「スターボねえちゃん」をめぐる騒動の果てに。

会社が広告等で用いるイラストやデザインの制作は、下請、孫請、さらにそこから外注・・・といった複雑な契約関係の下で行われることが多い。


それゆえに、制作過程の権利関係をめぐって細かいトラブルが起きることは日常茶飯事だったりもするのだが、元々広告代理店の業界が「裁判沙汰」を忌み嫌っている上に、大企業関係の広告に関しては、某大手広告代理店の“見えない力(苦笑)”が大抵のトラブルを片付けてしまっていることもあって、このようなトラブルが実際に判決となって我々の前に姿を現すのは稀だと言えるだろう。


これからご紹介する判決は、そんなトラブルが不幸にも表面化してしまった稀有な事例といえる。


広告主との関係において広告代理店が何に気をつけないといけないのか、広告主がしてはいけないことは何か、そういった問題を考える上での貴重な素材としてご参照いただければ幸いである。

東京地判平成20年4月18日(H18(ワ)第10704号)*1


原告:株式会社サンヨーテクニカ
被告:株式会社ムサシノ広告社


原告は、カーエレクトロニクス用品の製造販売を業とする株式会社であり、被告は、原告と取引の深かった広告代理店である。


事案の概要にもあるように、本件は、

「自社製品のパッケージ(包装)等にイラストを使用した行為が三者著作権及び著作者人格権を侵害するとして同人に損害賠償金の支払等を余儀なくされた原告が、同イラストの使用に関与した広告代理店である被告に対し、主位的に債務不履行、予備的に不法行為に基づき、上記支払額等の損害金及び民法所定の遅延損害金の支払を求めた事案」

であり、最終的に原告の請求のうち、3012万9004円の支払が認められている。


問題のイラストの著作権はあくまで第三者にあったにもかかわらず、なぜ、被告は原告に対する高額の損害賠償責任を負うことになってしまったのか。


以下、原告と被告の「悲劇」の連鎖を見ていくことにしたい。

悲劇第1章

原告は、平成5年に「車外からリモートコントロールによりエンジンを作動させるタイプのエンジンスターター」を「スターボ」という商品名で販売しており、被告はそのリーフレットや雑誌広告の制作について、原告から発注を受けた。


原告・被告間の契約、広告等の制作の経緯は以下のようなものである。

平成5年9月 
原告は、被告に対し、スターボ(RS-12)のリーフレットに用いるデザインの作成及びそのデザインを用いたリーフレット用原稿の作成を依頼した(対価100万円)。
→ 被告は、上記契約履行のため、デザイン製作を、株式会社ジー・エー・ラボラトリ・ゼル(以下「ゼル社」)に依頼した。
→ ゼル社の代表取締役であるデザイナー(訴外)Bは、訴外Cに対し、イラストの作成を行わせた(代金25万円)
平成5年10月2日
Cは、イラストを完成させ、ゼル社に納入。
平成5年10月
被告から本件イラストを使用したリーフレットを印刷の上、原告に納入。
平成5年11月以降
原告は、被告に対し、スターボ(RS-12)につき、本件イラストを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び広告掲載の取次ぎを依頼。
平成5年12月26日
被告が上記依頼を履行したことにより、雑誌に計3回にわたって、本件イラストを使用したスターボの広告が掲載された。

このように、ここでは、

原告→被告→ゼル社(訴外B)→訴外C

という流れでイラストが作成されており、しかも、(少なくとも)ゼル社と訴外Cとの間には、権利譲渡や許諾の範囲について何ら取り決めがなかったから、著作権者は原告でも被告でもなく、あくまで「訴外C」である、という状況でイラストが使い始められることになった。


こういった状況は、(契約書を用いることが少ない)この世界では決して珍しくない話だし、本件イラストの使用が一回で終わっていれば、何てことはない、日常業務の範疇の出来事として淡々と処理されたはずだ。


だが、本件イラストが「スターボねえちゃん」として、人気を博したことが、原告、被告双方にとって、悲劇を招くことになった。

悲劇第2章

平成6年9月以降
原告は、被告に対し、スターボ(RS-50)につき、本件イラストの衣装を黒色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び掲載取次ぎを依頼。→計7回掲載。
(デザイン変更はBが行った)
平成8年9月以降
原告は、被告に対し、スターボ(RS-60)につき、本件イラストの衣装を黄色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び掲載取次ぎを依頼。→計5回掲載。
(デザイン変更は被告社内の者が行った)
平成10年6月以降
原告は、被告に対し、スターボ(RS-651)につき、本件イラストの衣装をオレンジ色に変えたデザインを使用した自動車雑誌用の広告原稿の製作及び掲載取次ぎを依頼。→計10回掲載。

以下、平成10年8月以降、「黄色」(RS-601)、「赤色」(RS-701)、オレンジ色(RS-2000)と色を変えただけのイラスト利用が続いていく。


しかも、原告は、平成11年9月から販売された「スターボ(RS-3000)」のパッケージデザインに、「赤色」の上記イラストを使用し、さらに、平成12年2月から平成14年5月にかけて、被告ではなく、訴外株式会社アドメルコに自動車雑誌用の広告原稿の製作、パッケージデザイン製作を依頼し、「ピンク(濃)」、「グリーン(濃)」、「ピンク(濃)」とさらに進化したデザインを世に送り出している(これに際して、被告は広告掲載の取次ぎを行っている)。


訴外Cは、このあたりで「スターボねえちゃん」が延々とシリーズ化されていることに気付いたようで、平成14年3月15日に、ゼル社のBに対して、本件イラストの事実関係を問い合わせ、被告の社員であるAの耳にも、同年3月〜4月にかけて、その苦情が飛び込んでくることになった。


上に挙げた経緯を辿れば分かるとおり、訴外Cにイラストに関する対価が支払われたのは最初の1回きり(しかも25万円)。


2回目以降の使用に際しては、自分が全く関知しないまま、10年近く使われているのだから文句の一つでも言いたくなるのも無理はない。


かくしてトラブルが勃発したわけだが、ここで原告がとった行動が致命的な悲劇を招くことになる。

悲劇第3章

原告は、平成14年7月以降、社内デザイナーにより、スターボ製品の新型について、実に10種類の広告原稿の製作並びに本体及び取り付け器具等のパッケージのデザイン製作を行ったのだが、その内容ときたら、

「単に衣装を変えただけでなく、女性の髪形、体型などにも変更を加えた」(7頁)

ものであった。


これで怒り心頭に達した訴外Cは、平成15年10月1日に原告に対し、パッケージ及び雑誌広告等の使用中止、製作数量の開示等を求める通告書を送付。


原告が、これに対する返答をしなかったため、同月24日頃、訴外Cの代理人である柳原弁護士から、「訴訟提起前に一度だけ交渉に応じる用意がある」旨の最後通告を送付したが、原告はこれも無視。


結局、訴外Cは、平成16年1月10日に原告を相手方とする訴訟を提起することになった(請求1億500万円)。



訴外Cにイラストの著作権が帰属する、という前提があり、かつ、本件被告やゼル社による権利処理が何ら適切に行われていなかった、という事情の下で、原告に勝ち目があるはずもない。


結果、裁判官から敗訴の心証を開示された原告は、平成16年中にイラストの使用を中止し、

(1)本件イラスト及びこれの衣装の色を変形したもの並びに髪型等を変形したものを使用しないこと
(2)著作権侵害による損害金として800万円、著作者人格権侵害による慰謝料として400万円を支払うこと

を内容とする和解を余儀なくされることになった(平成17年5月16日)。


訴外C、こと、村川正敏氏の訴状がウェブサイト上にアップされているが*2、原告の不誠実な交渉態度や「イラスト改変」という愚行を考えると、僅か1200万円の賠償金で済んだのが不思議なくらいの事案なわけで、原告にとっては苦い教訓となったことだろう。


だが、悲劇はここでは終わらなかったのである・・・

悲劇最終章

冒頭で紹介したとおり、原告は被告を相手取って、5000万円の支払を求める訴訟を提起した。


争点となったのは、「原告被告間の契約内容」、「被告の履行の有無」、「被告の責めに帰すべき事由」、「因果関係」、「損害」、「過失相殺」としてまとめられているが、原告の主張をまとめるならば、

「広告代理店である被告は、契約に基づき、本件イラストの著作権が原告に譲渡され、少なくともその複製及び翻案につき包括的若しくは個別的に許諾され、かつ、それについて著作者人格権が行使されないような権利処理を行う義務を負っており、被告がそれを履行しなかったことによって原告が損害を被った」

ということになろうか。


元々、原告の代表取締役は「カネを出して広告を作らせたのだから後はお前らで処理しろ」という意識の持ち主だったようで、それ自体問題なのは間違いないのだが、業界慣習を考えれば、こういうトラブルへの対処(及び事前に策を講じることにより未然に防止すること)を広告代理店側が行う、と考えることも決して道理に反したことではない。


かくして、かつて年1億5000万円以上の取引を行っていた原告・被告は法廷で争うことになった。

裁判所の判断

裁判所は、上記争点について以下のような判断を下している。

「本件イラストの著作権が原告に譲渡され、著作者人格権が行使されないように権利処理をすることが合意されたとまで認定することはできない」(21頁)

「他方、原告が衣装の色を変えたり、髪型等も変えたデザインを広告やパッケージに使用していたところ、被告は、当初はこれらのデザイン自体に関与し、他の広告社又は原告自らがデザインを行うようになってからも、改変された広告の掲載取次ぎを行い、その改変の内容を把握していたものであり、そのように改変されたデザインが広告に使用されるだけでなく、これまでの原告の宣伝及び販売の態様から、広告掲載に使用されたデザインがスターボ製品のパッケージにも使用されることを認識していたものである」(21頁)

「これらの点を法的に把握しようとすれば、当初の広告原稿やパッケージ原稿の作成に被告が関与していた時点では、被告の関与の際に、品番ごとに翻案の許諾及び著作者人格権が行使されないように権利処理を行うことが合意されていたが、平成12年4月以降他の広告社や原告自らがデザインを担当し、被告が広告掲載の取次ぎのみに関与し、パッケージには全く関与しなくなった時点からは、被告が広告掲載の取次ぎをしたデザインのものが広告、リーフレット及びパッケージに使用することができるように、翻案の許諾を得、かつ、著作者人格権が行使されないように権利処理を行うことが、品番ごとに、黙示に合意されたものと認められる。」(21-22頁)

そして、このような認定に基づき、

被告は、前提事実(略)のものが広告、リーフレット及びパッケージに使用することができるように、著作者から翻案の許諾を得、かつ、著作者人格権が行使されないように権利処理を行う義務があり、このような権利処理が行われていなかったことを認識し又は認識し得たときは、契約による信義則上、原告にその使用をしないよう連絡するなどの方法により、原告に発生する被害の拡大を防止する義務を負っていたものである。」(22頁)

としたのである。


明文の契約書がない本件事例において、被告にここまでの義務が認められてしまった時点で本件の決着は付いていた、といえるだろう。


裁判所は、原告被告間のやり取りの経緯を分析した上で、

「A(被告社員)が、原告担当者又はD社長に対し、本件イラストの使用を中止してほしいと要請したことは認められず、仮にそれに類する行為があったとしても、それは、本件イラストの使用中止を強く求めるものではなく、被告において解決することを述べたにとどまるものである」
「Aの上記程度の行為が先行行為により生じた被告の原告に対する連絡義務を満たすものではないことは、明らかである。」
(25頁)

とし、かつ、

「Bの製作過程を知り得ない原告に、Cが著作者であるとの認識がなかったことをもって、被告の責めに帰すべき事由がなかったと解することは到底できない。」
「被告にCが著作者であるとの認識がなかったとしても、広告代理店である被告として、自己の履行補助者の立場にあるゼル社に製作過程等を確認するなどして、著作権法上問題が生じないように権利処理を行う義務を有していたことは当然であるところ、被告がこの義務を履行していないことは明らかである」
(26頁)

とした。


そして、損害額として、和解金として原告が支払った1200万円に加え、パッケージ差し替え費用1979万円、Cとの訴訟における弁護士費用420万円(本件イラストの使用利益については否定)を認め、一部過失相殺を行ったものの*3、本件訴訟での弁護士費用と合わせて、計3012万9004円の請求を認容したのである。

まとめ

本件では、原告側にも相当の落ち度はあったように思われるし、現実には、被告がいくら忠告しても、聞き入れてもらうのは難しかったような事情があったのでは、という推測も働くところである。


にもかかわらず、「広告代理店」である以上、裁判所に持ち込まれれば、高度の義務・責任を負わなければならなくなる・・・


そのことが明確になった、という点で、本件判決には大きな意義があるといえるだろう*4


「広告主としては、第三者著作権を侵害している、という事情を察知した時点で、誠実に対応しなければならない。」


「広告代理店としては、広告主が“暴走”しそうになったら力づくで止めなければならない。」


本件を見て学ぶべきことは、こういったことではないか、と思う。


魑魅魍魎が跋扈する世界だけに、果たしてこういう方向にすんなりと実務が進んでいくのか、疑問も残るところではあるが、広告主側の担当者としては、一応かすかに期待しておくこととしたい(笑)。

*1:第40部・市川正巳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080423135924.pdf

*2:http://song-deborah.com/copyright/copybusiness/copyrightdispute/040123Murakawapetition.html参照

*3:訴外Cの苦情を知った後の使用に対応する部分についてのみ、4割の過失相殺を行った。

*4:他に、著作権侵害をめぐって、これだけ高度の注意義務を負わされたのは、出版社くらいではないかと思う。