「監査等委員会設置会社」移行ラッシュの報に接して。

すったもんだの末に昨年改正法案が可決成立した会社法が、間もなく施行の時を迎えようとしている。
そして、そんな中、期せずして、「平成26年改正会社法」の目玉となりつつあるのが、「監査等委員会設置会社」制度である。

某法律雑誌社のメルマガを見ながら、随分、「移行」のリリースが出ているなぁ、とぼんやり思っていたら、遂に日経紙も、まとめ的な記事を載せてきた。

監査役会を廃止する上場企業が増えている。社外取締役が経営を監視する新たな制度が5月に誕生するのにあわせて、三菱重工業アンリツなど80社超が移行を表明した。」(日本経済新聞2015年4月17日付朝刊・第3面、強調筆者、以下同じ。)

社外取締役義務付け」をめぐって激しい攻防が繰り広げられた結果、平成24年9月に決定された「会社法制の見直しに関する要綱」の一丁目一番地、「企業統治の在り方」の章は、「監査・監督委員会設置会社制度(仮称)」創設、という記載から始まることとなった。

そして、法案において、法399条の2以降にひとつの節を立てて埋め込まれたところから、「監査等委員会」に名を変えたこの制度は、独特の存在感を発揮することになる。

これまでの「委員会設置会社」(改正法施行後は「指名委員会等設置会社」)に移行する場合と比べると、物理的、心理的な負担感が少なく、既存の「監査役会制度」に馴染んだ会社にとっても比較的違和感が小さいのではないか、というのは当初から言われていたことで、それでも、監査権限を有する(社外)取締役が、取締役会のメンバーとして、他の取締役と同等の権限を行使できるようになるのであれば、会社のガバナンスとしては良い方向に向かうはず、というのが、この制度を設けた人々の本来の思いだったはずである。

だが、皮肉なことに、この制度が真に脚光を浴びたのは、改正会社法成立後の更なる動きの中で、“ソフトロー”の名の下に、上場を維持するためには「社外取締役」を選任しなければならない、という状況が作り出されてからであろう。

一部の法律家の積極的なPRもあって、「今受け入れている社外役員をそのままスライドさせることで、最小限の労力で『社外取締役の複数選任』という要請を満たすことができる」(仮にうまく行かなくても、任期が短い分後々のリカバリーは可能)、「仮に新たな人材を『社外取締役』として迎え入れることになったとしても、社外役員に要するコストに大きな変動はない」という魔法のような制度に、多くの関係者が目を向けた。

その結果、あれよあれよ、という間に、移行を表明する会社が「82社」まで達するに至り、これまではもっぱら、前向きな側面からしか新制度を報じてこなかった日経紙も、この日の記事では、とうとう、

「新制度に移行する企業が増えているのは、社外役員を確保する負担が小さいという側面もある。」
「社外役員を確保する手間や費用を減らすためだけに移行する企業が増えれば企業統治の質がかえって低下する恐れがある。」(同上)

と警鐘を鳴らさざるを得ないような状況になってしまった。


この問題に関しては、昨年、ブログで有名な山口利昭弁護士が出された「ビジネス法務の部屋からみた 会社法改正のグレーゾーン」という書籍の中でも、「監査等委員会設置会社への移行に対する危惧」というタイトルの項で、「監査等委員会設置会社への移行のどこにリスクが潜んでいるか」ということが、比較的詳細に分析されている*1

社外取締役が少なくてよいというのは、社内常識優先、有事になっても有事と気づかない経営環境がそのまま維持される可能性が高く、人事政策や人件費の問題をメリットとして取り上げることは、裏を返せば、そもそも監査業務軽視の現れである」(同書138頁)

というところまでは日経紙の指摘と同じなのだが、山口弁護士の指摘は、さらに、監査等委員会設置会社に「取締役会の決議によって重要な業務執行の決定の全部又は一部を取締役に委任することができる旨を定款で定めることができる」(法399条の13・第6項)という「スピード経営の実現」のための特権が与えられ、監査等委員会の承認によって、利益相反取引の承認決議に賛成した取締役の任務懈怠の推定規定を排除できる(法423条4項)という「リーガルリスクの低減」といったメリットを享受できる、という制度になっていることにも及び、

「スピード経営の実現は社長の暴走を許すことになり、任務懈怠の推定排除は、責任逃れのためのアリバイ工作にも活用できることになる。」(同書138頁)

として、“暴走を止められなくなるリスク”にまで言及しているところに特徴がある、と言える。

ビジネス法務の部屋からみた 会社法改正のグレーゾーン Gray area in Companies Act Revision from the viewpoint of Business Law

ビジネス法務の部屋からみた 会社法改正のグレーゾーン Gray area in Companies Act Revision from the viewpoint of Business Law


読んでいくと、いろいろと興味深い記述が登場するのだが、その一方で、曲がりなりにも会社の中で20年近く飯を食い、ここ数年は、ガバナンス周りのあれこれもつぶさに見てきた者としては、仮に「監査等委員会設置会社」に移行したとしても、山口弁護士が書かれているような“最悪シナリオ”に至る可能性は、決して高くない、と思ってしまうのも確かである。

「権限の委譲」ひとつとっても非常に慎重な人が多い、というのが伝統的な日本企業の経営者の特徴だけに、(誰かが焚き付けでもしない限り)安易に委任事項を増やす、という方向には向かわないだろうし、その意味で、↑で紹介した様々な危惧や懸念は、杞憂に終わる可能性が高いだろう、と自分は思う。

ただ、視点を変えて、法令上「常勤の監査役」を置かなければならない監査役会設置会社(法390条2項参照)とは異なり、非常勤であっても「社外取締役」であれば要件を満たせてしまう「監査等委員会設置会社」が、真に求められる機能を発揮できるのか、と問われれば、自分も首を傾げざるを得ないわけで、移行後の事務方の体制も含め、よほど丁寧に制度設計を行わないと、中途半端なガバナンス体制になってしまうことは否めない。

ここからまさに始まろうとしている「制度間競争」の行方がどうなるのか、今先々まで見通すことは極めて難しいことなのだけれど、あの時飛びついた“魔法”のような制度が悪夢の始まりだった、ということにならないように、制度を使う側も、それを見守る側も、緊張感をもって、“実務の在り方”を考えて行かねばならないなぁ、と思うところである。

*1:山口利昭『ビジネス法務の部屋からみた 会社法改正のグレーゾーン』138頁〜142頁(レクシスネクシス・ジャパン、2014年)

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