも、この点については、これまでの関係各所からのシニカルな批判が影響したのか、あくまで実務家のコメントの“引用”にとどまっているし、「日本法が準拠法に採用されるようにすべし」というトーンからは少し後退したように思えなくもない。

*3:解説会等では、冒頭になされることが多かった履行障害法の話を少し後ろの方に持ってきたのは、民法学プロパーの議論に読者が拒絶反応を示すのを回避する、という意図によるものなのかなぁ・・・と推察する。

*4:「一般条項の解釈に委ねる」ということは、「裁判官にすべて任せる」ということと必ずしもイコールではないし、ましてやそれを、「日本の民法をローカルな法典として想定すること」につなげるのは、論理の大飛躍に他ならないと思うのだが、今回の債権法改正をめぐるプロパガンダの中に、このタイプの議論が多いような気がするのは自分だけだろうか。

*5:その割に、この論点に関する議論の中で実務の一番の関心事となっている、債権譲渡登記制度の見直しの方向性について、何ら触れられていない、というのは、ちょっとバランスがよろしくない気がする。

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