“北斗の拳”を見るまでもなく(笑)、
武道の世界には、お家騒動がつきものである*1。
知財高判平成18年8月9日(塚原朋一裁判長)*2を見たとき、
先月末のある事件とリンクがつながったのだが、
その後、大塚先生のブログを見たら、
既に同じコンセプトの記事がアップされていた・・・。
「武道と商標権」
(http://ootsuka.livedoor.biz/archives/2006-08.html#20060810)
恐れ入りました(笑)。
先月末の事件、というのは、
東京地判平成18年7月27日(設楽隆一裁判長)*3。
“訴訟のデパート”極真空手界で起きた事件である。
原告は財団法人極真奨学会*4、
被告はAこと松井章圭氏*5。
そもそもこの業界では、
偉大なる創始者、大山倍達氏亡き後、
壮絶な跡目争いが繰り広げられており、
本件被告側が、ルーツを同じくする“分派”勢力に対して
再三にわたって商標権行使を試みたのも記憶に新しいところである*6
本件では、攻守ところを変え、
①原告が過去において保有し、その後失効した商標権について、被告個人を出願人とする商標登録出願をして登録を得たことが被告の負っていた義務に違反するか。
②原告が保有し、失効していなかった商標権について、被告は原告に無断で被告個人を譲受人とする商標権移転登録手続をしたか。
といった点が問題とされた。
この種の紛争には良く見られるとおり、
当事者双方が怨念のこもった主張を展開しているのであるが、
法律論としてはさほど特筆すべきものはない。
判決では、
まず上記①の争点に関し、
「被告は、本件遺言(筆者注:大山倍達氏の危急時遺言)の内容を実現することを承諾した上で、極真会館の代表者に就任したものであり、法人格なき社団である極真会館に対し、本件遺言の内容を実現すべく善良な管理者の注意をもってその事務を処理すべき義務を負うに至ったものと解するのが相当である(民法644条)。」
とした上で、
「原告が、Gの行為を介して、被告に対し、本件契約の締結の申込をしたものと認めることはできず、原被告間に直接の契約上の権利義務関係が発生したものと認めることはできない。」
「本件においては、亡Bの本件遺言の遺志を尊重すれば、財団である原告名義を用いて商標登録出願するという方法がより望ましい方法であったと考えられるものの、原告が休眠化してから数年来経過していたこと、原告が現に本件旧商標権を失効させていたこと等に照らせば、失効ないし未登録商標を被告の個人名で申請することも、被告が極真会館に対し、その代表者として負担する善管注意義務の範囲内にとどまるものというべきである。以上からすれば、極真会館と被告との委任契約の履行という観点からみても、被告が極真会館のために自己の名義で登録した本件商標権2について、当然に、これを原告の登録名義とすべき義務を負うとまで解することはできない。」
として被告側の義務違反という主張を退けているのだが、
この点については、法解釈が入り込む余地はさほどなく、
跡目相続時の故・大山氏や周囲の利害関係者の意思解釈によるところが
大きかったといえるだろう。
故・大山倍達氏は空手道の腕だけではなく、
ビジネスの才覚をも発揮されていたようで、
自ら又は原告を使って「極真会館」に関連する商標を出願登録し、
ブランド確立を図っていたそうなのであるが、
弁理士に管理を依頼しなかったのが仇になって、
存続期間満了時に更新を失念し、その多くを失効させてしまった。
本件では、その間隙を縫って個人名義で同一の商標を出願登録した
被告の行為が問題になったわけであるが、
そもそも、商標に新規性だの進歩性だの、
といった観念が入る余地はないのだから、
先行登録商標であっても、権利が消滅してしまえば、
何人でも登録が可能になるというのが原則なのであって、
故・大山氏の正当な後継者とされていた被告の立場を鑑みれば、
原告が何を言おうが、「お前(の商標)はもう死んでいる(た)」
と切り返せば足る話だった、といえるだろう。
被告に原告名義で出願登録する義務を認めさせようとした原告の主張には
やはり無理があったといわざるを得ない。
続いて、争点②に関しては、
「譲渡証書の作成の真正を認めることは到底できない」として
原告の主張が一部認められている。
最初に取り上げた日本躰道協会の内紛にまつわる事件でも、
権利譲渡をめぐる客観的な“いかがわしさ”ゆえに、
権利譲渡の効力が否定されていることから分かるように、
組織内の主導権をめぐって争われている状況で
都合よく“権利譲渡”が行われることは考えにくいから、
このような判断も概ね妥当なもの、といえるのだろう。
これも法解釈ではなく、
認定された事実から当事者の譲渡意思の存否をどう汲み取るか、
という問題に過ぎない。
なお、本件について法的に興味深かった数少ない点として
挙げられるのは以下の説示である。
「なお、原告の被告に対する本件商標権1の移転登録請求は、原告から被告に対する移転登録の抹消請求とすることも考えられるものの、本件商標権1については、既に更新登録がされていることも考慮すると、原告への移転登録を認めることが、実務上の処理としては。適切な処理であると考えられる。
概説書などには、
移転登録の原因となる譲渡契約の無効、不成立の場合には、
「移転登録の抹消を求めることができる」*7
としか書かれておらず、
日本躰道協会の事件においても
「移転登録抹消登録手続」が請求されている。
このあたり、あえて移転登録を求めた原告側の戦略の趣旨は不明だし、
判決文中での「更新登録がされていること」の考慮と
上記の運用がどのようにリンクするのかなど、
いろいろと考えをめぐらせるべきことはあるように思われるのだが、
不動産登記とパラレルに考えれば、
解決法としては分からないではもない*8。
以上、極真空手界におけるお家芸の一端を見てきた。
弟子の数だけ流派ができても不思議ではない業界だけに、
今後もしばらくは本件のような訴訟が続くのだろう。
「空手バカ一代」を愛読書とするクラスメイトに
一瞬だけ感化されかかった筆者としては、
双方の主張で内部事情を白日の下にさらけ出し、
偉大なる創始者の遺産を汚すよりは、
いっそのこと瓦割りで決着付けたらどうか、
と思ったりもするのではあるが・・・。
*1:あれは「武道」なのか、という突っ込みはさておき。
*2:H18(ネ)第10033号商標権移転登録抹消登録請求控訴事件
*3:H16(ワ)第23624号商標権移転登録手続請求事件
*4:参考サイト:http://www.kyokushinkan.org/
*5:参考サイト:http://www.kyokushin.co.jp/
*6:この点については、http://www.kyokushin-rengokai.com/saiban.htmlが詳しい。
*7:田村善之『商標法概説〔第2版〕』427頁。
*8:転売、相続や取得時効などが複雑に絡んだ事案で「真正な登記名義の回復」を求めて提訴し、勝訴判決を使って、えいやと一気に登記を自分のところに持ってくるイメージである。