傑出したスターがいなかったがゆえのドラマ。

今年も、箱根駅伝が終わった。それも、誰も予想しえなかったような奇想天外な幕切れで。

この正月の駅伝大会から「傑出したスター」が出てこなくなったな、と呟いたのは昨年のことだったが*1、今年はそれに輪をかけて「スター」として持ち上げられるような選手が見当たらない大会だったような気がする。

昨年末に発売されたNumberでも、すっかり恒例となった駅伝特集が組まれているが、ほとんどは「チーム」単位で監督中心に戦術は今年の大会に賭ける思いを取り上げた記事ばかりで、個人にスポットが当たっているのは、東京国際大の留学生、Y・ヴィンセント選手と各校の「スーパー1年生」くらい。

「1年生」にスポットが当たる、ということは、裏返せば、それだけ日本人の上級生たちが例年に比べて地味だった、ということに他ならない。

Number(ナンバー)1017号[雑誌]

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  • 発売日: 2020/12/17
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実際、2日に往路が始まってからも、度肝を抜くような活躍を見せたのは、記事にもなっていたそのY・ヴィンセント選手くらいで、日本人エースと目されていた駒沢大の田沢廉選手(2区区間7位)や、青学大の吉田圭太選手(1区区間6位)、東海大の名取燎太選手(2区区間8位)といった選手たちは、今ひとつ抜け出せきれない結果に。

また「スーパー1年生」と言われた選手たちも、1区の超スローペースに泣いた順天堂大学の三浦龍司選手を筆頭に力を出し切れなかった選手が多く、文句なしの活躍、といえるのは3区で区間賞を取った東海大の石原翔太郎選手くらい。

かくして、祭り上げるような”神”は現れず、しかも、今年は昨年のように「靴」にスポットライトが当たることもなかったから、純粋に各校のチームワーク、往路復路での様々な駆け引きだけにスポットが当たる、という本来あるべき姿へとより回帰していくことになったのが今年の箱根駅伝だった。

応援自粛要請で沿道が静かだったことの影響もあったのか*2、今年の中継は、テレビもラジオも何となく例年よりおとなしい、という印象があったのだが、実際にレースの中で起きていた出来事は、ここ数年の”予定調和”的な展開を大きく覆すスリリングなことばかり。

辛うじて想定の範囲内、と言えたのは、1区の”団子”状態*3と、東京国際大の2区での首位くらいまでで、3区の時点ではトップの東海大はともかく青山学院大が2桁順位に沈んだまま上がってこない、ということに激烈なインパクトがあったし*4、4区で創価大が首位に立ったところで下剋上感は満載。

さすがに底力が試される山登りが終われば落ち着くところに落ち着くだろう、と思っていたのもつかの間、創価大学の三上雄太選手が区間2位の快走で、他の上位校との差は縮まるどころかますます開く・・・。

結局、往路はそのまま逃げ切って出場4度目にして初優勝を飾った、というのが、今年の箱根で味わった最初のスリルだった。

とはいえ、復路が始まる時点で、東洋大、駒沢大といった往年の名門校たちがきっちり2位、3位に付けていたし、東海大も5位にいる。

往路が終わった時点で、解説者が「創価大は復路が弱いですから・・・」と言い切ったことには仰天させられたが、わざわざそんなこと口に出さなくても、監督が早々に「敗北」宣言をしてしまった青学大以外の実力上位校は、当然復路になればこっちのもの・・・と内心思っていたはずだ。

ところが、続くスリル第2弾。復路が始まって6区、7区、8区と20キロ前後の距離を何度重ねても、逃げる創価大のポジションは変わらない。

他の上位校と互角に渡り合えるのは、10000m28分台のタイムを持つ7区の原富慶季選手くらいだろう、という素人考えをあざ笑うかのように、うまいペース配分で後続に影を踏ませず逃げ続け、さらに他校が挽回を狙ったはずの9区では昨年同区間6位の石津佳晃選手があわや区間新のペースで走り切って、2位以下の選手を1分以上突き放す快走劇まで見せた。

よく見ればこの大学を率いているのは、かつての復路巧者・中大で復路8区の区間新記録まで樹立した榎木和貴氏ではないか・・・!!ということで、鶴見中継所を過ぎたところで、

「これは典型的な下剋上総合優勝のパターンですね。侮ってすみませんでした。」

と、心の中で頭を下げた関係者も多いはず。

だが、そんな単純な話で終わらなかったのが今年の箱根駅伝だったわけで、最後の最後で、名門・駒沢大が大逆転して2冠達成、という、これまた1時間前にはだれも予想できなかったフィナーレを迎えることになったのである。

傑出した選手がいない、裏返せば、ほとんどの選手がロード10キロ、20キロを同じ走力で走り抜く力を持っていた今年の大会では、ちょっとした不調、アクシデントが大ブレーキにつながることにもなる。

9区にたどり着くまでの間に、メンバーの1人、2人に大きな誤算が生じていたのが2位以下の各校。

逆にその「誤算」が最後の最後、10区で区間20位という形で出てきてしまったのが創価大学なわけで、馴らせば同じこと、ということになるのかもしれないが、出てくる順番が順番なだけに、ドラマは実に残酷で美しいものとなった。

創価大にしても、往路で優勝して余裕あるポジションでスタートできていたから、あれだけ大コケする結果となっても、優勝→2位というレベルでとどまったのだが、仮にこれが復路ではなく往路の1区だったら、シード権争いに絡むことさえ難しかったかもしれない。

そう考えると、駅伝という競技スポーツがより奥深いものに見えてくる。

そして、各チームの力が拮抗すればするほど、余計な飾りなど入れずに純粋に実況中継を楽しむ、という文化が根付いてくるような気がして、それはそれで、そうあってほしいなぁ、と思う方向に近づいている話だけに、今年はその第一歩として、これで良かったのではないかな、と思った次第である。

*1:走ったのは靴ではなく、人間だ。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*2:それでも「こんな時に応援なんてけしからん」という不満がSNS上にあふれる程度にはカメラに映っていた観客はいたのだが、「密な状況を作らない」というのが応援自粛要請の趣旨であることを考えれば、今年のレベルの人出であれば何ら問題はなかったわけで、傍観者がいちいち目くじらを立てるようなことではなかったような気がする。

*3:区間賞を奪ったのは法政大学の鎌田航生選手だったが、2位とは5秒差、上位10チームまでが30秒以内にひしめく展開だったから、どのチームがトップでも大勢には影響なかったと言える。

*4:往路終了後、原監督が3区に神林主将を起用できなかった、という舞台裏を明かしてくれて納得、というところはあったが、選手の力以上にメンタルのダメージが大きく出てしまった、というのが今年の青学大の往路だったのではないかと思う。

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