Law&Technology 2005年10月号(No.29)

民事法研究会が発行している「Law&Technology」(L&T)という雑誌がある。
発行は年4回のみで、法律雑誌としてもマイナーな部類に入るものだが、
判例紹介がコンパクトにまとまっているのと、
掲載されている論文の質が高いことから、個人的には非常に重宝している。


さて、そのL&Tの今号の特集で、
ソニー、キャノンといった企業の実務家と弁護士、研究者による
座談会が組まれているのだが、
その中で、西村ときわの岩倉弁護士が次のような発言をしている。

「正当な知的財産権の保護、それから行使、それに基づいて国家の競争力をいかに増していくかという意味では、日本の法改正は、非常にスピードが遅いのではないかと思います。やはり日本のお役所、政府の考え方というのは、行儀の良い法改正ではないかなと思っています。」

「もちろん毎年、特許法に限らず、著作権法、手続法にしても、不正競争防止法にしても、改正はなされていますが、一度もっと思い切ったやり方をしても良いのかなと思います。もし失敗したら、また改正するということでよいのではないかと思います。それで取返しのつかない問題が起きてはいけませんけれども、そのような問題はこの分野にはあまり存在しないのではないかと思います。つまり、日本では、知的財産権のエンフォースメントというのが、まだまだ不十分なのではないかと思います。・・・(以下略)」*1

この後に、キャノンの田中常務が「過激な発言ですね」という突っ込みを
入れているのだが、いわれるまでもなく、過激発言であることは間違いない。


既存の法は様々なバランスの上に成り立っているものであり、
その理は知的財産法の分野においても変わりはない。
仮にそれを「いじる」ことで、得られるメリットがあるとしても、
同時にその裏側には、何らかの反作用があり、
それによってデメリットを受ける者も少なからずいる。


だから、一つの目的だけを念頭に置いた拙速な法改正は、
思いも付かない副作用をもたらす可能性があり、
それゆえ、どうしてもそれは慎重な作業にならざるをえない、
というのが実態であり、乱発される法改正への戒め、として、
ささやかれ続けてきたものでもある。


もっとも、ここでの岩倉弁護士の発言に、
何となく説得力があるように思われるのは、
知財法の世界では、確かに、
「取返しのつかない問題はこの分野にはあまり存在しない」
からであろうか。


知財紛争の多くは、いわゆる「金持ち」企業同士の争いであり、
少々エンフォースメントが強化されたとしても、
クリアするのはそう大変なことではない。


いくつかの企業が身をもって不都合さを示したとしても、
その後に、再び法が改正される余地が残っているとすれば、
それが「取返しのつかない問題」になるとはとてもいえないのである。


岩倉先生は、TBSの第三者評価委員会に絡んでいたり、
いろいろと商事事件を取り扱うことも多い方だったと思う。
だから、商法・会社法的発想とパラレルに考えて、
上記のような発言につながったのかもしれないが、
いずれにせよ、この発言には、
現在の知財法改正のあり方について、
一石を投じうるだけの意味はありそうである。

*1:以上、中村嘉秀=田中信義=岩倉正和=相澤英孝=井上由里子「座談会・知的財産政策の将来」L&T29号13頁〔岩倉発言〕(2005年)

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