明らかに筋は悪いけど・・・。

著作権が絡む裁判には、いろんな類のものがあって、良く見るとこれ「知財部」で争うような事件じゃないだろう、というのも時に混じっていたりするのだが、今回ご紹介するものもその類の事件である。

東京地判平成23年2月9日(H21(ワ)25767号、H21(ワ)36771号)*1

本訴原告:X(職業写真家)
本訴被告:Y(政治活動を行っている者)

本件で“渦中のブツ”となった写真に映っていたのは、以前、名誉会長の写真の「引用」が話題となった某宗教法人*2と関連する政党に所属する都議会議員

そして、被告が、その都議のウェブサイトからダウンロードした写真のデジタルデータを用いて、その都議に対する抗議ビラを作成して街頭で配布したり、自分のブログの記事を書いたり、街宣車の車体上部設置階段に写真を掲載したりしたことが、著作権及び著作者人格権侵害にあたるとして、400万円の損害賠償支払請求を行った、というのが本件訴訟の「本訴」であった*3



ここまでの情報だけでも、多くの読者の皆様は、この事件の“筋の悪さ”をお察しいただけることだろう。

被告自身がそれを一番感じたようで、被告は「原告による刑事告訴(注:著作権法違反罪)及び本訴提起が不法行為に当たる」として、損害賠償金100万円の支払いを求める反訴を提起することとなった。

このような状況で、裁判所はどのような判断を下したのか?

裁判所の判断

本件訴訟の特徴は、原告側が著作権侵害訴訟の典型的パターンに載せて、淡々と主張立証を積み重ねているのに対し、「本人訴訟」で対応した被告が、???という主張を連発しているところにある。

「本件写真は、何らの芸術性も伴わないスナップ写真にすぎず、原告の思想、感情が創作的に表現された著作権法上の著作物に該当しない」(9頁)

という主張までは一応理解できるとしても、

「原告が本件写真の著作権者であることは、本件サイトのいかなる部分を明記されていない。よって、何人たりともこれを原告の著作物であると判断することは不可能である」(9頁)
「本件写真は、一般に公開されているホームページ(本件サイト)に掲載されたものであり、これを使用しても著作権を侵害するものとはいえない」(10頁)

といった主張を見ると、「ちゃんと代理人付けた方が良かったんじゃないかなぁ・・・」という思いにも駆られるわけで(おそらく裁判所も、訴訟指揮には相当苦労しただろうと思われる)。

また、被告は「別件仮処分事件(ビラ頒布差止仮処分事件)で問題にならなかった」という(本件訴訟にとってはあまり意味のない)主張を再三繰り返してみたりもしている。

こうなると、結果は推して知るべし。

裁判所は、淡々と争点に対する判断を並べて、被告の著作権侵害を肯定した。

「原告は,本件写真の撮影に当たり,B議員の精悍さや実直な人柄,都政にかける情熱を表現するために,いろいろな角度から撮影し,様々なポーズを要求したり,スーツやネクタイの色合いを考えて組合せを替えたりした。特に,ポスターや写真を見たときに見下ろしているようなイメージを持たれないよう,カメラの位置を変えたり,語りかけるようなイメージを想定したりしながら本件写真を撮影した。その際,ライティングは大型ストロボを8台使用し,ディフューザーを用いて光を柔らかくしながら,ストロボ光の光量や当たる角度を調整し,光が柔らかくなりすぎないようにしてキレを出し,柔らかさの中にも爽やかさが醸し出されるようにした。」(19頁)
(略)
「以上によれば,原告は,本件写真の撮影に当たり,撮影の趣旨,目的を踏まえて,照明,撮影の角度,ポーズ,服装等に創意工夫を凝らして撮影したことが認められ,本件写真には,原告の思想,感情が創作的に表現されていると評価することができる。したがって,本件写真について,著作物性を肯定することができる。」
(19-20頁)

「(1)本件写真が一般に公開されているホームページ上に掲載されたからといって,これを著作権者に無断で使用できることになるわけではない。(2)また,本件サイト上には原告が著作権者である旨の表示はないが,被告は,本件写真が自分以外の者によって撮影されたものであることを認識しながら,その著作権の帰属について何ら調査することなく,無断でその画像データをダウンロードし,これを上記各ビラ及び看板に掲載したのであるから,上記(ア)の著作権(複製権,譲渡権)侵害について,少なくとも過失を認めることができる。さらに,(3)本件仮処分事件において,本件看板上に本件写真の複製物を掲載することが差止めの対象になっていなかったからといって,本件看板上に本件写真の複製物を掲載することが適法になるわけではなく,また,同事件において原告が被告に対し本件看板における本件写真の使用を許諾した事実も認められない。」(21-22頁)

また、被告側の適法引用の抗弁(著作権法32条1項)については、

「本件各ビラ等は,要するに,都議選の候補者であったB議員について不正があったとの主張を宣伝広報し,あるいはB議員が被告に対し街宣活動の禁止を求める仮処分を申し立てたことを批判するためのものであって,本件写真それ自体や,本件写真に写った被写体の姿態,行動を報道したり批評したりするものではない。被告は,B議員を特定し,本件各ビラ等を見た者に具体的にB議員をイメージさせる目的で本件写真を引用したと主張するが,特定のためであれば,同議員の所属,氏名を明示すれば足りることであるし,イメージのためであれば,B議員の他の写真によって代替することも可能であり,本件写真でなければならない理由はない。また,本件各ビラ等は本件写真の全体をほぼそのまま引用しているが,身振り手振りも含めた本件写真の全体を引用しなければならない必要性も認められない。さらに,著作物の引用に当たっては,その出所を,その複製又は利用の態様に応じて合理的と認められる方法及び程度により,明示しなければならないが(著作権法48条1項1号),本件各ビラ等においては,本件写真の出所が一切明示されておらず,これが他人の著作物を利用したものであるのかどうかが全く区別されていない。」
「このように,そもそも,本件各ビラ等に本件写真を引用しなければならない必然性がないこと,本件写真の全体を引用すべき必要性もないこと,本件写真の出所が一切明示されていないことなどからすれば,本件各ビラ等が被告の政治的言論活動のために作成されたものであることを考慮しても,これに本件写真の複製物である被告各写真を掲載したことが、「公正な慣行」に合致するものということはできず,また,「報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内」で行われたものということもできない。」

と、これまたあっさりと退けている。

また、カラー写真のモノクロ写真への変更、写真の縦横比率変更、顔写真に目隠しを入れた行為については、「著作者である原告の意に反する改変」であるとして、著作者人格権侵害も肯定された*4

その結果が、著作権著作者人格権侵害の両方を併せて差止請求と78万5000円の損害賠償請求認容。

さすがに「10倍賠償ルール」のような、原告側の無茶苦茶な主張はさすがに排斥されており、認容された損害賠償額も請求額に比べてかなり減額されているが、その一方で、被告側の反訴についても、

「本訴において原告の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものでないことは,前記1〜5において検討したとおりである。他方,本訴の提起が被告の言論活動を弾圧することを目的とした威圧行為であると認めるべき的確な証拠は存在しない。」

と判断するなど、被告から見たら、全体的に“取り付く島がない”といった感を受ける判決である。


「職業写真家が撮影した写真をデッドコピーした」という本件の被告の行為態様に照らせば、本件で侵害の成否そのものをいくら争っても仕方なかったようにも思われるわけで*5、どうせならダメ元でも

「被告の政治的表現の自由

を前面に出して争った方が(いわば“パロディ”の亜流のような争い方で)、まだ面白い判決になったのではなかろうか・・・。


冒頭でもつぶやいたように、こういう類の紛争を「著作権侵害」事件という文脈で争うこと自体、個人的にはあまり好きではない。

だが、結論だけみれば、上記のような判決も概ね妥当だと言わざるを得ないわけで、いろいろ考えさせられることが多い事件であった。

*1:民事40部・岡本岳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110222111613.pdf

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070420/1177177516

*3:ちなみに本件写真を使ったビラの一部は、「東京地方裁判所正門前付近」においても配布されている(別件仮処分申し立てに対する「抗議」ビラ、という性格のものだったようだ)。

*4:被告側は、やむを得ない改変」該当性を主張したが、退けられている。

*5:写真の著作物性にしても、「家族が撮影したスナップ写真」ですら著作物性が肯定されたことを考えると(「東京アウトサイダーズ事件」、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070123/1169575046)、争うのはいささか無理があったように思われる。

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