いまだ見えない「新しいタイプの商標」の行方。

今年の4月に制度導入されてから、はや10日の間に、欧米の長い歴史に肉薄するような出願数を記録してしまい、多くの企業実務者に衝撃を与えた「新しいタイプの商標」*1

あれから半年が経ち、特許庁は満を持して、「新しいタイプの商標について初めての審査結果を公表します」というタイトルのプレスリリースを公表した。
http://www.meti.go.jp/press/2015/10/20151027004/20151027004.html

「音声や動画といった新しい形態の商標登録が始まった。特許庁が27日発表した第1弾では味の素がCMで流す自社名の音声や東宝が映画の上映前に映す動画などが認定された。受け付け開始から半年間で1千件を超えた出願件数に対し、第1弾の認定は43件と狭き門。」(日本経済新聞2015年10月28日付朝刊・第11面)

既に、特許庁の検索システムからも出願状況は確認できる状況になっているから、数字を見てもそんなにびっくりはしないのだが、それでも、プレスリリースに記載された10月23日までの出願総数の数字を見ると、実に驚異的な数字になっているな、と改めて思う。

合計1,039件 音321件、動き70件、位置214件、ホログラム11件、色彩423件

4月の時点で特許庁の資料に掲載されていた米国、EUの数字は、

○米国(1947年〜2012年2月9日まで)
出願件数 音257件、色彩860件、動き59件、ホログラム57件
○欧州(1996年〜2012年2月まで)
出願件数 音165件、色彩868件、ホログラム10件

というものだったから、日本の現状は、ここにきて、音、動きについては米国すらも上回り、色彩に関しても、わずか半年で約半分に迫る勢い、ということになる。

事前のアピールに躍起になっていた特許庁にしてみれば、してやったり、というような引き合いの強さ。
裏返せば、それだけ、日本の各企業の実務家が過敏に反応してしまった、ということになるのだが、出願数の数字の上に掲載されている「登録査定」の数を見ると、ちょっと状況は変わってくる。

音21件、動き16件、位置5件、ホログラム1件、色彩0件

比較的件数の多い音ですら、出願数の1割に満たない21件。色彩に至っては未だ0件・・・。

しかも、件数の多い音にしても、動きにしても、登録査定が出た商標一覧(http://www.meti.go.jp/press/2015/10/20151027004/20151027004-1.pdf)をよく見ると、登録されているのは、「歌詞付き」のもの(音)や、「識別性のあるマーク等が動く」もの(動き)ばかりであり、本当の意味での「音」や「動き」を保護するものではない*2

日経新聞でも以下のような指摘がなされている。

「音の認定では明暗が分かれた。伊藤園の『おーいお茶』など音声の多くが認められたのに対し、『正露丸』の大幸薬品のトランペット演奏など音のみはほとんど見送られた。」(同上)

もちろん、単なる「音のみ」だけで簡単に登録できない、ということは、制度導入前から分かっていたことだし、大幸薬品のトランペットほど周知性が高い「音」であれば、拒絶理由通知後のやり取りを経て、いずれは登録に至ることだろう。未だ0件の色彩にしても、現在出願されているものが全滅する、ということはさすがにないと思われる。

だが、前宣伝で危機感を煽った*3割には、登録されるまでの手間暇が異常にかかる、ということになれば、先述した“驚異的な数字”の意義もかすんでしまうわけで*4特許庁が一体この先どういうかじ取りをするのか、そして、それに反応して潜在的な出願人がどのような行動に出るのか、ということについて、今後、注意深く見守っていく必要があるなぁ、と思っているところである。

*1:当時の衝撃については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150414/1429459020参照。

*2:「音」に関して言えば、今回登録されたものと全く同じメロディが指定商品、役務で使用されたとしても、「歌詞」のフレーズが異なれば、商標としては非侵害、という認定を受ける可能性が極めて高い。

*3:特許庁自身が積極的に出願を煽ったわけではなく、この点に関してはメディアの方が責任が重いのかもしれないが、そもそも、こんな制度を作らなければ、どこの会社も無駄に手間暇かける必要はなかったんだから・・・と悪態をついてみたくもなる。

*4:かといって、何でもかんでも登録を認めてしまえば、それこそ目も当てられない混乱が生じることになってしまうだろう。

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