中山の芝を濡らした涙雨。

メチャクチャ好きな騎手だったわけではない。
大舞台での騎乗ぶりがものすごく印象に残っていた、というわけでもない。

だけど、この数年の間に繰り返した重度の負傷から驚異的な復活を遂げ、特に、今年に入ってから、かつての輝きを取り戻しつつあった後藤騎手の姿を、目の当たりにしていた競馬ファンとしては、やはり、金曜日の「訃報」は決して聞きたくないニュースだった。

そして、その週の中山競馬場の日曜メインレースが「中山記念」だった、ということに気付いて、自分は何とも言えない感情に襲われた・・・。


後藤騎手の代表的なお手馬だったローエングリン
そして、中山記念は、後藤&ローエングリン、という名コンビが、実に2度も制したレースである*1

人馬ともに上昇まっしぐらだった時代に、勢いそのままに制覇した一度目の優勝(2003年)もさることながら、その後、天皇賞・秋での惨敗、コンビ解消を経て、戻った手綱で「4年ぶり」に制した2007年の「二度目」の優勝が残したインパクトは、それなりに大きいものだった。

「西高東低」の時代に、関東の若手看板騎手、としての役回りを演じようとし続けていた鞍上と、お世辞にも上手な「逃げ」が打てるタイプではなかったのに、小回りの中山では不思議なほど戦法がハマった馬のコンビが、競馬場の名を冠したレースでドラマを演出した、というのは、決して偶然ではなかったと思う。

そんな思い出の舞台が、こんなタイミングで巡ってくるとは・・・。


この週末は、そんなにじっくりと競馬中継を楽しむ余裕がなかったこともあり、土曜日から各局のコメンテーターが口にしていたはずの追悼の言葉は、自分の耳にはほとんど届いていない*2

だが、日曜日、午後から突然降り出した雨の中、濡れた競馬場の芝と、そこを駆け抜ける馬たちの姿を見た時、何とも形容しがたい不思議な感覚にさいなまれてしまって、レースの映像をしばらく直視できなかった自分がいた。

レースを制したのはヌーヴォレコルトで、ローエングリン産駒のロゴタイプはゴール前に差されて2着まで。
多くのファンが望んだ、運命的な決着とはならなかったのだけれど、そんなところも含めて「在りし日」を彷彿させる“らしさ”があった・・・というのは、言い過ぎだろうか。


関東で、当たり前のように、「勝利ジョッキー」の座に収まっていた男の存在が、ぽっかりと失われてしまった穴は、簡単には埋まらない。
そして、なぜ、どうして、このタイミングなのか・・・? という、腑に落ちないモヤモヤも、しばらく消えることはないだろう。

でも、それが、フィクションでもトリックでもない、確定的な事実なのだとすれば、今は、ただ冥福を祈るほかない。
そんな思いで、今はいる。

*1:ちなみに、後藤騎手自身は、ローエングリンで挙げた2勝に先立ち、ダイワテキサスとのコンビでもこのレースを制している。

*2:もしかしたら、そういうフレーズを受け止めることを、自分が無意識のうちに避けていただけなのかもしれないが・・・。

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