とあるネット受験生に捧げる惜別の言葉。

「ぷーさん」という一人の旧司法試験受験生の日記を
かれこれ2年以上も読んでいた。


過去ログ等に記された情報から推察するに、
自分と同世代の同窓の先輩。


いつも澱んでいた三四郎池の水面を映したような、
あの時代を象徴する「理由なき曖昧なフラストレーション」
を抱えて社会に飛び出し、
組織の中の“乾いた”日々に飽き足らず、
より高みを目指して邁進する姿。


テンポとキレの良い独特の文体とあわせて*1
彼女*2の世界観を
これまで十分過ぎるほど堪能させていただいてきた。


それゆえ、先の論文試験の結果を受けて書かれた
10月13日付けのエントリーを読んで*3
筆者自身ちょっとした喪失感に襲われている。


そして
結論を出した。

司法試験を止めることにした。

来年の旧司法も受験しないし
ローにも行かない。

この世界から
完全に去ることにした。

最近、ブログの更新間隔もだいぶ空くようになっていたし、
達観されたようなコメントも増えてきていたから、
そんな予感はしていたのであるが、
やっぱり寂しい、という思いに駆られているのは、
筆者だけではないだろう。


以下、長文引用になるが・・・。

「あ、司法試験の勉強したけど
ダメだったわけね」。

他人からすれば
そんな軽い一言で済んでしまうような時間かもしれない。

だけど
自分自身の中では
社会人だった7年間以上に
懸命に生きたと思える
そんな3年半だった。

客観的には評価されても
主観的には満足出来ない。

そんな人生を歩んできた自分にとっては
初めて主観が客観を超える時間を過ごせたと思っている。

数字で計算出来る失ったもの以上に
数字で計算出来ない得られたものの多い時間だった。

組織の中で生きている中で感じた「乾き」を
十二分に潤してくれた。

そんな3年半だった。

これはある意味で
合格という結果を残せなかったからこそ
得られたものかもしれない。

クラスの仲間もいない
教官もいない
社会的地位もない
収入ももちろんない。

そんな状況に
身を置き続けざるを得なかったからこそ
得られたものかもしれない。

仮に合格していたら
組織に属していた時に感じた「乾き」は
十分に潤されることなく
再び内なる「乾き」との葛藤にもがいたのかもしれない。

レールに乗ってしまったことで
自分の思いとは違う方向で物事が進んでしまい
結局は元と同じように
というかむしろ
元より悪い形で「流される」自分になってしまったのかもしれない。

その意味では
こんな世界に3年半も居続けたことを
感謝しなくてはいけないのかもしれない。

本当に学ぶことの多い時間を過ごすことが出来た。


組織に属している人間として感じる「乾き」。
客観的にいくら周囲から評価されても、
「主観的には満足できない」という思い。


自分も含め、そういったものを抱えている“社会人”は
少なからずいるだろうが(いると信じているが)、
何もしなければ20年、30年と“安住”できるはずの地を捨てて、
思い切って挑戦できる者はそうはいない。


だからこそ、羨望と憧れのまなざしをもって
彼女のブログを日々眺めてきた。


世の中の人の多くは、
「結果が出せなかったのだから無意味」と
切って捨てるのかもしれない。


だが、挑戦することすらできずに、
漫然と日を送っている筆者から見れば、
彼女もまた一人の“勝利者”であるように思える。


どんなに格好悪くても、
限界まで挑戦して、
そして心いくまで勝負の世界を堪能することの意味。


曖昧な“only one”主義や
“身の丈”主義では決して得られない快感。


“司法試験”をめぐる狂騒、
という時代の仇花がもたらした副産物とはいえ、
そこには、たやすく手に入れることができない
何かがあったように思える。


自分だって、元々は敷かれたレールの上を
スマートに走ることなどとてもできない性分である。


それでも、10年一昔前は、
巨大な組織に属することになる日を目前に控えて、
何年か経つうちに、そんな人生を許容できる自分になれたりすることも
あるんじゃないか、と思ったりしていたこともあったのだが、
それから長い月日が流れ、それは決して叶わないことだ、
ということに今は気付いている(苦笑)。


3年半前に彼女のような人々の存在を
何らかの形で知っていれば、
自分も同じ道を選んだかもしれない。


だが、時代とともに仇花が消えつつある今、
この間立ち止まっていた自分が、
この先、彼女が味わったような痺れるような経験ができる保証は、
どこにもない。
乾いた日々から逃れられる保証も・・・。


それゆえの悔しさ、
そして、自分の潜在的な“夢”を体現してくれていた
彼女の戦いが終わることへの寂しさを
今は感じている。

去年の論文は落ちて本当にショックだった。
発表当日はさんざん泣きまくったし
何も手に付かない状態が続いていた。
あたかも時が止まってしまったかのように。

でも今年は違っていた。

結果を見て
「ほっとした」というのが
偽らざる心境だった。

司法試験という
自らが自分に課した
呪縛からようやく解き放たれたという
安心感に包まれた。

柔らかい秋の日差しとそんな安心感で
この1週間は本当に気持ちよく過ごすことができた。

こんな気持ちの良い1週間は
いつ以来だろう?

そんなことを考えている。

“気持ちの良さ”の後に来るのは、
“一抹の寂しさ”なんではないだろうか、
などと勝手な想像をしてはいるのだが、
それでも、ここまでの境地に達するのは、
たやすいことではないと思う。


個人的には、
目の前の案件に汲々としているような小さな仕事より、
もっとスケールの大きな、
大衆に向けて何かを発信する仕事の方が、
ぷーさんには向いているんじゃないか、と思っていたのも確か*4


1年前、一旦ブログで撤退宣言をした後に寄せられた、
見ず知らずの人たちからの思いのこもったコメント、
に象徴されるとおり、
好意的な評価か否かにかかわらず、
ここまで読む側を熱くさせるブログというのは
ネット界広しといえど、そう多くはない*5


かつてジャーナリズムの世界で生きていた、という彼女のこと。
またどこかで、あの暑っ苦しい*6情念のこもったキレのある文章に
どこかで出会えるのではないか、
とささやかな期待をして待つことにしたい。


以上、一ネット受験生への惜別の言葉に代えて。

*1:自分があと10年ブログを書き続けても、決して追いつけない文章センスだと思う・・・。

*2:「ぷーさん」が男性か女性かは、ご本人も公言しておらず、ネット上でも諸説あるところであるが、ここでは従来の通説(笑)に従い、女性であることを前提に進める。

*3:http://highway-star.cocolog-nifty.com/pooh/2006/10/post_8926.html

*4:過去ログを読むと、ご本人もそう思っていた節はあるが・・・。

*5:しかも、某掲示板でちょっと話題になった程度でブログを閉じてしまう輩が多い中、どんなに煽られてもそれを逆手にとってブログを書き続ける胆力など、とても真似できるものではない(笑)。

*6:これはご本人が良く使っていた形容詞。

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