続・赤毛のアン

前日のエントリーでご紹介したlxngdh氏のブログ*1

「従来の裁判例の大半は「国際信義」の名の下で「国際的商道徳」を問題視している模様。例えば、取引交渉中に相手方の商標が未登録であることを奇貨として先回りして出願するとか、日本への参入を困難にさせる意図で出願するとか。「公正な競争秩序を害し、ひいては国際信義に反する…」という言い方がなされる。」

というコメントがなされていたので、
気になって少し調べてみたら、
最近の裁判例で、Kranzle商標事件(知財高判平成18年1月26日)というのを見つけた。
以下判旨。

 Kranzle標章は,ドイツクランツレ社(ヨゼフ・クランツレ社及び被告)のいわゆるハウスマークであり,第三者はドイツクランツレ社の承諾を得ることなく商標登録を受けることができるものではなかったところ,上記(1)エ(ウ)のとおり,原告は,被告に無断で,被告の販売代理店であることを示す資料のみをもって,ドイツクランツレ社の同意又は承諾があるとして本件出願行為をし,本件商標の商標登録を受けたものであり,ドイツクランツレ社のKranzle標章を剽窃したものというべきである。
 そして,その目的は,本件商標の排他的効力により,日本でのKranzle標章の使用の独占を図ることによって,出石や日本クランツレによるクランツレ製品の日本国内における輸入,販売を阻止しようとしているのであるから,不正の目的をもって登録出願をしたことは明らかというべきである。
 したがって,本件商標の登録出願の経緯には著しく社会的妥当性を欠くものがあり,その商標登録を認めることは,商取引の秩序を乱し,ひいては国際信義に反するものであって,到底容認し得ないものというべきである。(太線筆者)

これは何となく結論としても妥当だろう、と思う。
だが、「Anne of Green Gables」を上記事例と同視するのは難しい。


「Anne of...」判決で認定された取引経緯によれば、
確かに、

「B家(判決注:本件遺産相続人)は,出版権又は商品化権を含むが,これに限定されない,個別具体的に供与された権利以外のすべての権利を保持しています。」(1984年2月16日付け書簡)
CBCに対する一切の指示…には,商標権,著作権意匠権を保護すべく,CBC,貴社(判決注:サリヴァン・フィルムズ),当方の依頼人(判決注:本件遺産相続人)がとるべき措置に関する指示も含まれています。書面により特段の合意をしない限り,上記B等のみがこれらの権利に関する全ての登録をなしうる権限を有します。」(1987年7月28日付け書簡)
「貴社はCBCエンタープライズとの契約に基づきCBCに対して与えるべきすべての指示につき当職と協議し,かつ両当事者間において合意しなければなりません。当該指示には,CBC,貴社及び当職の依頼人が商標権,著作権意匠権を保護するために,取るべき措置が含まれます。」(1987年10月19日付け書簡)

といった文言の合意がなされており、
原告及びその関連会社がその合意に反して、
承諾なしに商標出願を行った事実は認められるものの
原告自身、日本において「赤毛のアン」コンテンツの販売という事業を
行っていたのであり、
原告による出願自体に、被告側のビジネスを妨害する、といった悪質性を
見出すことは難しいように思う*2


実は、本件原告のサリヴァン社が製作した「赤毛のアン」シリーズ(映画、ドラマ)は
結構定評のある作品らしく*3
たまたま見つけたサイト(http://www.oda-w.com/a_etc/pei.htm)などを見ると、
むしろ原告が製作した作品のおかげで被告(プリンス・エドワード州)が
商品価値を持つようになったんじゃないか、と思えるほどである。


だとすれば、原告自身も本件商標の下で独自の信用を蓄積している、
と言えなくはないのであって、
それを「公序良俗違反」で切ってしまうことへの疑問は、
ますます深まるばかりである*4


なお、サリヴァン社と被告のライセンシーであるAGGLA社との間には、
本国において↓のような紛争もあったようであり、
どうやら本件は、元々蜜月の仲だった原告・被告間のライセンス上のトラブルに
端を発した“国際的喧嘩”のひとつに過ぎないようだ。
http://reports.fja.gc.ca/en/2002/2002fct1321/2002fct1321.html(英語サイト)*5


まぁ、ドロドロした喧嘩ばかり見ていると心がすさむので、
とりあえず↓の作品でも見て、
心を癒しつつ、本件紛争の背景事情に思いを寄せるのが良いかもしれない、
と思う今日この頃である。

赤毛のアン 特別版 [DVD]

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赤毛のアン アンの青春 特別版 [DVD]

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アボンリーへの道 [VHS]

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*1:http://d.hatena.ne.jp/lxngdh/20060928。研究会発表準備、お疲れさまです・・・。

*2:もちろん市場を食い合うことはありうるだろうが、それは純粋な競業上の問題として、7号以外の規律によって決すべき問題となるはずだ。

*3:名前からいって原告は、シリーズの監督・ケヴィン・サリヴァンの系統のカンパニーと理解するのが妥当だろう。

*4:同じく4条1項7号が適用される類型として、「NPO」事件(平成17年5月10日異議決定)のようなものもあるが(異議申立書面が掲載されている。http://www2.osk.3web.ne.jp/~osakanpo/shouhyou-igi.htm)、無効審判請求人(の密接な利害関係法人)自体が商標権者たらんとしている本件は、これともまた異なる事案、というべきだろう。その他、山田威一郎(弁理士)「商標法における公序良俗概念の拡大」(http://www.saegusa-pat.jp/info/yamada/yamada_0112.pdf#search=%22%E5%95%86%E6%A8%99%E3%80%80%E5%85%AC%E5%BA%8F%E8%89%AF%E4%BF%97%E9%81%95%E5%8F%8D%E3%80%80%E3%80%80%E5%85%AC%E7%9B%8A%22)なども参照。

*5:なお、英語よりフランス語が得意な方には、http://recueil.cmf.gc.ca/fr/2002/2002cfpi1321/2002cfpi1321.html(フレンチ版)もある。内容は、相続人からAGGLAへの公的標章の譲渡やAGGLAによるライセンスの可否をめぐるものらしいが、筆者には読みこなす能力もヒマもないので、解読はご関心ある方にお願いしたい・・・(「Akage no Anne」が本当に現地で登録されていることくらいは理解できた(笑))。なお、公的標章制度に関する解説(?)にも、当該事案は紹介されている。(http://www.bereskinparr.com/English/publications/pdf/TM-New-Official-Robbins.pdf#search=%22%22Sullivan%20Entertainment%22%20%26%20AGGLA%22)。