300日規定運用見直し

最近議論が活発化している、「離婚後300日以内に生まれた子は「前夫の子」と推定する」規定(民法772条)だが、「離婚後の妊娠を示す医師の証明書で再婚相手との子として出生届を認める」という法務省通達の運用が、21日から始まったそうである。


22日の朝刊には、13都道府県で少なくとも20件の届け出があった、と紹介した上で、“母親の声”として、

「子どもが生まれてまもなく5ヶ月だが、ようやく提出できた。子どもが国に認められないのはつらかった

「生まれながらに赤ん坊に不公平を強いるべきではない。法改正のため微力ながらも頑張りたい」

といったコメントを紹介している(日本経済新聞2007年5月22日付朝刊・第39面)。


役場に出生届を出しに行ったら、「前の夫の戸籍に・・・」と言われて動転する母親の心情は少なからず理解できるし、コケの生えたような“倫理感”を持ち出して法改正に抵抗し続ける一部の論者のコメント(しかも、目的と手段の間に合理的関連性が殆ど認められないにもかかわらず)を聞くと、それはいかがなものかと思う*1


それゆえ、上記のようなコメントを一概に否定する気はないのであるが、一つだけ引っかかるのは、

「生まれてきた子どもは本当に国に見捨てられているのか?(あるいは差別されているのか?)」

ということである。


母親の離婚後300日以内に出生した子は、単に「両親が希望する形で戸籍に入れることができない」だけで、「戸籍に登録される資格がない」わけではない。


その点において、川の下に捨てられていた子や、不法残留外国人を親に持つ子とは決定的に違うのであって(しかも代理出産で生を受けた子どものように、母子関係そのものが否定されるわけでもない)、上記のようなコメントはややもすると感情的(もっとヒドイ言葉で言うと単なる親のエゴ)のように映ってしまうきらいがある。


また、よく言われている「法の不備」という表現も、立法に携わった人々からみれば、実に不本意なはずだ。


なぜなら、民法772条2項はあくまで「推定」規定に過ぎず、その「推定」さえ覆せば「親子関係不存在確認の訴え」によって、元夫との親子関係を否定することも可能な制度設計になっているからである。


民法772条2項の嫡出の推定が及ぶ子に対して、父親の側から提起する「嫡出否認の訴え」(775条)の提起期間が「出生を知った時から」1年以内という厳格な制限の下にあることと比べれば(777条)、立法担当者がいかに「子の福祉」に配慮していたかが分かるというものであろう*2


結局、問題を複雑化させている元凶は、「法の不備」ではなく、戸籍を所管する側の「あまりに硬直的な運用」や、「家庭裁判所という司法機関へのアクセス困難さ」にあるというべきで、だとすれば、世論を二分しかねない「法改正」に過度に心血を注ぐよりも、法務省最高裁に運用の改善を求める方が、迅速な子の“救済”につながるのでは、という思いを抱かざるを得ない。


嫡出推定に争いがある場合(母親から申告があった場合)には、出生届を受理した後の父親の戸籍への編入をしばらくペンディングするとか、「親子関係不存在確認の訴え」の手続きを簡素化した上で、推定覆滅のための心証を形成できるようにするためのハードルを引き下げる、とかいったことは、民法に手を付けなくても出来るように思われるのであるが・・・*3


なお、筆者自身は、嫡出が推定されるか否か、遺伝学的親子関係が認められるか否か、といった観点を離れて、純粋に「家族」を形成したい者同士で公に認められる「家族」を形成できるシステムにするのが、もっとも合理的で個々人の幸福にも資する(これまでの民法の規定は、誰からも「家族」としての存在を認められない者を救済するための最終兵器として用いればよい)のではないか、と思っているのであるが、たぶんあと100年経っても、そんなシステムが制度化される世の中は来ないだろうことは容易に想像が付くわけで、近年の親子関係をめぐる議論に対しては、同情半分、シラケ半分、というのが率直な感想である。

*1:この点については以前のエントリーでも触れた(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070412/1176399752#tb

*2:逆に民法772条2項を一切取っ払ってしまうと、妻が懐胎後、出生前に離婚してしまえば、元夫に遺伝的な父子関係が認められる場合でも、子の側で「認知の訴え」(787条)を提起しない限り、何ら救済を受けられないことになってしまう。

*3:もちろん、DNA鑑定一発で推定がひっくり返るようにしてしまえば楽なのは間違いないのだが、直ちにそういう方向に持っていくのは難しいような気がする。

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