「新しいタイプの商標」の出願件数に見る日本人の生真面目さ。

去る4月1日に施行された改正商標法に関し、「新しいタイプの商標」のネタを当ブログでも何度か紹介しているところだが*1、積極的に情報発信を行っている特許庁が、4月14日付で「新しいタイプの商標の公開商標公報が発行されました」というタイトルで報道発表を行った*2

発表資料の中には、実際に出願された「音の商標以外の新しいタイプの商標」が、いくつかサンプルで掲載されているし(別紙1)、「別紙2」には4月1日に出願され、公開広報に既に掲載されている各商標の出願番号が網羅的に掲載されていて、特許庁の新しい検索システムで番号照会をかけると、中身を見ることができる。

最も多い「151件」がリストに掲載されている「色彩のみからなる商標」を試しに眺めてみたが、想像していた以上に単一色による出願が多かったことに加え、「商標の詳細な説明」の欄の書き方も、出願人(代理人)によって、色の特定の仕方などがかなりまちまち、という印象を受けており*3、これからなかなか大変そうだなぁ、というのが率直な感想である*4

だが、それ以上に驚かされたのは、報道資料に掲載された以下のようなデータだった。

4月1日から10日までの出願受付の累計数
合計515件 音166件、色彩203件、位置106件、動き37件、ホログラム3件

○米国(1947年〜2012年2月9日まで)
出願件数 音257件、色彩860件、動き59件、ホログラム57件
○欧州(1996年〜2012年2月まで)
出願件数 音165件、色彩868件、ホログラム10件

これまで、日本に先行して「新しいタイプの商標」が導入され、“モデル”として紹介されてきた米国、欧州が、10年を優に上回る歴史の中で積み重ねてきた出願件数にたったの10日間でここまで肉薄するとは・・・。

こと「色彩商標」に関しては、同じ出願人が、連番で同じような商標を複数件出願しているケースなどもあるから、正味の出願数はもう少し割り引いた方がよいと思うところではあるが、その一方で、欧米の件数についても、「色彩と文字・図形との結合した商標」も含まれる場合がある、という注釈が付されている、ということだから、見かけほど「数の差異」は大きくないように思う。

特許庁は、この点に関し、

「海外における出願件数と比べると、我が国における新しいタイプの商標に対する関心の高さ、ブランド戦略の活発さを伺うことができます。

という説明を付しているのだが、「関心の高さ」というくだりはともかく、「ブランド戦略の活発さを伺うことができ(る)」というのは、いくら何でも言い過ぎだろう。

今リストに上がっている商標を出願した会社の知財部門の担当者の多くは、

「新しい制度ができた。」
    ↓
「担当官は厳格に審査する、と言っている。」
    ↓
「だが、蓋を開けてみたらどうなるか分からん。自社で使っている色や音を第三者に先取りされてしまってはたまらない。」
    ↓
「ちょっとでも可能性のあるものがあれば、徹底的に掘り起こせ。そして出願せよ。」

といった流れの中で、追い詰められて気分の中、何とか4月1日に(もしくは最初の1週間の間に)出願し、やれやれ・・・と胸をなでおろしているのではないか、と推察する。

そして、以前のエントリーでも触れたように、今回公表された「515件」という数字が、“しばらく様子見”のスタンスを取っていた会社の知財部門の担当者にもプレッシャーをかけた結果、ここから5月上旬くらいにかけて、再び“出願ラッシュの波”が押し寄せることも、避けられないように思われる。


これまで公表された審査基準を読む限り、出願しても登録にまで至る可能性は低いはずだし、仮に第三者が音や色彩で商標登録を受けても、「商標的使用ではない使用態様」で使っている限りにおいては、権利行使されて負ける心配はない、というのが常識的な帰結のはずだから、日本の大手企業の知財(法務)担当者が、必要以上にリスクに過敏になっている、と言われてしまえばそれまでの話。

ただ、そういった「リスクが顕在化する前に何とか手を打とうとする」という生真面目さが商標出願の場面で発現したのは、今回が初めて、というわけではない*5

だからこそ、今回の制度に向けた議論がなされていた過程でも、自分は「慎重に検討してくれ」と言い続けていたつもりだったのであるが・・・。


今後、この「新しいタイプの商標」の出願件数がどこまで伸びるのか、そして、その審査に要する労力が、当初から想定されている範囲内のもので収まるものなのかどうか、ということは自分にはわからないし、心配しても仕方のないことなのだけれど、もし今回の総括が「出願件数が予想よりも多かった」というものになるのであれば、次回以降の制度創設の折には、日本人の特性も十分に踏まえて、制度創設の要否や、具体的な制度設計を検討してほしい、というのが、自分の率直な思いである。

*1:直近では、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150408/1428764390など。

*2:http://www.meti.go.jp/press/2015/04/20150414001/20150414001.pdf

*3:漠然と一般的な色の呼称だけを書いたものがあるかと思えば、一つの色にRGB、CMYK、DIC、PANTONE等のカラーコードを複数付したものまで様々である。また、明らかに同じ色を複数出願した上で「詳細な説明」の記載を変えている、というものも見られた。

*4:実際の出願例がもう少し蓄積されてきたら、細かい出願テクニック的な検討も行った上で、一度エントリーを立てたいと思っているところである。

*5:サービスマーク制度の創設時も、小売商標制度の創設時も、記録的な件数の商標が出願されているし、出願された商標の中には、「到底自ら使用するとは思えない区分でも、権利防護的見地から出願した」と思われるものも多かった。

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