最高に幸福な4分間を共有できたことへの感謝をこめて。

もしかしたら、この日の彼女の“早すぎる出番”は、“奇跡の4分間”を演出するための舞台装置の一つに過ぎなかったのかもしれない。
そんなふうに思えてしまうくらい、彼女が滑った4分間は、見る者全ての心を揺さぶり、涙腺を緩ませるにふさわしい時間だった。

「女子のフリーで、ショートプログラム(SP)16位と大きく出遅れた前回銀メダルの浅田真央中京大)は、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を決めるなど、フリー3位となる自己最高の142.71点をマークし、合計198.22点の6位まで順位を上げた。」(日本経済新聞2014年2月21日付け夕刊・第12面)

どんなに注目すべき日本人選手がいても、普通、この手の記事は、順番通り優勝した選手の名前から書いていくのが“ひな形”だと思うのだが、そんな常識すら超えてしまったのが、この日の浅田真央選手だったのだろう、と思う。

フリーでの自己ベスト、142.71点、という高得点を取ったとは言っても、スコアシート*1をよく見ると、2種類のコンビネーションジャンプで2つ目のジャンプが回転不足を取られているし、3回転ルッツはエラーエッジで手痛い減点をされている。

男子シングルの時とはうってかわって、女子フリーでは最終グループの演技者がことごとくベストに近いパフォーマンスを発揮したこともあって、最初見たときは“驚異的”と思われた浅田選手のフリーのスコアも終わってみれば全体の3位*2にとどまっている。

それでも、「そんな細かい話はどうでもよいではないか」と言ってしまいたくなるほど、彼女が銀盤に描いた世界は素晴らしいものだった。

ピンと張りつめた空気の中、皆、息を止めて見守ったトリプルアクセルが、GOE+0.43の加点付きで見事に決まった瞬間、スケーターも視聴者も、長年の軛からようやく解放された。そして、その後、ラフマニノフピアノ協奏曲第2番に乗せて、彼女が一つひとつのジャンプを跳び、ステップを踏み、スピンを美しく決めていく・・・そんな所作を目撃するたびに、彼女の描こうとする世界の中に引き込まれていき、最後の3回転ループが決まって、スピン、そして全身を躍動させたストレートラインステップが始まった頃には、「もう少しだけこの時間が続きますように・・・」と祈りたくなるような感覚に襲われる。
そして、全てが終わった瞬間の、なんと形容したらよいのか分からないような万感の思いが詰まった浅田選手の表情に、思わずシンクロして涙した・・・

どれだけの人が、この4分間をリアルタイムで共有できたのかは分からないけれど、たとえテレビ越しでも、これほど、「この目で見られてよかった」と思えたことは、人生の中にそうそうあるものではない。


「6位」という結果は、確かにここにある客観的な事実。

今回の五輪のメダルをめぐる戦いの熾烈さに鑑みれば、仮に、浅田選手がSPで出遅れていなかったとしても、金メダルはおろか、メダル一つにすら手が届かなかった可能性もある、という現実も受け止めなければならないだろう。

だが、それでも、「今日は彼女が一番だった」と、思わず叫びたくなる、そんな幸せな時間を、深夜かたずをのんで勝負の行方を見守っていた多くの人々と共有することができた・・・、ということに、自分は感謝している。

*1:http://www.isuresults.com/results/owg2014/owg14_Ladies_FS_Scores.pdf

*2:1位は堂々の優勝を飾ったソトニコワ選手、2位は(個人的には納得いかないが)元世界女王・キムヨナ選手である。

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