“赤毛のアン”判決への疑問

先日、新聞等でも話題になっていた“赤毛のアン”事件。
知財高判平成18年9月20日(第4部・塚原朋一裁判長)*1


本件については、↓のブログに踏み込んだコメントがなされているし、
http://d.hatena.ne.jp/lxngdh/20060924#p3
こと商標法に関しては、上記ブログの管理人(lxngdh)氏の方が、
自分よりはるかに勉強されていると思うので、
ここで自分がコメントするのは適切ではないのかもしれないが、
個人的に疑問に思った点もいくつかあったので、
判決の流れを追いつつ、若干のコメントを残しておくことにしたい。


本件で問題となっている商標は、
登録第4470684号*2「Anne of Green Gables」であり、
当該商標の指定商品は、

第9類 眼鏡、レコード、メトロノーム、スロットマシン、ウエイトベルト、ウエットスーツ、浮袋、エアタンク、水泳用浮き板、レギュレーター、家庭用テレビゲームおもちゃ
第14類 時計、身飾品、宝玉及びその原石並びにその模造品、貴金属製のがま口及び財布、貴金属製コンパクト

となっている。


ここで注目すべきなのは、
本件原告(無効審判被請求人)*3が有している「Anne of・・・」商標は、
上記のものに限られるわけではなく、
より古い時期に登録された他のもの*4もある、ということ、
そして、本件被告(無効審判請求人)*5は、
本件商標のうち第9類についてのみ登録の無効を請求している、
ということである*6


本判決の特徴は、

「同指定商品についての商標登録は、我が国と被告を含むカナダ国政府との間の国際信義に反してなされたものであり、商標法4条1項7号の規定に違反して無効である」(2頁)

という審決を支持し、
公序良俗違反を登録阻却事由とする商標法4条1項7号の意義、
特に「国際信義に反するか否か」という側面からの7号該当性判断について、
一定の基準を定立した点にあると思われる。


だが、本件は、本当に「公序良俗違反」などという
大所高所的見地から論じられるべき事案だったのだろうか?


裁判所は、4条1項7号の意義について、以下のように述べている。

「ここでいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、①その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、②当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳通念に反する場合、③他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、④特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、⑤当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきである。」
「商標登録が特定の国との国際信義に反するかどうかは、当該商標の文字・図形等の構成、指定商品又は役務の内容、当該商標の対象とされたものがその国において有する意義や重要性、我が国とその国の関係、当該商標の登録を認めた場合にその国に及ぶ影響、当該商標登録を認めることについての我が国の公益、国際的に認められた一般原則や商慣習等を考慮して判断すべきである。」
「その上で、当該商標が商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるかどうかは、当該事案に現れた上記①〜⑤の具体的な事情を総合的に考慮して決することになる。」(以上、同・21頁)

他の事例と直接比べたわけではないので断言はできないが、
上記の規範自体は概ね妥当なのではないかと思う*7


ただ、問題はそのあてはめにある。


本件で原告が主張するように、

「例えば「ハムレット」「ドンキホーテ」「老人と海」「若草物語」「風と共に去りぬ」「白雪姫」「アンデルセン物語」「はだかの王様」など、世界的に著名な著作物について、その原作又は邦訳の題号が商標として多数登録されており、「たけくらべ」「坊ちゃん」「伊豆の踊子」など、我が国で著名な著作物についても、その題号が商標として多数登録されている。また、「シャーロックホームズ」「ピノキオ」「水戸黄門」など、著作物の登場人物の名前に関する商標も多数登録されている。」(7頁)

という事実は現に存在するのであって*8
裁判所もそれ自体は認めている*9


それでもなお、上記「Anne of...」商標の登録を無効、というためには、
それなりの理由がなければならない。
少なくとも、単に著作者の承諾がない、というだけでは、
無効事由にはならないだろう*10


それゆえ、本件では特許庁、裁判所ともに、公序良俗違反、
それも「国際信義に反する」という理由を持ち出して、
商標の登録を無効にしたものと思われるのだが、
だが、「赤毛のアン」の英語表記の商標登録を認めることが、
本当に「国際信義」に反する、とまで言えるのだろうか。


本判決では、

ア 本件著作物の文化的価値と日加両国間の関係
「本件著作物は、カナダ国を代表する作家によって書かれた世界的に著名な文学作品であり、その主人公であるアンは、物語の舞台となっているプリンス・エドワーズ島の美しい自然とあいまって、同国を象徴する存在とみなされているものと認められる。そして、アンの肖像が同国の金貨や切手で採用されるなど、同国の公的機関がモンゴメリを歴史上の重要な人物に選んでいることは、同国政府が本件著作物の文化的な価値をことのほか高く評価し、これをカナダ国及びその国民の誇るべき重要な文化的遺産と認識していることを端的に示しているということができる。」
「加えて、本件著作物は、我が国においても、世代を超えて広く親しまれ、我が国とカナダ国の友好親善の架け橋ともいうべき役割を担ってきた作品ということができるのであって、我が国も、カナダ及びその国民が本件著作物に対して有していたそうした高い評価に理解を示すべき立場にあるものといわなければならない。」(同・28-29頁)

赤毛のアン」なんて、実は筆者は読んだことないし*11
ましてや舞台がカナダだなんて知る由もない。
それゆえ、上記のような説示は非常に奇異なものに映る。


また、本判決は、「Anne of….」商標が、
カナダ国内において「公的標章」*12として保護を受けていることから、

「カナダ国において本件著作物の原題である「ANNE OF GREEN GABLES」との文字からなる標章が公的標章として登録され、標章権者以外の私的機関がこれを使用することが禁じられていることは、我が国が同一の文字からなる本件商標の登録を認めるかどうかを判断する上でも十分に斟酌すべきであり、本件著作物の主人公の価値、名声、イメージ等を保護、維持し、我が国とカナダ国との国際信義に配慮するという公益的な観点から、私的利益を追求する機関・団体に本件商標の商標登録を制限することには十分な理由があるというべきである。」(30頁)

としているが*13
そもそも「公的標章」という制度がカナダ国内で
どのような使われ方をしているのか定かではないし*14
裁判所自身も

「公的標章は、原告も指摘するとおり、同国の文化的資産と認定されることを要件とするものではなく、我が国商標法4条1項2、5、6号等に該当する印章、記章等に該当するものでもない。」(30頁)

と認めつつ、

「しかしながら、前記のとおり、本件著作物はカナダ国の誇る文化的な資産であり、我が国においても世代を超えて広く親しまれている作品であるところ・・・」(30頁)

として、上記のような「登録の制限に十分な理由あり」という結論を
導いているのである。


このような、
「本来は登録阻却事由にはならないが本件ではなりうる」という論理は、
次の「エ 著名な著作物の題号についての商標登録の許容性」
の箇所でも用いられている。

「本件商標は著名な小説の題号であるところ、我が国の商標法には、他人の筆名やその著名な略称を含む商標について、当該他人の承諾がない限り登録をすることができない旨の規定はあるが(商標法4条1項8号)、著名な著作物の題号を含む商標の登録を明示的に禁止し、あるいはその登録に当該著作物の著作権者等の承諾を要する旨の規定は存在しない」(30頁)

としつつ、

「本件著作物のように世界的に著名で、大きな経済的価値を有し、かつ、著作物としての評価や名声等を保護、維持することが国際信義上特に要請される場合には、当該著作物と何ら関係のない者が行った当該著作物の題号からなる商標の登録は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当すると解することが相当である」(31頁)

としたくだりである。


こういった本判決の論旨を見ていくと、
公序良俗違反」該当性判断にあたって様々な要素を「総合的に考慮する」
と言いつつ、実際には「世界的な著名性」や
「文化的資産としての価値」あるいは「大きな経済的価値」という
先取り的なマジックワードから、結論を出しているように読めてしまう。


裁判所が上記のように「赤毛のアン」を高く評価している背景には、
被告が主張している
赤毛のアンに関する各種公式行事」、
「翻訳者の孫に対する日加外交関係樹立70周年記念・文化交流促進功労賞」
「「愛・地球博」における「赤毛のアンの日」の制定」
赤毛のアン出版100年記念事業が公式行事として予定されていること」
「被告自身による特許庁への陳情」
といったような事実を重くみたことがあるのだろう、ということは
なんとなく推察される*15


しかし、商標を出願登録する行為について
公序良俗違反」というためには、
上記のような被告側主導の動きを越えて、
赤毛のアンがカナダの社会的資産である」ということについての認識が
わが国においてどの程度浸透しているか、
という点にも着目すべきではないのだろうか*16


また、本件は、カナダの一州が自ら無効審判の請求人になっている、
という点において、他の事案とは異なる特徴があることは認められるが、
第9類、第14類、という争われた商標の指定商品に関して言えば、
「Anne of….」商標の登録を阻却することによって利益を受けるのは
商品化事業を手がけるAGGLAという営利法人であって、
被告が受ける利益は、間接的なものに過ぎないように思われる*17


だとすれば、
外国の公共団体が紛争当事者となっているからといって、
「国際信義への配慮」といった「公益的観点」を
過度に強調するのは妥当ではないのではないだろうか*18


個人的には、本件は、
商品化事業を展開するカナダの営利法人(AGGLA)と
他の企業との間の純粋な競業問題と捉えられるべきであり*19
原告による「Anne of…」商標の登録を阻却するとすれば、
商標法4条1項15条ないし19条によるのが本筋ではないか、と思う*20


しかし、本件では
本件商標の外観、呼称、観念から、

「本件商標を本件指定商品の一部のもの(例えば、スロットマシーンなど)について使用する場合には、商品の品質等に問題がなくとも、本件著作物の主人公の価値、名声、イメージ等を損なうおそれが生じることを否定することはできない」(29頁)

という判断は導かれるものの、
「混同のおそれ」の有無については論じられていないし、
そもそも複数の権利者が混在している現状では、
「Anne of…」を付した商品役務が「他人の業務に係る商品又は役務」
と認識されるとは考えにくい(15号)。


また、裁判所は

「本件商標出願について、具体的にいかなる不正の目的があったかは認められないものの、少なくとも、その出願経緯には、相当期間にわたって取引をしてきた本件遺産相続人との信義に反するものがあったということができる。」

と述べるだけで、「不正の目的」の存在までは認定していないから、
4条1項19号についても該当するかどうかは疑わしいものがある。


このような状況において、
4条1項7号により原告の商標登録を拒むことが果たして妥当なのかどうか、
赤毛のアン」とは無縁の子供時代(笑)をすごした筆者としては、
どうしても疑問を感じざるを得ないである*21


なお、参考になるのかどうか分からないが*22
キューピー商標事件において、裁判所が4条1項7号の適用を否定したくだりを挙げておくことにする。

「商標法は、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たる商標については、商標法4条1項10号、15号又は19号の規定に該当する場合に登録拒絶及び無効の事由とすることにより、その登録を規律することを意図していると解するのが相当であって、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たる商標が一律に商標法4条1項7号に該当し登録拒絶及び無効とされるべきものと解することはできない。」
「本件において、原告は、本件商標の登録出願当時、我が国においてキューピー人形が大流行しており、被告が本件著作物の名称の著名性にただ乗りしたと主張する。しかしながら、上記1のとおり、商標法4条1項7号に規定する公序良俗違反の事由は、一般の登録拒絶及び無効の事由と異なり、公益的理由に基づくものとして、同項1号ないし3号の事由等と共に後発的無効事由としても規定されているのであるから、このような同項7号の趣旨にかんがみると、上記(1)のように、同号に規定する公序良俗違反とは、社会公共の利益、社会の一般的道徳観念、国際信義又は公正な取引秩序に反することをいうものと解するのが相当である。これを本件についてみると、原告が公序良俗違反として主張する事由は、要するに、被告がローズ・オニールの創作した著名な本件著作物の名称を冒用して本件商標の登録を受けた行為が商品又は役務に関する取引上の秩序に反するというものであり、公正な取引秩序に反することをいう趣旨であるとしても、その実質は、取消事由1において主張する、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たる商標であることをいうものにほかならない。確かに、その使用が同号に規定する不正競争に当たる商標であって、本件商標の登録出願当時からこのような事情が継続しているものであれば、本件商標の登録が商標法4条1項10号、15号又は19号、46条1項1号の規定に基づき無効とされることはあり得る。しかしながら、商標法4条1項7号に規定する公序良俗を害するおそれがある商標とは、上記のとおり、商標の構成自体がきょう激、卑わいな文字、図形である場合及び商標の使用が反社会的なものをいうのであって、単にその使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たることは含まれないのであり、他に本件商標が商標法4条1項7号に規定する公序良俗を害するおそれがある商標に当たることを根拠付ける格別の事情を認めるに足りる証拠はないから、本件商標の同号該当をいう原告の主張は、採用することができない。」

*1:H17(行ケ)第10349号審決取消請求事件。

*2:平成13年4月27日登録。

*3:サリヴァン・エンターテイメント・インターナショナル・インコーポレーテッド

*4:例えば、登録第2193499号(平成元年11月28日登録)、第2222258号(平成2年4月23日登録)など

*5:カナダ国プリンス・エドワード・アイランド州

*6:これは、本件被告と密接な関係にあるAGGLA社が平成13年7月3日に出願した商標(商願2001−60338号、第28類)の拒絶理由通知において本件商標が引用されたことに由来するものと考えられる(第28類と第9類は一部指定商品が類似する)。

*7:田村善之『商標法概説〔第2版〕』(2000年、弘文堂)214頁も参照。

*8:もちろん、これらの登録査定自体に一種の瑕疵がある、という可能性も否めないし、本件に限らず過去の登録例は積極的には参酌しない、というのが裁判所の姿勢ではあるのだが(35頁参照)。

*9:30-31頁。

*10:本件では、「赤毛のアン」のカナダ国内における著作権保護期間が満了していたこともあって、裁判所自身も「著作権が消滅した後も、その相続人ないし再相続人がその題号について、強い権利を行使することを認めることは、著作権を一定の期間に限って保護し、期間経過後は万人がこれを自由に享受することができる状態になるものと想定した著作権法の趣旨に反する。」(31頁)、として著作者の承諾の有無はここでは問題とされない、という趣旨の判示を行っている。

*11:いや、遥か昔に読んだことがあったのかもしれないが、内容忘れたし・・・。

*12:「商品又は役務に用いる公的標章として、カナダ国において、公的機関により採択及び使用される記章、紋章又は標章」(カナダ商標法9条)

*13:「ウ カナダ国における公的標章としての地位」

*14:日本における「防護標章」のように、“出したものがち”という色彩が強いものであれば、外国においてそれが高く評価されるとは考えにくい。

*15:19-20頁。

*16:筆者が「赤毛のアン」を知っているかどうかは本件の本質に全く関係のない事情であるが、それを差し引いても、社会の一般的な認識からして、被告が主張するような事由のみから商標を取り消すべき「公益的理由」を見出せるかどうかについては疑問が残る。

*17:裁判所もこの点は一応考慮しており、「重要な事実であると認識して、弁論を再開し、当事者双方による補充立証を求めるなどして、慎重に検討した」ということであるが、結局は、AGGLAが営利法人としての一面を有しているとしても判断を左右するものではない、としている(35頁)。

*18:判決の理由付けでしてこのようなことが書かれているわけではないが、異常なまでに強調される「文化的資産」等々のマジックワードを読むと、どうしても根底にそのような発想があるのではないかと疑ってしまう。

*19:そのことは冒頭にも述べた、サリヴァン社が本件商標と同じ商標を10件、12指定商品にわたって保有しているにもかかわらず、無効審判で争っているのは、本件を含めてわずか2件に過ぎない(しかも、いずれも被告サイド(AGGLA)が商品化利用目的で出願した商標と抵触するものだと思われる)ことからも推察される。方便として「国際信義」を持ち出してはいるが、ことの本質は、ライセンス契約上の何らかのトラブルに起因する競業上の問題というべきであり、商標登録の有効性をめぐる紛争においても、それに沿った形での解決を図るべきだったのではないだろうか。

*20:東京高判平成13年5月30日・キューピー商標事件参照(判旨は後掲)。

*21:公序良俗違反」というツールは、「権利濫用」等と並んで一種「伝家の宝刀」として機能しうるものであるから、それゆえむやみに使うべきではない、という発想も根底にはある。もっとも、商標登録の場面においては、あっさりと4条1項7号の適用を認めた事例も多いのかもしれないけれど(ちなみに、お隣の国ではなかなか認めてもらえない・・・)。

*22:キューピーの場合、原告側の権利者としての正統性自体がそもそも怪しかったりするから・・・。

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