「非日常」が思い出させてくれるもの。

今年の夏くらいから、週2回、ちょっとした癒しになっているのが水曜日と土曜日or日曜日のJリーグの試合速報、である。

もちろん、こんな時だから、スタジアムに足を運ぶわけにはいかず、テレビ中継をやっているわけでもないのだが、スポーツナビのアプリに登録した贔屓チームのスコア速報が刻一刻と配信されるのを眺め、時々動画も見ながら一喜一憂できるのは、実に贅沢な時間だった。

プロ野球と同じで、春からの長い休止期間はあったが、始まったら逆に息付く暇もないような怒涛の日程消化。

例年なら”間延び”の原因となるような代表戦の機会が今年は少ないし、ましてや元々中断のないJ2などは、とにかくひっきりなしに試合をこなしていく。

選手にしてみたらコンディションの維持に多大な苦労をすることになっただろうが、見ている側としてはこんなに嬉しいことはない。

J1では早々と優勝が決まり、J2の昇格争いの行方も大体見えてきて、シーズンも残すところあとわずかだな、と思っていたところで、今日、不思議な話題が提供された。

「松本がホームに東京Vを迎えた一戦は、試合前から断続的に雪が降り、ピッチは積雪で真っ白。気温は氷点下3・3度を記録し、Jリーグ史上初めて氷点下の試合となった。これまでの最低気温は00年3月26日の山形―水戸戦の0度だったが大幅に更新した。」(スポニチAnnex2020年12月16日21時55分配信、強調筆者)

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試合自体はドローに終わったが、試合後に「雪かきをしてくれたボールスタッフ、クラブスタッフに改めて感謝したい」(同上)と述べた松本山雅の監督の言葉も実に山国のチームの将らしい*1

そして、この記事を読んで自分はふと気づいてしまったのだ。

「そうだ、例年なら12月の半ばなんて、とっくにシーズンが終わっているんだ」という当たり前のことに。

確かJリーグが開幕した1年目だけは、開幕が5月のGW後だったこともあって結構遅い時期まで試合をやっていたという記憶があるが、それ以降は、遅くとも11月までにはシーズン終了、チャンピオンシップが(あれば)12月の上旬くらいに行われて決着、というのが普通だったわけで、既に本格的な冬が到来しているこの季節に、しかも、冬と言わず秋でも十分寒いアルウィンで試合をやれば、そりゃあ氷点下で凍り付くに決まっている・・・。

で、これで思い出したのが、幼い頃の記憶。

今の若い人が聞いても都市伝説にしか思えないかもしれないが、かつては日本のサッカーのカレンダーも、今の欧州と同じように「秋春」で回っていたのだ。

秋に始まるJSLこと日本サッカーリーグは真冬に序盤の佳境を迎え、雪の中で行われる試合もたびたび。

途中で「天皇杯」という当時の国内最高峰の大会があり、それが終わると高校生の選手権大会が始まる。

散々盛り上がって3学期が始まると、JSLのリーグ戦が始まり、スタンドには数えられるほどの観客しかいないものの、ごく一部の熱狂的なファンと家族関係者と、後は純粋にサッカーが好きな子供たちに囲まれて、淡々と毎週末試合が行われる・・・。

サッカーと言えば冬の季語、雪が似合うスポーツ。自分はそんなイメージと共に育ってきた人間だから、今日のようなニュースを見ると、実に懐かしい思いに駆られる。

札幌、新潟、山形、松本、と、雪国のチームも次々と参戦してきたリーグの歴史と、この国の過酷な気象条件を考えると、Jリーグ側が頑なに「春秋制」にこだわり続けてきたのもよく理解はできるのだが*2、それなりの年寄りにとっては、氷点下の試合映像が蘇らせてくれたデジャブもまたよし。

今年の初めにCOVID-19祭りが始まって以降、「あれができなくなった」「これができなくなった」等々あげつらう人は多いのだけれど、「非日常」だったからこそ味わえた楽しみも、今年はたくさんあったと自分は思っている。

物事を悪い方にばかり考えても何も始まらないから、今日また一つささやかな2020年の幸福を増やしてくれた天の悪戯に、今はただただ感謝、なのである。

*1:気付けば、この愛すべき中信のチームの監督が、かつて自分の故郷の青少年たちを熱狂させた高校サッカー界の名将ではない方にいつのまにか代わってしまっていたこともまた衝撃だったりしたのだが、そのことはひとまず置いておく。

*2:JSL自体、今調べてみたら、本格的な秋春制になったのは1985年のシーズンから、Jリーグに移行する前のたかだか7シーズンくらいのことに過ぎない。

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