三度目の仏の顔を拝めるか?

複雑微妙な民事事件で、審級ごとに判断が変わるというのは良くある話だが、どんな事件でも一度最高裁で結論に一定の方向性が示されれば、それで落ち着く、というのが通常であろう。


だが、そう簡単には落ち着かなかった事例がここにある。

パチンコ店の出店予定地近くに同業者が児童公園を造ったことが、営業妨害に当たるかどうかが争われた訴訟の差し戻し上告審判決で、最高裁第一小法廷(金築誠志裁判長)は22日、「営業の自由を違法に侵害する」との判断を示した。そのうえで損害額などの算定のため、審理を再び札幌高裁に差し戻した。2度の差し戻しは異例。」(日本経済新聞2010年7月23日付朝刊・第38面)

一度目の最高裁判決

この事件の最初の最高裁判決は、最三小判平成19年3月20日*1であるが、そこでは、原審が確定した、

(1)被上告人事業者等(稚内市内のパチンコ店経営者)は、他のパチンコ業者の進出を阻止するために、平成10年5月に、名古屋地区に本拠を有するパチンコ業者が以前出店を計画していた土地を購入した(平成10年9月には同じ目的で近くの別の土地も購入、以下「本件事業者土地」))。
(2)上告人(北海道内で16店の遊技場を経営する株式会社)は、平成11年3月中ころ、稚内市内でのパチンコ店の出店を計画し,4月1日,その出店予定地(以下「本件土地」という。)につき,所有者との間で,代金を2億7000万円とする売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。本件土地は,本件事業者土地の周囲100mの区域内に位置する。
(3)被上告人事業者等は,間もなく,本件売買契約締結の事実を知り,4月6日,被上告人Y7(社会福祉法人)に対し,本件事業者土地を被上告人Y7に寄附する意向があることを伝え,その受入れを打診した。
(4) 上告人は,4月8日,本件土地につき,残代金を支払い,所有権移転登記を了した。
(5) 被上告人事業者等は,4月12日付けで,本件事業者土地のうち平成10年9月に購入された土地上に児童福祉施設等を建築することについて,これを依頼した建築業者の代表者に建築確認申請をさせ,4月20日,同申請に基づく建築確認がされた。また,被上告人事業者等は,同月13日付けで,本件事業者土地のうち平成10年5月に購入された土地上に公衆便所を建築することについて,上記代表者に建築確認申請をさせ,4月16日,同申請に基づく建築確認がされた。その後間もなく,上記各建築確認に基づく児童福祉施設等の建築が開始された。
(6) 被上告人事業者等は,5月5日までに,被上告人Y7に対し,児童福祉法7条所定の児童福祉施設に該当する児童遊園として,本件事業者土地,同土地上の上記(5)記載の建物及び遊具一式等を寄附すること(以下「本件寄附」という。)を申し入れた。これは,本件土地が施行条例の定める風俗営業の制限地域内に位置するようにすることで,法4条2項2号の規制を利用して,上告人が本件土地上でのパチンコ店の営業について法3条1項の許可を受けることができないようにすることを意図したものであった
(7) 被上告人Y7は,5月13日,理事会を開催し,本件寄附の受入れを決定した。
(8) 被上告人事業者等は,5月14日,被上告人Y7に対し,本件寄附をし,被上告人Y7は,同月21日,本件事業者土地について,共有者全員持分全部移転登記を了し,同月27日,被上告人事業者等が本件事業者土地上に建築した児童福祉施設の建物等について,被上告人Y7名義の所有権保存登記を了した。
(9) 他方,上告人は,5月6日,本件土地上に建築を予定するパチンコ店(以下「本件パチンコ店」という。)の事業計画をまとめ,設計監理事務所との間で設計・工事監理業務委託契約を締結し,同月19日,本件パチンコ店の建築について建築確認申請をした。
(10) 被上告人Y7は,5月28日,北海道知事に対し,本件事業者土地上の児童遊園(以下「本件児童遊園」という。)の設置経営を定款の事業目的に追加する旨の定款変更について認可の申請をし,6月1日,その認可を受けた。
(11) 上告人は,6月1日付けで,建築業者との間で,本件パチンコ店の建築工事請負契約を締結し,また,同月8日,本件パチンコ店の建築について建築確認を受けた。
(12) 地元の新聞社は,6月3日,本件児童遊園の整備が完了し,同月6日に開園式を予定している旨を報じた。上告人は,同月4日,この報道により,本件児童遊園の設置計画を確定的に知ったものの,民間事業者である被上告人Y7に対する児童遊園の設置の認可はあり得ないとの独自の判断に基づき,同月8日ころ,本件パチンコ店の建築を開始した。
(13) 被上告人Y7は,6月7日,北海道知事に対し,本件児童遊園の設置について認可の申請をした。
(14) 上告人は,6月16日,北海道旭川方面公安委員会に対し,本件パチンコ店の営業について法3条1項の許可の申請をした。
(15) 北海道知事は,7月14日,被上告人Y7に対し,本件児童遊園について設置の認可をした。
(16) 北海道旭川方面公安委員会は,8月6日,上記(14)記載の許可申請について,本件パチンコ店の敷地の周囲100mの区域内に,児童福祉法7条所定の児童福祉施設が7月14日付けで認可されたことを理由として,不許可とした。

という事実関係を元に、被上告人事業者らの行為について、

「前記事実関係によれば,上告人が本件売買契約を締結した後,それを知った被上告人事業者等は,法4条2項2号による規制を利用して,上告人が本件土地上でのパチンコ店の営業について法3条1項の許可を受けることができないようにする意図の下に,本件寄附を申し入れ,被上告人Y7の承諾を得て,これを実行し,被上告人Y7が本件児童遊園の設置認可を受けた結果,上告人は,本件パチンコ店の営業について法3条1項の許可を受けることができなかったというのである。そうすると,本件寄附は,上告人の事業計画が,本件売買契約の締結により実行段階に入った時点で行われたものというべきであり,しかも,法4条2項2号の規制は,都道府県の条例で定める地域内において良好な風俗環境を保全しようとする趣旨で設けられたものであるところ,被上告人事業者等は,その趣旨とは関係のない自らの営業利益の確保のために,上記規制を利用し,競業者である上告人が本件パチンコ店を開業することを妨害したものというべきであるから,本件寄附は,許される自由競争の範囲を逸脱し,上告人の営業の自由を侵害するものとして,違法性を有し,不法行為を構成するものと解すべきである。原判決が本件寄附に違法性がない理由として掲げる諸事情も,上記の判断を左右するものではない。したがって,本件寄附に違法性がないことを理由として,上告人の被上告人Y7を除く被上告人らに対する請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
(6-7頁)

とし、損害額について判断するために高裁に差し戻す、という判断が示されていた。


出店計画のわずかな間隙を付いて、「児童遊園計画」を迅速な遂行した地元事業者の計略は全くもって見事というほかないし、新たにパチンコ店ができるよりも、児童遊園を設置する方が世の中の利益にもなるような気がするのだが、営業妨害の意図で寄付を行った事実が原審で認定されている以上、損害賠償を認めないわけにはいかない、という最高裁の判断ももっともなわけで、差し戻し控訴審では淡々と損害額の認定がなされることになるかと思われた。


だが・・・。

札幌高裁の反逆

破棄差し戻しを食らった札幌高裁が、最高裁判決の約2年後に出した判決は驚くべきものであった(札幌高判平成21年7月10日(H19(ネ)第85号)*2


主文は原判決(地裁判決)取消、被控訴人(原告)の請求棄却。


高裁判決は冒頭で、

「差戻審である当審は,上告審が破棄理由とした事実上及び法律上の判断に拘束されるが(民事訴訟法325条3項),他方,従前の控訴審の審理の続行として,破棄理由とされた事項に限らず,事件全般にわたって審理することができ,破棄判断の基礎となった事実関係を審理の上これを変更することができるのであるから,上告審が破棄判断をするに当たりその基礎として立脚した事実関係の確定については,上記拘束力は生じない最高裁判所昭和36年11月28日第三小法廷判決・民集15巻10号2593頁参照)。したがって,当審は,上告審判決の前提となった差戻前控訴審判決の確定した事実関係と異なる事実関係を認定した上で,差戻前控訴審判決と同一の結論に達することもできる。」

と述べた上で、

「控訴人事業者らは,上告審が前提とした差戻前控訴審が確定した事実関係,すなわち,被控訴人が本件パチンコ店の出店予定地である本件土地を取得した後に,これを知った控訴人事業者らが本件児童遊園用地を控訴人Aに寄附したという事実関係を前提にするならば,上告審の判断は正しいことを認めている。」
「しかしながら,控訴人事業者らは,(1)被控訴人が出店予定地を取得する前から,控訴人Aに対し,児童遊園を寄附する旨決定し,その準備行為を行っていた旨主張し,原審が確定していない上記事実関係を前提にするならば,控訴人らの行為を自由競争を逸脱する違法行為と評価することはできず,また,(2)差戻前控訴審が確定した,被控訴人が出店予定地を取得した後,間もなく控訴人事業者らはそのことを知り,平成11年4月6日に,控訴人Aに寄附の意向を伝えたとの事実認定は誤っており,控訴人事業者らがこれを知ったのは同年5月以降のことであるから,控訴人らの本件寄附は被控訴人のパチンコ店開業を妨害する違法行為とはいえない旨主張し,控訴人Aも同旨主張すると解される。」
「よって,当審においては,上告審が再度の審理を求めた事項に加えて,原審が確定した事実関係に,控訴人らが主張するような変更を加えるべきか否か,変更したとして,その変更された事実関係に基づくならば,控訴人事業者らの不法行為責任を認めた上告審判決の結論は相当かどうかも,併せて審理の対象とする。」

と審理対象を広げる旨を宣言した。


そして、

「上告審は,控訴人らが主張する準備行為の存在いかんにかかわらず,本件売買契約がなされたことを知って本件寄附が行われた以上,不法行為は成立する旨判示した」

という被控訴人(上告人)の主張に対しては、

「上告審判決が原審の確定した事実関係の概要等として判示する事実関係には,本件売買契約成立以前の本件寄附の準備行為の有無は含まれておらず,差戻前控訴審判決を破棄するに至ったその判断部分を見ても,本件売買契約締結の事実を知った控訴人事業者らが,風営法の規制を利用して本件パチンコ店開設を妨害する目的で本件寄附を申し入れた行為が,被控訴人の営業の自由を侵害すると判示するのみであり,本件寄附の準備行為が,控訴人事業者らが本件売買行為を知る前から行われていた場合にも,同様の結論となるかどうかについての判断は,示されていないというべきである。よって,上記被控訴人の主張は採用できない。」

とこれを退けた(以上11-13頁)。


ここまでくれば、結論に至るまでの道筋もおのずから明らかとなろう。


札幌高裁は、それまでの尋問結果を慎重に吟味したうえで、

「本件は,控訴人事業者らが,社会福祉法人である控訴人Aの社会福祉事業の発展拡大を目的として本件寄附を計画し,その準備行為たる児童遊園の設置手続を相当程度進めていた最中に,被控訴人が本件児童遊園を設置する予定の本件事業者土地との関係で風営法のパチンコ店開業規制のかかる本件土地を購入したという事案である。前記認定したとおり,組合が控訴人Aに正式に本件寄附の申入れを行ったのは,本件売買契約の5日後であり,控訴人事業者らは,本件売買契約の後間もなくその事実を知り,本件寄附の正式申入れを行っている。また,その時点で,本件寄附が,本件パチンコ店の開業を阻止する効果を有することを,控訴人事業者らは知っていたものと認められる。」
「そうすると,本件寄附は,結果として,競業者である被控訴人が本件パチンコ店を開業することを阻止することとなり,また,控訴人事業者ら自身,その効果を欲していたとは認められるものの,その主たる目的は,控訴人Aが営む社会福祉事業の発展にあったというべきであり,被控訴人のパチンコ店開業を阻止するという自らの利益の確保のためにのみ,風営法の規制を利用したという上告審判断の前提は,当審における事実審理の結果,本件には当てはまらないこととなったというべきである。そして,上記事実関係を前提とする限り,本件寄附は,控訴人事業者らが自由になし得るものであり,本件寄附の実行により被控訴人が本件パチンコ店が開業できなくなるからといって,控訴人事業者らに対して,相当の期間・費用・労力をかけて行った準備行為を断念することを強いることはできないと解すべきである。そして,控訴人事業者らが,本件寄附の申入れの時点では本件寄附が本件パチンコ店開業を阻止することを知り,さらにその効果を欲していたとしても,そのことにより上記判断が左右されることはない。」
「なお,被控訴人は,仮に控訴人事業者らが主張する準備行為が存在するととしても,その準備行為自体,不特定のパチンコ業者によるパチンコ店進出を阻止する目的で行われたものであるから,違法性がある旨主張する。しかし,前記認定したところによれば,準備行為はもともと控訴人Aの社会福祉事業への協力のために始められたものであり,副次的にでも不特定ではあるがパチンコ店進出阻止目的が加わったのは,早くても,平成11年3月下旬ころからであるから,被控訴人の主張は,その前提を欠き,採用できない。」

と本件寄付の主目的が「社会福祉事業」そのものにあり、パチンコ店進出阻止目的は後から加わったものに過ぎない、として、控訴人事業者(被告)に違法性なし、と再び結論をひっくり返したのである。


敗色濃厚だった控訴人事業者にとっては“奇跡の逆転”。
勝ちムードで差し戻し審に臨んでいたはずの被控訴人にとっては、まさに“ちゃぶ台返し”で、代理人としては憤懣やるかたない状況だったのかもしれない。


かくして、事件は再度上告(上告受理申し立て?)され、最高裁の二度目の判断を仰ぐことになった。

二度目の最高裁判決

さて、冒頭で紹介した今回の最高裁判決は、未だ最高裁のHPにはアップされていないようである。


いつもならその日のうちに掲載されるこの手の判決文が掲載されていない理由は良く分からないのだが、記事によると、判決の要旨は、

「同業者らは新規出店を警戒しており、児童遊園設置の目的は出店阻止にあった」
「自らの営業利益のために風営法の規制を利用、許される自由競争の範囲を逸脱する」

というもののようで、おそらく最初の判決の時点からそんなに大きくは変わっていないようだから、あえて掲載するまでもない、という判断が働いたのかもしれない。


判断の基礎となる事実が変われば、最高裁判決の差し戻し審での拘束力も失われるのは確か。


おそらく一度目の最高裁判決の前にかなり自信を持って(?)「違法性なし」との判断を導いていた札幌高裁としてはなおさら、基礎となる事実を変えてでも、同じ結論を維持しようと思ったのかもしれない*3


だが、地元事業者を勝利に導いた高裁の丹念な“事実拾い”も、最高裁の厳然たる判断基準の前には通用しなかったわけで、さすがに今度ばかりは淡々と審理が進むのではないかと思われる*4


問題となった寄付からは既に10年。


いかに高裁が地元事業者にとって「仏」の顔を持っていた、とはいっても、三度目を期待するのはちょっと難しいかなぁ・・・というのが率直な印象である。

*1:第三小法廷・藤田宙靖裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070320112834.pdf

*2:第2民事部、末永進裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090814085856.pdf

*3:しかも、その方が地域の利益には資するのも間違いない。

*4:一審で認容された損害賠償額は、10億円以上という莫大な額になっているので、この辺はおそらく何らかの調整がなされるのではないかと思うが。

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