昨年末に国会で可決、成立した「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」、略して「消費者裁判手続き特例法」。
この制度のカギを握る「特定適格消費者団体」の認定・監督に関する指針をめぐって、まだ議論が続けられている等*1、細かいところの詰めがまだ残っているようで、いつ施行されるのかは、まだ決まっていないようであるが、消費者庁のホームページには、法案の内容からQ&Aまでバッチリとアップされ*2、運用に供される日を、今や遅しと待っているようにも見える。
そのような中、日経紙の「経済教室」面に、「消費者の権利と企業」というタイトルで、上記法律に基づいて新たに導入される「集合訴訟」についての学識者の論稿が2日連続で掲載された。
論稿を寄せられたのは、落合誠一・中央大教授(東大名誉教授)と山本豊・京都大教授、という、消費者法分野でご活躍されている東西の一流法学者なのだが、お二方の記事の視点が大きく異なっていて、今後導入されるこの制度への対応を検討する上でも有益な示唆を与えてくれているように感じられたため、ここでご紹介しておくことにしたい。
「利害調整に懸念」を示す立場から(落合誠一教授)
“前編”として先に掲載された落合教授の論稿*3は、新しい「集合訴訟」制度に対して、全面的に“懸念”を示している。
落合教授が、「集合訴訟」の論点(というか問題点)として挙げられているのは、以下の3点。
(1)第1段階で、本来の権利者である消費者の関与がないこと(被害者でも権利者でもない特定適格消費者団体が訴訟を提起する仕組みになっていること)。
(2)第1段階での勝訴判決の効力は、第2段階の届出消費者に及ぶが、敗訴判決の効力は消費者に及ばない、とされていること。
(3)裁判制度の下では、行政やADRのようなより広い角度からの柔軟で裁量ある解決ができないこと。
このうち、(1)と(3)においては、「権利者である被害消費者と特定適格消費者団体との利益が対立するエージェンシー問題」の存在を指摘した上で、
「当該団体が、消費者利益よりも自己の団体利益を優先させないかが懸念される」(それを制御する仕組みに懸念がある)
「強く懸念されるのは、この法律に基づく訴えは、事業者にとって重大な脅威となるがゆえに、消費者団体には他に適切な解決方法がある場合でも、この法律に基づく訴訟による解決を選択する強い誘因が生じることである」(他の手段が本来、より適切であっても排除されてしまうおそれがあるが、この誘因を適切に制御する仕組みは法律に内蔵されていない)(強調筆者、以下同じ)
と、消費者の真の利益にかなう形で制度が運用されないことへの懸念を表明されているし、上記(3)と関連して、(2)では、
「第1段階での早期かつ全面的な和解による解決は望むべくもない」
という問題も指摘されている。
こういった問題は、制度案が検討されていた頃からパブコメ等でも散々指摘されていたことで、それゆえ、特定適格消費者団体側も、当初は相当慎重に対応するのではないか、と自分は思っているし、それゆえに、企業側の人間でありながら、このブログの過去のエントリー*4でも、そんなに大袈裟な懸念は表明してこなかった。
また、落合教授は、「保険会社の不払い問題」の例を挙げて、
「大量消費者被害の迅速・低コストの解決には、行政こそが適切な場合がある。」
として、裁判制度による場合のコスト、時間や、「当事者が主張した法的争点に限定された審理」となるという欠点も指摘しているのだが、個人的には、行政機関が行う、極めて裁量性の強い対応に委ねるくらいなら、当事者の手続参加が保証されている裁判手続きに委ねた方が、訴えられた側としては遥かにマシ、という思いもあるわけで、そこもそんなに気にする必要はないのでは・・・というのが率直な印象である。
ただ、今、改めてこういう形で整理されたものを読み直すと、“特定適格消費者団体側の出方次第”という要素はたぶんにあるわけで、絶対大丈夫、とまでは言い切れないところはあるのかなぁ、という気もしている。
いずれにしても、制定法の公式の解説等で、新法の問題点が正面から指摘されることは少ないだけに、この落合教授の論稿が、貴重なものであるのは間違いない。
「法務対応」を問いかける立場から(山本豊教授)
一方、落合教授の論稿の翌日に掲載されたのが、京大の山本豊教授の論稿である*5。
山本教授は、まず冒頭で、消費者裁判手続き特例法について、立法過程での議論等を紹介しつつ、「筆者の見立て」として、新制度に対する以下のような見方を示されている。
「消費者と契約関係に立つ企業は本制度を過度に恐れる必要はないが、相応の覚悟はしておく必要があり、コンプライアンス(法令順守)の備えを怠らないことが求められる」
「過度に恐れる必要はない」という点については、自分も同意するところだし、反面、普通の企業が全く新制度に無縁でいられるわけでもない、という点において、「相応の覚悟」というくだりについても、全く異論はない。
後者の点については、山本教授はさらに進んで敷衍されており、
「本制度は実際には悪質業者に適用されるもので、健全企業には影響がないなどという説明を聞くこともあるが、正しい解説とはいえない。」
「本制度の適用対象である請求が広範なものであることからすると、どのような企業も、特定適格消費者団体により関係法令違反の嫌疑をかけられた場合には、本法に基づいて提訴されうる、あるいは、本法によって認められた権限を背景に、裁判外で申し出を受ける可能性があると考えておいた方がよい。」
と、法案可決成立直後の某紙の一部報道*6を暗に批判するかのようなコメントまで掲載されている。
山本教授は、このコメントに続けて、消費者契約法に基づくこれまでの事例の紹介や、適格消費者団体の差し止め請求制度の活用状況についての話、さらに、「企業のビジネスモデル自体に対する異議申し立ての意味を有する訴訟」の増加傾向に関する指摘等を行い、
「消費者と契約関係に立つ企業は、いつ何時、同法に基づく請求への対処を求められてもおかしくないということができよう。」
という結論を導き出した上で、
(1)特定適格消費者団体に提訴された企業は、訴訟の勝敗にかかわらず、応訴負担やレピュテーションリスクを負う可能性があること
(2)本法導入後、消費者契約法などの実体法の改正による規制強化の影響が、格段に大きくなってきうること
といったことから、「法務対応を怠らないことが、これまで以上に求められる」という結論につなげているのだが、危機感を煽りすぎず、かといって、安易な楽観論を唱えているわけでもない、という点で、なかなかバランスに配慮された記事だな、というのが、率直な印象であった。
個人的には、どんなにコンプライアンス体制を強化して、水も漏らさぬようなリーガルチェック体制を整えたとしても、“訴えを吹っかけられるリスク”は消えないし、いかにBtoCビジネスだとは言え、提訴されることによるレピュテーションリスクにあまり脅えすぎると、やりたいことが何もできなくなるなぁ・・・と思っていて、現実にお題目に合わせてどこまでやるか、ということについては、別途整理が必要ではないか、と考えている。
ただ、そうはいっても・・・ということで、まだまだ施行までは少し日があるこの時期に、比較的フラットな内容の記事が掲載されたことは、これまた有意義なことだと言えるだろう。
以上、いずれやってくる本格対応に臨む前の、ちょっとした頭の整理、として、2日分の記事を纏めて読むことを、お勧めすることにしたい。
*1:http://www.caa.go.jp/planning/syohishadantai_kentoukai.html
*2:http://www.caa.go.jp/planning/index14.html
*3:落合誠一「消費者の権利と企業・上/集合訴訟、利害調整に懸念」日本経済新聞2014年8月18日付朝刊・第19面。
*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140114/1389715313、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111226/1324916012など。
*5:山本豊「「消費者の権利と企業・下/新訴訟、問われる法務対応」日本経済新聞2014年8月19日付朝刊・第25面。
*6:詳しくはhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140114/1389715313参照。