商品化ライセンスと独禁法(後編・完)

一日空けてしまったが、一昨日の記事(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070506/1178467701#tb)の続きである。知財高判平成19年4月5日。

争点4について(第3条関連)

ここで控訴人が争ったのは、被控訴人(ユニクロ)側が、ライセンスTシャツを「税込み100円」という極端な低価格で販売していたことであった。


控訴人側の主張は、

「それまで各品番の商品を多数販売し、既に2億7000万円の利益を得ておきながら、その270分の1程度の利益を得るために、ブランドイメージを大きく損なってまで販売しなければならない合理性はない。B品でもない正価1000円〜1900円の商品について、原価を大きく下回り、正価の10分の1から20分の1近くの売価で販売することによるブランドイメージの低下は図り知れない。」(43頁)

と、100円販売そのものがブランドイメージを傷つける行為だと断罪した上で、

「被控訴人ファーストリテイリングは、100円販売の事実が発覚後、控訴人側と協議し、100円販売行為はブランドイメージを低下させるおそれがあることを自認した上でその販売中止を約束したにもかかわらず、虚偽の報告を繰り返して販売を継続し、100円販売の経緯自体についても虚偽の報告を繰り返して、両者の信頼関係を破壊した」(43頁)

というものであったのだが、裁判所は、次のような理由で、控訴人側の主張を退けている。

「価格に関する制限行為は、そもそも本件サブライス契約が予定しないところである」(117頁)

なぜなら、サブライセンス契約第3条の文言は、

第3条(使用料等の支払い)
乙は甲に対し,本商品の商品化権の使用料として,甲の承認を得た商品上代(以下「商品上代」という)の3%の計算により算出した金額を,入荷日を基準とし,当月1日から当月末日迄の一ヶ月分を翌月7日迄に報告する。
又,最低使用料(ミニマムロイヤリティ)は,各年度下記とし,各年度下記指定期日迄に甲の指定する金融機関に振込送金にて支払う。
尚,ミニマムロイヤリティを超えた月より,月末締め翌月20日迄に現金にて甲の指定する金融機関に振込送金にて支払う。(以下略)

というもので、

「あくまでロイヤリティの計算の前提として商品上代の承認を要するとしたものに過ぎず、具体的な個別の販売価格の承認を要する旨定めたものと読むことはできない」(117頁)

からである。


そして、上記のような解釈を補強するための裏づけとして、裁判所は、

「このことは,公正取引委員会による「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針(平成11年7月30日)」においても、ライセンサーがライセンシーに対して,ライセンシーが販売価格を決定するに当たって,事前にライセンサーの承認を得ることを義務づけるものは,特段の正当化事由のない限り不公正な取引方法に該当するとされ(乙A73 ,この考え方は商標にも準用できるとされる(乙A74)こととも整合するものである。」(117頁)

という点を指摘した*1


確かに、上記第3条の「甲の承認を得た商品上代」という一言のみで、ライセンサー側がライセンシーの販売価格に干渉する余地を与えていると解するのはさすがに苦しいように思われるから、裁判所の上記のような判断は妥当というほかないのだろう*2


ただ、後半で補強材料として用いた「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」がそもそも技術的な知的財産を対象としたものであって、商標、著作権のような非技術的権利を対象としたものではないこと、そして、前者と後者(特に商標)とでは、「知的財産」としての性質が大きく異なることを考えると、あえてここで上記のような微妙な解釈をする必要はなかったのではないか、という思いは残る*3

争点5について(第4条関連)

控訴人側は、控訴人側が、縫製不良や汚れ等があるいわゆる「B品」を販売したことについても、契約違反を指摘したのであるが、裁判所は、

「かかる製造段階でのB品も含めて販売されていたことがあるかといって、直ちに、被控訴人ファーストリテイリングが意図的に製造上のB品を販売したとか、B品として販売されたものの中で製造上のB品の割合が相当高いということにはならない」(120頁)

「本件サブライセンス契約4条の規定は、あくまで、被控訴人ファーストリテイリングが控訴人の承認したサンプルに限り製造・販売し得る旨を定めているに過ぎないものであって、控訴人の主張するようなブランド商品のB品販売自体を禁止する規定と読むことはできない」(121頁)


として控訴人側の主張を退けている。


控訴人が主張するような商標の品質保証機能に着目するのであれば、権利者サイドが意図しない質の商品を流通させるのを防ぐ、という点から被控訴人側の権利を一応止めさせることを認めることに合理性あり、という理屈も立たなくはない。


だが、これも、先述した?と同じように、元々の契約書の規定の解釈として控訴人側の主張を退けるのは少しムリのあるところだったように思われるため、結論としては本件のような判断になってしまうのもやむを得ない、というべきであろう。

争点6について(第8条関連)

控訴人側は、値引き販売品を「超目玉」といったイメージ文言とセットで無断でチラシに掲載した、という被控訴人の行為に対し、第8条に基づいて「一定の条件や基準を設け、その条件を満たさない場合は、広告宣伝を承認しないということも、当然に許容される」(121頁)と主張した。


しかし裁判所は、

「価格に関する制限行為は,そもそも本件サブライセンス契約が予定しないところであり,本件サブライセンス契約3条も,あくまでロイヤリティの計算の前提として商品上代の承認を要するとしたものに過ぎず,具体的な個別の販売価格の承認を要する旨定めたものと読むことはできない。そしてかかる理解が,公正取引委員会による「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針(平成11年7月30日)とも整合する(乙A73,74)ことも踏まえて当事者の意思を合理的に解釈すれば,本件サブライセンス契約8条の「本商品のグッドクオリティを目指し,プロパティ・イメージの向上と調和をはかるため,販売促進・広告宣伝等或いは,本件プロパティを本商品以外に使用する場合は事前に控訴人の承認を必要とする。」との規定も本件プロパティをチラシに使用するに際しての使用態様等を控訴人の承認にかからしめるものに過ぎず,具体的な個別の販売価格のみを理由とする場合にまで控訴人の承認を必要としたものではないと解するのが相当である。」(121-122頁)

と判断し、これまで実際に被控訴人側が事前に控訴人の承諾を求めていたことがあったとしても、

「それは取引関係を円滑に維持する見地から事実上なされたものというほかない。」(123頁)

として、ここでも控訴人側の主張を認めていない。


元々、「チラシの配布にあたってライセンサーの事前承認を求める」というのは、本件ライセンス契約の本質にかかわる義務、というよりは、契約の実効性を担保するための間接的、付随的義務、と理解するのが妥当であるように思われるから、筆者の私見では、第8条違反を一応認めた上で、「直ちには解除事由に該当しない」という理屈で控訴人の請求を退ける、という手もあったように思われるのだが、いずれにしても結論は変わらないだろう。

争点7について(第9条違反)

商品見本提供義務の懈怠、という控訴人側の主張についても、

「控訴人と被控訴人ファーストリテイリングのやりとりの中で、一部在庫分が規定数に不足する商品の取扱いについては、控訴人と協議の上、最終的には送付する必要はないものとされたと認められ」た(123頁)

ことなどから、これまた退けられている。



以上、控訴人・サクラインターナショナル側の主張は悉く退けられ、結論として、

「被控訴人ファーストリテイリングにおいて本件サブライセンス契約違反に該当する行為も一部認められるものの,本件プロパティが使用された宣伝広告のほとんどは,主として一種の企業イメージの広告の性格を有すると認められ,意図的に行ったものと認められないこと,商品見本提供問題についても改善がなされていたものであることなど上記(1)〜(7)に説示した一切の事情に照らせば,控訴人が故意または重過失により本件サブライセンス契約に違反した事実を認めるには足りず,いまだ信義則上取引関係の継続を困難ならしめるような背信行為の存在等やむを得ない事由が存在するということはできない。」(124頁)

という判断が下されることとなったのである*4

蛇足

訴訟費用の分担が、1(被控訴人):4999(控訴人)になったことからも明らかなように、結論だけみると、本件でユニクロ側は完全ある勝利を収めたように見える。


だが、前編でも触れたように、一連の契約過程においてユニクロ側がとった行動の中には、決して褒められたものではない、と断言しうるものも多い。


(当事者の主張ではなく)認定事実だけを見ても、「契約上解除にまでは至らなくても、ライセンシーの振舞い方としてはマナー違反」といった行動がどうも目立つ、というのが筆者の率直な感想。


コンテンツホルダーから、このような形の「商品化ライセンス」を受ける機会は、大きな企業になればなるほど、決して少なくない機会、訪れる可能性が高いと思われるので、その前に、本件を他山の石として学ぶ心構えが必要なのかもしれない、と思った次第である。

*1:控訴人側は、被控訴人側の行為が「不当廉売」にあたるとも主張しているが、これに対して裁判所は「販売力の低下した商品等を売り切る目的で値下げ販売すること」に「正当な理由」があるものと評価される(118頁)、という見解を示している。

*2:本当に商品上代にガシガシ干渉するつももりなら、それにふさわしい手続きがあって然るべきだが、それにしては上記文言はあまりにあっさりし過ぎている。

*3:特に、商標権の使用許諾の場面では、ライセンシー側が極端な安値で対象商品を販売することは、「ロイヤリティが目減りする」という点に留まらない、商標そのものの価値の毀損につながりかねない、ということについて、もう少し裁判所側で一定の配慮を示しても良かったのではないかと思われる。

*4:なお、ユニクロが平成18年1月1日以降に発売した商品に対応するロイヤリティとして、約20万円の請求だけは認容されている。

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