涙なくして見られなかったクリスマス前々夜の奇跡、そして未来への希望の光。

例年なら、グランプリシリーズが始まる頃には、チラホラとこのブログでフィギュアスケートの話題を取り上げることが多かったのだが、今年は、何となく書くことがためらわれ、全日本フィギュアの大一番を迎えるまで、ただただ一つひとつの勝負の行方を見守ることしかできなかった。

慌ただしさゆえにGPシリーズの映像をSP、FS通してみられる機会がなかなかなかった、というのも一つの理由だが、それ以上に、このシーズンが、トリノ五輪の前あたりからずっと“看板選手”として日本のフィギュア界を支え続けてきた選手たちが「最後の五輪」に挑む、という極めて大事なシーズンになっている、ということも大きい。

男子でいえば、高橋大輔織田信成といった「1枠」の時代から覇権を競い合っていた選手たち、そして女子でいえば、浅田真央鈴木明子安藤美姫といった、日本でも世界でも実績を残し続けてきた選手たちが、おそらく最後になるであろうソチ行きの切符を賭けて戦う。そんなシーズンだけに、代表選考最後の大一番となる全日本フィギュアという舞台で、それぞれの選手たちの一つの“完成形”を見るまでは、軽々しくコメントすることはできないな・・・というのが正直な思いだった*1

結局、3日間の戦いの幕が下り、代表選手に選ばれた顔ぶれだけを見れば、今シーズンのこれまでの選手たちの戦いぶりを見守ってきた多くのフィギュアスケートファンにとって、そんなに意外感はない、という結末に落ち着いている。

だが、この3日間の間に、選ばれた男女シングルの代表選手6名と、選ばれなかった残りの多くの選手たちが紡いだストーリーには、下手な脚本家では到底書けないようなドラマ的要素が満載だったし、例年以上に余韻が残るいい大会だった、と思うだけに、鮮明に刷り込まれたこの瞬間の記憶を、ここで書き残しておくことにしたい。

羽生選手が示した風格。

例年通り、先に始まった男子シングルでは、羽生結弦選手が、ショートプログラムでいきなり103.10点、という驚異的なスコアで、衝撃を与えた。

GPファイナルでも感じたことだが、今年の羽生選手のSPの完成度は非常に高いし、何よりも選手本人が絶対的な自信を持って滑っているように見える*2

出だしの4回転トゥループに始まり2種類のスピンでレベル4、さらに加点が付く後半に3回転アクセル、3回転ルッツ-3回転トゥループのコンビネーションという基礎点10点級の大技を持ってこられたら、世界広しといえど、太刀打ち出来る選手はそういるものではないわけで、今回の全日本では、さらにその後のステップシークエンスと最後のスピンまでレベル4で固めた*3ことで、技術要素点は実に56.20点まで到達。
更に演技構成点でも9点台を連発(3項目では9.50点)して、2位に10点近い差を付ける完全な独走状態を築いてしまった*4

SPに比べると、フリーの方は、出だしの4回転サルコウがなかなかクリーンに決まらない(今回も転倒し、GOE-3.0点)し、曲(ロミオとジュリエット)への合わせ方も、もう一歩、という印象を受ける*5ので、そこはこれから五輪までの課題、ということになるのだろうけど、今回の全日本でも終わってみれば、フリーだけのスコアでも他の選手を圧倒。昨年以上に圧倒的な強さを見せての2連覇、という結果に異を唱える人は誰もいなかっただろうと思う。

バンクーバー五輪のシーズンに、世界ジュニアで優勝。五輪翌シーズンからシニアに転向して、右肩上がりの順調な成長カーブを描いている、という競争と浮き沈みの激しいこの世界では稀有な存在だけに、今回の勝ちっぷりをこのまま本番の舞台で・・・と思わずにはいられない*6

誰と誰の戦いだったのか? 〜男子シングルの「最後の一枠」をめぐる“騒動”に思ったこと。

さて、今回のフィギュアスケート五輪選考で、最も悩ましい話になってしまったのが、男子シングルの残り「2枠」を巡る争いであった。
その伏線となっているのは、昨年の全日本で9位と惨敗し、五輪には程遠い場所にいた町田樹選手が、今年のGPシリーズで2連勝、という大活躍を見せ、高橋大輔小塚崇彦織田信成といった経験豊富な3選手の争いに割り込んだこと。

SPの致命的な出遅れをフリーで挽回したGPファイナルでの演技は、新たな境地に達した町田選手の今季の“進歩”を如実に表していたし、今大会でも“有言実行”とばかりに、五輪への熱い思いをメディアに語り続けた末に、ショート、フリーともにほぼ完ぺきな演技を見せて2位に食い込んだ。

一方、歴戦の勇者である高橋大輔選手は、出場すれば五輪代表にふさわしい存在感をアピールできるはずだったGPファイナルを直前のケガで欠場。
全日本でもその負傷の影響か、ジャンプを中心に精彩を欠く印象で、SPでは4位と出遅れた上に、フリーでもさらに順位を下げる、というまさかの結果になってしまった。

そして、2007-2008シーズンから、全日本では(昨季を除き)ずっと安定した戦績を残してきた小塚崇彦選手が、SPで本人もびっくりの90点台で表彰台圏内に入り、さらにフリーでも、自慢のスケーティングで9点台を叩きだすなど、バランスの良い演技でその順位をキープ。五輪代表選考の要件を一つクリアすることになった。

その結果、男子シングルの順位決定後、新聞等では、以下のような記事も載ることになる。

「2010年バンクーバー五輪銅メダリストの高橋は実績は十分。今季もNHK杯で優勝したが、11月末に右脚すねを故障し全日本は精彩を欠いた。一方の小塚は11年世界選手権銀メダリスト。実績は高橋に劣るが、上り調子で全日本の表彰台に立った。日本スケート連盟はこれらを総合的に判断して23日に代表を発表するが、難しい判断を迫られそうだ。」(日本経済新聞2013年12月23日付け朝刊・第29面)

同じ紙面には、

「今季を集大成と位置付ける27歳。日本フィギュア界を長らくけん引してきたエースも、ここで終幕となるのだろうか。」

という金子英介記者のコメントまで載っており、これだけ読んで、「小塚対高橋」という歴代全日本チャンピオン同士のガチンコ対決になってしまったのか・・・と冷や冷やさせられた人も多かったのではなかろうか。

だが、冷静に考えれば考えるほど、高橋大輔選手の“落選”は、現実にはあり得なかったように思えてならない。

国際大会でのそれまでの実績と“格”がものをいう採点競技において、「国際審判員がどれだけのスコアを付ける選手なのか?」という要素は、極めて大きい。
特に細やかな表現とスケーティング技術への絶対的な信頼感ゆえ、今シーズンも依然として演技構成点で爆発的なスコアを叩きだす高橋大輔選手の存在感は、日本代表の選手たちの中でも際立っていたと言える。

プログラムの技術要素で、高橋選手を圧倒的に凌駕するような選手であればともかく、ジャンプの技術以上にスケーティングでアピールする傾向が強い小塚選手との比較であれば、ここで高橋大輔選手に涙を吞んでもらう・・・ということは、ちょっと考えにくかったのが現実ではなかろうか。

さらに言えば、代表選手発表で一番最後に「高橋」の名前が呼ばれた時の歓喜一色の会場の雰囲気*7が、誰が最後の一人になるべきだったのか、ということを、明白に示していたように思えてならない。


小塚選手も、バンクーバー五輪の次のシーズンには、堂々の全日本王者となり、世界の頂点にもあと一歩のところまで手が届きかけた選手である。
そして、前回の五輪で見せた品のある滑りが、「4年後の飛躍」を大きく期待させるものだったことは、自分も未だに忘れてはいない。

ただ、今回ばかりは、率直に言って「相手」が悪かった*8

来年25歳を迎える小塚選手に「さらに4年後」を期待するのは、あまりに残酷なことなのかもしれないけれど、高橋大輔織田信成、という長年日本男子フィギュア界を引っ張ってきた選手たちが姿を消す来シーズン以降、これまでつないできたJAPANフィギュアの灯が消えてしまわないように、小塚選手にはもうひと踏ん張り期待したいところである。

女子代表選手たちが示した本番への光明。

一方、女子の方は、さほど選考に頭を悩ませる必要もないくらい、五輪に出場すべき選手が全日本フィギュアで上位に来た、というのが率直な印象である。

あえて「意外な結果」として取り上げるとしたら、今シーズンの序盤に不振をかこっていた村上佳菜子選手の“大復活”劇くらいだろうが、村上選手の場合、昨シーズンも全日本で2位、世界フィギュアでもSPまではメダル圏内に付けていた、という実績があったわけで、今シーズンも、合っていなかったSPの曲を以前使った曲に戻し、一点集中で勝負を賭ければ表彰台に上れるくらいの力はあった。

仮に、宮原選手の方が上の順位になっていたら、選考は男子以上に難航しただろうが、今年のグランプリシリーズの結果を見る限り、宮原選手が国際舞台で評価を勝ち得るまでにはもう少し時間が必要かな・・・という印象もあっただけに、最終的には良いところに収まったのではないかと思う*9

そして、何よりも本番に向けての光明だなぁ・・・と思ったのが、昨年の全日本で懸念していたような、トップシニア選手たちの技術要素点の低迷傾向に、一つの歯止めがかかったこと。

今回の全日本フィギュアでは、ショートプログラムこそ、38.08点を叩きだした宮原知子選手に最高得点のポジションを譲ったものの*10、フリーでは、鈴木明子選手が72.11点、村上佳菜子選手が69.10点、とジュニア世代の選手たちをきっちり抑えて、上位を独占した*11

特に鈴木明子選手に関しては、最初の3連続ジャンプ(基礎点8.4+GOE1.12点)から、最後の3回転サルコウジャンプまで、全てのジャンプに加点が付き、さらにスピン、ステップは全てレベル4、という、うっとりするくらいの仕上がりぶりだったし、村上選手も冒頭の3回転-3回転(トゥループ)で基礎点8.2点にGOE2.1点を大幅加点、エラーエッジを取られた3回転ルッツ以外は、文句なし・・・だった。

元々、技術には定評があるジュニア世代の宮原知子選手が、回転不足を取られた2つのジャンプ(一見して失敗した、とは言えないようなきれいなジャンプに見えたが、そこは解説者の指摘のとおりだった)以外ほぼ完ぺきに成功した、という状況だったにもかかわらず(結果、技術要素点64.50点)、鈴木、村上の両選手が技術要素点だけでもそれを上回るスコアを出せた、ということは、五輪本番で予想されるロシアジュニア勢とのバトルの行方を占う上でも、大きな意味があったのではないかと思う。

8年前との不思議な符合

終わってみれば、鈴木明子選手が13回目の出場で悲願の初優勝、という(自分も含めた)ファンにとっては涙なしでは見られないくらいの素晴らしい結果になった。
15歳で初出場した2000年の大会*12で、村主、荒川、恩田という当時の第一人者たちに次ぐ4位に入っていたことを考えると、もっと早く頂点に立っていても全く不思議ではなかったのだが、「途中で一頓挫を余儀なくされながらも、コツコツと挑戦を続け、引退を決意したシーズンになって、ようやく表彰台のてっぺんに辿り着いた」というのも、彼女にしか作れない貴重なドラマなわけで*13、そういう強い星が五輪本番、そして世界選手権で上手く働けば、「もう一つサプライズ!」というところまで望んでも、決して“欲張り”にはならないんじゃないか、と思っている。

また、浅田真央選手が、フリーで崩れて「3位」という10シーズンぶりの順位*14にとどまったことを、本番に向けての不安、と見る向きもあるのかもしれないが、昨シーズンの四大陸選手権以降、国際舞台での彼女の演技に、非常に安定感が出て来ている、ということを考えると、今回の一度の失敗をもってとやかく言うのは、お門違いだというものだろう*15

何より「3位」というのは、トリノ五輪の直前の全日本フィギュアで荒川静香選手が収まっていた、非常に演技の良いポジション(笑)なのである*16

荒川選手がトリノ五輪直前に、バッサリとプログラムを変更したように、浅田選手もトリプルアクセス主体の現在のフリーのプログラムを本番までに修正した方が、金メダルの確率は高まるように思えなくもないのだが、どちらの道を選ぶとしても、最後に迷いさえ残さなければ、ソチの舞台で世界トップの実力を証明することはできるはず。

いずれにしても、着実に進化を遂げてきた今シーズンの浅田選手のプロセスと、全日本で最高のパフォーマンスを見せた鈴木、村上両選手の勢いが組み合わさって、愛知県出身の3人が、“日本女子フィギュア史上最強のチーム”へと変貌すること、そして、その3人が、本番で大輪の花を咲かせるてくれる、ということを、自分は信じてやまないし、三者三様だった全日本での彼女たちのパフォーマンスには、そんな可能性を十分に感じさせる何かがあった、と思うのである。

*1:さすがに、東日本選手権での“安藤フィーバー”の時は、たまりかねてエントリーを上げてしまったが・・・(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20131105/1383668321)。個人的には東日本1位で全日本に帰ってきた西野友毬選手が、実力を発揮できないまま下位に沈んでしまったのが、何とも残念に思えてならない。

*2:今季開幕直後に見た時は「パリの散歩道」の音楽から、昔懐かしの“セクスィー部長”を連想してしまって、ちょっと微妙な印象もあったのだがw、今季が終わる頃には、完全に彼の曲になっていることだろう。

*3:最後のスピンはGPファイナルではレベル3にとどまっていたが、今回レベル4にグレードアップしたことで、夢のSP100点台に手が届くことになった。

*4:全日本フィギュアのスコアは、国際標準に比べると当然高めに出ることが多いのだが、それを差し引いても、SPの時点ではた選手との間に圧倒的なレベルの差があることは明白だった。

*5:結果として、今回の全日本でもスピンやステップのレベルの取りこぼしが見られる。

*6:年齢的には、もちろん「次」もあるのだが、小塚選手の例をみるまでもなく、この世界での「4年後」は誰も予測することはできない。

*7:自分はその場にいたわけではなく、もしかしたら多少のブーイングもあったのかもしれないが、少なくとも中継で映っていた映像と拾われていた音を見聞きした限りでは、その場の観客は、“高橋支持一色”だったように思えた。

*8:たら、れば、は禁物だけど、もし、全日本フィギュアの前に傷を負い、不本意な成績に終わった選手が違う選手だったら、全日本選手権での実績を素直に評価して、小塚選手が代表に選ばれた可能性も、決して低くはなかったことだろう。

*9:安藤美姫選手に関して言えば、ショートプログラムで3回転トゥループの連続ジャンプ、という大技を決めて、最終グループに残った、ということを称賛すべきで、今季の彼女にそれ以上の結果を望むのは、メディアのエゴに他ならなかったのではないかと思う。

*10:とはいえ、トリプルアクセスの回転不足以外、ほぼ完ぺきに滑った浅田真央選手が37.73点と昨年のスコアを大きく上回ったのをはじめ、鈴木明子選手、村上佳菜子選手ともに35点台(昨年のSPの技術要素点のトップは宮原知子選手の34.63点)に乗せてきた、というのは明るいニュース。

*11:浅田選手については、残念ながら2度のトリプルアクセルの失敗でスコアを大きく下げてしまったが、今季のこれまでの実績からすれば、そんなに心配する必要はないと思われる。

*12:まだ、今のような構成要素ごとのスコアではなく、「順位点」で順位が決まっていた時代・・・。

*13:しかもそのドラマを「オペラ座の怪人」に乗せて完成させるあたりに、千両役者としての真骨頂が見える。

*14:逆に言えば、過去9シーズン、全日本では1位と2位しかとったことがなかった、ということ自体が物凄ーいことなのだけど・・・。

*15:日本選手権に関して言えば、昨シーズンの出来も決して良くはなかった・・・というか、鈴木明子選手の“自滅”がなければ、少なくとも優勝できるようなレベルの演技ではなかった。それをうまく調整して、四大陸選手権優勝、世界フィギュアで3季ぶり表彰台、というところまで持ってきたのが、浅田選手とその陣営の力だったわけで、高橋大輔選手同様、国際経験豊富な選手だけに、そのあたりの調整は今回もお手の物ではなかろうか。

*16:ついでに言うと、今年のフリーの選曲は、村主章枝選手が代々木とトリノとその後のカルガリー世界フィギュア)で世界を酔わせた、伝説のピアノ協奏曲第2番。あの時の村主選手の演技(特に五輪出場を賭けた代々木での演技)が涙ものだっただけに、無意識のうちに比べてしまうところはあるのだけれど・・・。

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