藪の中で始まり、終わった戦いは何を残したのか。

今月初めに報じられたものの、詳細に不明な点が多かったためにしばらく寝かせていたのが↓のニュース。

www.nikkei.com

これが出る直前に「一部の事件で結審、損害論に入らなかったため日本製鉄側の敗訴濃厚」という趣旨の記事*1が掲載も出ていただけに、原告側が拳を下ろす形で終結した、というのはそんなに意外なことではなかったのだが、一般的に行われる和解(&訴え取下げ)ではなく、「請求放棄」という形で終結するのはやはり尋常なことではないし、それゆえ、個人的には様々な分析報道が飛び交うことも内心期待していたのだが、実際の報道としてはその週末に出された↓の記事も含めて真新しい内容は少なく、「藪の中」で始まった訴訟はそのまま藪の中に消えた・・・という状況になっている。

www.nikkei.com

一般的な常識に照らせば、形勢圧倒的不利と見た原告・日本製鉄側が判決をもらう前にタオルを投げた、と考えるのが穏当な推測、ということになるのだろう。

そうでなくても、本件は、権利の不安定さ(無効とされうる要素を常にはらんでいる、という意味で)ゆえに、いざ裁判所に行くとなると使い方が難しい*2、とされるパラメータ特許に基づく請求だったようだから、原告にとっては当初から苦しい展開になることを承知の上での戦いだったことは容易に想像がつくところ。

訴訟では当然、被告側が無効論を展開してくることは目に見えているし、例えば特許6497176号*3の審判情報を見れば明らかなように、特許庁でも重厚なトヨタ三井物産連合軍の請求による無効審判手続が進んでいる。

「敗訴判決をもらうくらいならさっさと降りて終わらせろ」というのは、多くのステークホルダーを抱える大企業にとっては当然の作法でもあるし、ましてや取引先である日本有数の超大企業との間での争いとなった本件で「敗訴」でもしようものならメディアの格好の餌食になることは目に見えていたから、報じられているような経緯を踏まえれば、今回の判断も十分合理的だったといえる。

唯一、違和感を抱かせる「請求放棄」という結末に関して言えば、訴えた相手が悪かった、というほかないのだろうが、仮に腰を据えて和解協議を行ったところで、実質的な内容はほとんど変わらない結果になっただろうし、これだけエスタブリッシュな企業同士の争いであれば、口外禁止条項などなくてもメディアに情報がダダ洩れする、ということにはならないだろうから、原告にとってはそれほどネガティブな選択ではなかったのかもしれない*4


ついでに言えば、一連の記事の中には「原告は負けたように見えて、ちゃんと実はとっている」というトーンの情報もある。

「提訴も引き金となり、日本の自動車大手の中には特許訴訟のリスクを警戒して、電磁鋼板の一部を中国製から日本製に切り替えたメーカーもあるという。」(日本経済新聞2023年11月5日付朝刊・第7面、強調筆者、以下同じ)

という情報が事実だとしたら、(実際には経済安保観点や地政学リスク回避の側面が大きかったとしても)あえて取引先を巻き込んだ訴訟をした目的も一部達成された、ということになりそうだし、引き続き行われる中国宝山鋼鉄との訴訟について、

「裁判所は10月上旬の段階で、東京地裁での裁判管轄は認めたもようだ。」(日本経済新聞2023年11月3日付朝刊)

という展開になっているのであれば、競合事業者との関係ではまだ一矢も二矢も報いることができる可能性は残っていることになる。

訴訟の目的は勝訴判決をもらうことだけにあるわけではない。

「訴訟の動向とは関係なく決断した」(日本経済新聞2023年11月3日付朝刊)というコメントをそのまま額面通り受け取ることはできないとしても、既に「実利」を得ている、と判断したゆえに、拡張した戦線での早目の撤退を決断した、というのは、まぁ十分あり得ることだろうと自分も思っている。


ということで、推測に憶測を重ねただけのエントリーになってしまったが、これまでこのブログでも何度か取り上げてきて、その縁でメディアコメントの機会までいただいた身としては、当時頭の中で想像していた展開に近い形で事態が推移し、結果的に、憂慮していた「日本企業同士の泥沼紛争が長期化する」という事態が避けられた、ということへの安堵の念は大きい。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

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最初のエントリーを書いた2年前の時点で、「喧嘩してる場合か!」と思ったのは自分だけではなかっただろうし、あの時点ですでに世界が大きく変わりつつあることは、業界との距離がそれほど近くない自分にすらひしひしと感じられる状況にあったことを考えると、

「提訴から2年たつ間に、鉄鋼や自動車業界を取り巻く環境は大きく変化した。」日本経済新聞2023年11月3日付朝刊)

といった類の論調には脱力しか感じなかったりもするわけだが、それでも、解決があと1年、2年遅れるのに比べれば極めてマシな解決だったわけで、できることなら、これが後々、”日本の製造業の逆襲”の転機となる出来事だった、といわれるようになることを今は願うばかりである。

*1:日本経済新聞2023年11月2日付朝刊第15面

*2:逆に当事者間の任意交渉での牽制材料としては使いやすいところもあったりはするが。

*3:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6497176/0D934DA4A1AD7F22497425721E52A472B4056FF17EFA1D9A304844331A4E8858/15/ja

*4:先に紹介したような無効審判請求も、遅かれ早かれ取り下げられることになると思われる。

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