法学教室に連載されている『知的財産法の重要論点』で、上野達弘准教授が「著作者(1)総論」として、著作者の認定や共同著作の論点に触れておられたのをちょうど読んでいたところで*1、興味深い判決に出会った。
東京地判平成20年2月15日(H18(ワ)第15359号)*2
原告:A
被告:B、株式会社汐文社
本件は、
「原告と被告の共同著作物である書籍を、被告が原告の了解なく複製、翻案して別の書籍を制作、発行した」
ことが問題になり、結論としては原告の請求が一部認容されたという事案で、これだけ聞くと、巷に良くある脇の甘い著者と出版社の話、として片付けられてしまいそうなのであるが、プロセスを辿っていくとなかなか面白い。
認定された事実によると、「共同著作物」とされた書籍は、
「被告Bは、・・・自らの経験と考えを社会に向けて発信するため、被告Bの経験やその思いなどを内容とする自叙伝を草思社から出版することにした」
↓
「出版の企画は決まったものの、そのころ被告Bの大学教授としての職務が多忙であったことなどから、被告Bにおいて、原稿の執筆に取り掛かることができないまま、約1年が経過してしまった。」
↓
「そこで、被告Bと草思社の担当編集者であったDは、第三者に被告Bの自叙伝の執筆を依頼することにした。」
↓
「被告Bは、既知の間柄であった原告(注:ジャーナリスト)に対し、草思社から出版予定の被告Bの自叙伝の執筆を依頼し、原告から執筆の了承を得た。」
という過程を経て創作が開始されたものである(以上13-14頁)。
そして、原告は、Dから
「被告Bのヒューマンドキュメンタリーであるため、被告Bの語り口調の文体にするように依頼」され(14頁)
(1)原告において、被告Bに対する質問事項を用意する
(2)原告と被告Bとが面談し、原告が被告Bに対して質問し、被告Bは原告の質問に応じて、あるいは、質問に関連して自由に、体験や心情等について説明する。
(3)原告が、被告Bとの面談時の会話を録音しておき、後に口述を文章に反訳する
(以上16頁)
というプロセスを経て制作を進めたものである。
このような形で文章が作成された場合にどうなるかは、既に東京地判平成10年10月29日(SMAP大研究事件)において、原告SMAPがインタビュー記事の著作者として認められなかった時点で、この業界の人間なら大方想像が付くことだろう*3。
本件では、被告Bの側でも原告の執筆した原稿を再三にわたって確認し、加筆や削除を含めた表現の変更の指摘等を行っていたために、一応は「共同著作物」と認定されており、その点では「語り手」にとってはSMAP事件よりはマシな判断になっているが、それでも原告について、
「原告は・・・被告Bの補助者としての地位にとどまるものではなく、自らの創意を発揮して創作を行ったものと認められる」(17頁)
と認定されたことで、原告に無断で上記書籍を子供向けに再製した被告Bとしては、立つ瀬がなくなってしまった。
さすがに、被告の側でも、ここが勝負どころということは分かっていたのだろう。共同著作物該当性をめぐって、興味深い主張を行っている。
「原告は、被告Bの口述を忠実に文章化することを請け負った、いわゆる「ゴーストライター」にすぎない。ここに、「ゴーストライター契約」とは、「ゴーストライター」となる者が著作の趣旨を心得つつ、執筆の労力の大半を引き受けながら、著作権は帰属しないことを承諾することを内容とする契約である。」(6頁)
この後に続く、「単なる書き下ろしに創作的表現が混入する余地はない」的な論理はまだ理解できるにしても、「ゴーストライター契約」はさすがにいい過ぎだろう(笑)。
ただ、他に反論する要素がほとんどない被告側としては、このような奇手に頼らざるを得なかったのも確かで、執筆パートナーに半ば“裏切られた”(これは原告にとっても同じだろうが)無念さが伝わってくるような主張ともいえる。
なお、法的にはさほど注目すべき点のないように見える本判決だが、損害額の算定に際して、以下のような説示を行っている点は注目される。
「なお、原告は、著作権侵害訴訟における損害額の算定については、通常の取引関係において合意される利用率よりも高率な利用料率により損害額を算定すべきである旨主張するものの、著作権法114条3項が「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」と規定していることに照らし、採用することができない。」(23頁)
元々、侵害しても通常と同じ利用料しか支払わなくて良いのであれば「侵害し得」になってしまう、という観点から114条3項の「通常」の文言が削除されたことを考えると、少し違和感のある判旨ではあるのだが、それでも導き出された額は、114条2項に基づいて算定した額よりも多いのだから、この辺が妥当だったのだろうと思う。
かつての盟友と袂を分かつ「手切れ金」としては、あまりにスケールが小さい額なのが勿体ない限りであるが、これが著作権侵害訴訟のさだめなのかも知れない・・・。