「代打」が決めた美しい勝利。

今年の安田記念馬、ソングラインこそ不在だったものの、シュネルマイスター、セリフォス、ダノンザキッドといった常連馬たちに毎日王冠富士Sといった前哨戦の上位馬がずらっと顔を揃えて、豪華メンバーゆえの混戦模様となっていた今年のマイルチャンピオンシップ

オッズで見れば、人気を集めたのはGⅠタイトルを持っているシュネルマイスター、セリフォスの2頭で、それに続くのがいずれも前走重賞を制しているソウルラッシュ京成杯AH)、エルトンバローズ毎日王冠)、ナミュール富士S)と分かりやすい支持分布。

前日段階ではこの5頭までが単勝10倍以内ということで、「5強」の構図になるかな、と思っていたのだが・・・。

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日曜日、まだ朝早い京都の第2レース、ウィルソンウェイに騎乗したムーア騎手が落馬負傷したのがこの日のドラマの始まりだった。

それ以降のレースで次々と発生した「当日の乗り替わり」。

そしてその影響は、メインレースで人気の一角を占めていたナミュールにも及んだ。

決して有利とはいえない大外の8枠16番、しかもこのレースの紅一点、という存在ながら10倍を切る単勝人気を集めていた理由の一つが、「ライアン・ムーア」という鞍上のネームバリューにあったのは間違いなく、過去、同じ8枠16番のモーリスを快勝させた世界的名手が乗るからこそ集まった支持、という側面は間違いなくあった。

それが突如のアクシデントで乗れない・・・。

GI Dayでリーディング上位騎手が勢ぞろいしていたこの日の京都では、条件戦の代替騎手を探すのはそんなに難しいことではなかっただろうし、モレイラ、ルメール、川田といった当代一流の騎手たちが次々と代打騎乗した結果、4レースから6レースまで「ムーア騎手が乗るはずだった馬」が3連勝する、という椿事まで起きた*1

だが、有力馬が順当に本番に進んできていたメインレースではそうもいかない。

ラジオ中継で一瞬「代替騎手検討中」という報が流れた後に出てきたのは、キャリア17年目の34歳、藤岡康太騎手という名前だった。

秋の天皇賞武豊騎手のアクシデントで乗り替わりとなったドウデュースが見せ場なく敗れたことからも明らかなように*2、大舞台で一癖も二癖もある一線級の馬に急遽騎乗して乗りこなす、というのがいかに難しいか、ということは、素人にだって容易に想像がつく。

上位人気馬の鞍上にルメール、川田、モレイラ、というビッグネームが名を連ねる中、これまで堅実に800勝近い勝ち星を積み重ねてきたとはいえ、GⅠは14年前にジョーカプチーノで一度勝っただけ、重賞勝利からももう2年以上遠ざかっている「中堅」騎手しか確保できなかった、という報に最初に接したファンの落胆は如何ばかりだったか・・・。

見る見るうちにナミュール単勝オッズの数字は大きくなり、発走直前には「17.3倍」。人気だけで見れば、「5強」は既にナミュールを除く「4強」に変質を遂げていた。

それでも、救われたのは信じ続けた者だけ。

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久々に芝に戻ってきたバスラットレオンが引っ張り、コーナーから最後の直線まで主役が目まぐるしく入れ替わる慌ただしい展開となったこの日のレース。

前にいたセリフォスが伸び悩み、最後方にいたシュネルマイスターの姿も見失っている間に、巧みな位置取りから内を突いて抜け出したのがモレイラ騎手操るソウルラッシュ。続くジャスティンカフェとともに勝負決したか、と思った瞬間、大外から矢のように伸びてきたナミュールが全てを呑み込む・・・。

それは一瞬の出来事なれど、実に美しい追い込み大逆転劇。

そして、デビュー以来期待されながらも、ここまで度々GⅠタイトルに見放され続けた馬が7度目の挑戦でようやくマイル路線の頂点に立ったその時、鞍上の中堅騎手も14年半ぶりにGⅠ勝利騎手となった。


「何が起きるか分からないから面白い」といわれる競馬の世界でも、その多くは予定調和的結末。

でも、上位人気2頭が消え、中波乱となったこの日の結果を眺めて、たまには、本当にこんなことも起きるんだな、と誰かに伝えたくなる感覚に襲われたのは決して自分だけではなかったはずだ。

来週はジャパンカップ、その後も年末まで続くGⅠラッシュの中で、ここまで痛快な経験ができることはもうないのかもしれないけど、いつか振り返って、ピンポイントで思い出す、そんな一日に立ち会えたことに今は感謝しかない。

*1:まぁ各出走馬の厩舎も「ムーアを乗せる」という判断をした時点で「必勝態勢」を敷いていたことは容易に想像がつくだけに、意外とも言えない結果である。

*2:しかもあの名手・戸崎騎手をもってしても、だ。

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