正露丸訴訟だとか、プロ野球選手の肖像権訴訟とか、面白そうな事案の判決がいくつか出てきているようだが、果たしていつになったらコメントできるやら。
とりあえず、このタイミングでケチを付けておきたかった判決を一つだけ挙げておく。
東京地判平成18年4月27日(第46部・設楽隆一裁判長)*1。
経営コンサルティング会社からの独立起業をめぐる事案で、反訴も絡んで複雑ではあるが、職務著作の成否や競業避止義務違反の有無など、いろいろ面白そうな争点を抱えている事案だったので、しばらく温めていたつもりだったのだが、温めすぎて腐敗しかかっているので、ここで突っ込むのはシンプルに一点のみ。
以下の判示についてである。
「原告テキスト1の原稿データには、各頁の下部に「All Rights Reserved Nuture Innovation(at New York)2002」と記載され、原告テキスト1のうち講義編(甲23の1の1)の最終頁の著作者欄には被告D及び被告Cが作成し、被告Bが監修者として記載されている。なお、原告テキスト1は、甲23の1の1ないし3の各原稿(各頁の下部に原告ニューチャーイノベーションの著作権表示がされたもの)に表表紙と裏表紙を付した体裁で受講生に配布され、裏表紙の下部に「c社団法人日本能率協会」と記載されている。しかし、原告ニューチャーイノベーションがJMAに対して原告テキスト1の著作権を譲渡する旨の合意があったと認めるに足りる証拠はなく、当該表示がJMAが著作者であることを示す趣旨であるとは解されない。」
「前記認定事実に加え、原告ニューチャーイノベーションにおける著作権帰属についての取決め(前記(1)ウ)を併せ考えれば、原告テキスト1は原告ニューチャーイノベーションの著作の名義の下に公表されたものというべきである。」
ここでは原告のテキストの著作権に基づく請求の是非を判断するにあたり、テキストの著作権が職務著作として原告に帰属するのかが争点となっており、本件では、原告による「All Rights Reserved・・・」の表示の他に、創作者としての被告の名義(らしきもの)や、「社団法人日本能率協会」といった表示があるために、問題が複雑化している。
・・・で、自分が解せないのは、まず、「日本能率協会」(JMA)に関する( )内の説示として、「著作権を譲渡する旨の合意」云々という記載がある点。
著作権を譲渡してもらう、ということはすなわち、原始的には別に著作者がいる、ということなのだから、もし、原告からJMAに対する著作権譲渡の合意があったとしても、そのことが原告の著作者としての地位を否定することにつながる、ということはないはずだ。
また、ここは、マルCマークが著作権者を表す表示に過ぎず、著作者を表す表示ではない、ということをもって、著作名義としての日本能率協会名義の存在を否定する、という考え方も取れたはずであろう。
さらに、原告と被告の関係に関する説示にはもっと疑問が残る。
ここでいう「著作権帰属についての取決め」とは、原告が社員に配布した「著作権の手引き」等の書面において
「職務上作成した研修コンテンツ、その他各種資料等は原則として法人が著作者になります。」
とされていることを指すのであるが、いかにそのような「取決め」があるからといって、あえて明記されている「著作者被告D」という名義を無視してよいのか、ということについては疑念を感じざるを得ない。
上記のような「取決め」を原告が配布して、その内容を説明したとしても、そこに合意に匹敵するだけの拘束力を認めるのは困難であるし、仮に合意が存在したとしても、著作者の地位は、私人間の合意によって決められる性質のものではないはずである。
また、他の裁判例に見られるように、社員の名義を単なる「内部分担表示」と善解する余地がないわけではないにしても、そういう解釈をする手懸かりが判決文中に与えられていないだけに、なおさら“気持ちが悪い”ものになってしまっている。
被告側には、他の点に関して、書証を偽造したのではないか、と思わせるような不誠実な動きをしている様子が垣間見られたりもするから、最終的な処理につなげる上では、妥当な結論、というべきなのかもしれないが、そうでなくとも以前から若干混乱が見られる公表名義要件の解釈について、混乱を増幅させるような説示をする、というのは、あまり誉められた話ではないように思う。
以上、本題に入る前のちょっとした前フリ(笑)、
ということで取り上げてみた次第である・・・。
*1:H15(ワ)第12130号不正競争行為差止等請求事件(第1事件)、H15(ワ)第11159号賃金請求事件(第2事件)。