「特許庁よ、覚悟せよ!」

・・・というセリフが似合いそうな判決がまた一つ。


もちろん、言わずもがな、知財高裁第3部発の判決である。

知財高判平成19年9月12日(H18(行ケ)第10421号)*1


この事件は原告ハイテック・プロダクトが平成6年5月13日に出願し、平成8年11月21日に登録を受けた「多関節搬送装置、その制御方法及び半導体製造装置」(第2580489号)という発明に対し、被告・ローツェ株式会社が特許無効審判請求を起こしたことに端を発するものである*2


事件の経緯を追ってみると、

平成16年10月12日 本件被告による無効審判請求(無効2004-80181)
平成17年6月28日 特許庁による一部無効審決(第1次審決)
「特許第2580489号の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」
平成17年8月1日 本件原告による審決取消訴訟(H17(行ケ)10599号)提起
「第1次審決中,請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする部分の取消しを求める」
平成17年8月22日 本件原告による訂正審判請求(訂正2005-39148)
平成17年11月8日 知財高裁(第2部)が特許法181条2項に基づく審決取消決定
「第1次審決中,請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする部分を取り消す」
平成18年8月15日 特許庁による訂正認容審決、一部無効審決(本件審決)
「訂正を認める。特許第2580489号の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。
平成18年9月19日 本件訴訟提起
(以上2-3頁)

ということになる。


以前にも何度か触れたように、無効審決取消訴訟において、訂正審判請求をかけ、同時に特許法181条2項に基づく取消決定(差戻決定)を求める、という作戦は、権利者側の苦し紛れな引き延ばしに使われることが多いものであり*3、裁判所が一応は特許庁に差し戻しても、結局は前審決のコピペのような審決が出されて終わり、というパターンになることが多い*4


だが、裁判所はそんな安易な結論を許容しなかった*5


知財高裁は、原告が主張した取消事由のうち、「一致点の認定の誤り」の主張こそ認めなかったものの、

「相違点1及び2について本件発明1の構成が容易想到であるとした審決の判断には誤りがある。したがって、原告主張の取消事由1は理由がある。」(58頁)
「前記1のとおり、本件発明1(請求項1)が容易想到であるとした本件審決の判断は誤りであるから、請求項1を引用する請求項2ないし4、6ないし10に係る本件発明2ないし4、6ないし10が容易想到であるとした本件審決の判断も誤りである。」(59頁)
「本件発明6について特許法旧36条4項の要件違反があるとした本件審決の判断は誤りである。したがって、原告主張の取消事由3は理由がある。」(61頁)

と、ことごとく特許庁の認定判断を覆したのである。


これまでの無効審判審決に対する取消訴訟において、裁判所が特許を無効にする側に有利な判断を下すことはあっても、特許権者に有利な側に判断を覆すことが稀だったことを考えると、それ自体珍しい傾向の判決といえよう。


そして、それに輪をかけて凄いのが、「4 付言」として書かれた以下のくだりである。


裁判所は、

「本判決により審決が取り消された事件について、今後行われる審判の審理に資するため、確定効の範囲等に関し、以下のとおり補足して述べる。」

と書き出した後、

「特許が2以上の請求項に係るものであるときには,その無効審判は請求項ごとに請求することができるものとされていること(特許法123条1項柱書)に照らすならば,2以上の請求項に係る特許無効審判の請求に対してされた審決は,各請求項に係る審決部分ごとに取消訴訟の対象となり,各請求項に係る審決部分ごとに形式的に確定する。審決の形式的な確定は,当該審決に対する審決取消訴訟原告適格を有するすべての者について,出訴期間が経過し,当該審決を争うことができなくなることによって生ずる(特許法178条3項)。そうすると,2以上の請求項に係る特許についての無効審判において,一部の請求項に係る特
許について無効とし,残余の請求項に係る特許について審判請求を不成立とする審決がされた場合には,それぞれ原告適格を有する者(審決によって不利益を受けた者)が異なるため,各請求項に係る審決部分ごとに,形式的確定の有無及び確定の日等が異なる場合が生じ得る。無効審判請求を不成立とした審決部分は,請求人側のみが取消訴訟を提起する原告適格を有するのであるから,請求人側に係る出訴期間の経過によって,審決部分もまた形式的に確定することになる。」
(61-62頁)

という多請求項に係る特許の無効審判及び審決取消訴訟の基本的ルールについて“あえて”丁寧に説明した。


そして、特許庁が行った本件審決を、

「本件手続について見ると,第1次審決中「特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決部分については,被告(審判請求人)において取消訴訟を提起することなく出訴期間が経過したのであるから,同審決部分は形式的に確定した。しかるに,特許庁は,本件特許の請求項5に係る無効審判請求が形式的に確定していないとの前提に立った上で,当該請求項についても審判手続で審理し,「特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」旨の判断をした。上記審判手続のあり方は,著しく妥当を欠くというべきである。けだし,本件特許の請求項5については,無効審判請求に係る無効理由が存在しないものとする審決部分が確定したことにより,原告は,形式的確定の利益を享受できる地位を得ているのであるから,それにもかかわらず,他の請求項に係る特許を無効とした審決部分について取消訴訟を提起して,当該請求項について有利な結果を得ようとしたことにより,かえって無効審判請求を不成立とする請求項5についてまで,不安定な地位にさらされることになることは著しく不合理だからである。
(63-64頁)

と断罪したのである。


各請求項独立の原則に照らせば、ここでいわれていることは明らかに正論だし、特許庁の“チョンボ”は安易に許容されるべきではない。


だが、特許庁としても「請求項5」について特許を維持する結論自体は変えていないわけで、その意味では両当事者が何の不利益も被っていないといえる本件事案において、ここまでこっぴどく断罪されてしまうのはある意味気の毒な話である*6(これで「あらゆる誤謬は一寸たりとも許されない」という悲壮な覚悟をもって、より丁寧な審決を下すようになってくれれば、ユーザーにとってはありがたい話なのかもしれないが)。


この傾向がどこまで続いていくのか、ウォッチャーとしては見ものであるが、いつか何らかの形でこの合議体に自分の担当事件が係属する可能性も皆無ではないことを考えると、いつまでも他人事のように笑ってもいられまい・・・*7

*1:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070913153622.pdf

*2:本件審判に先立って、本件原告が本件被告を被請求人とした判定請求(判定2002-60107)を行って請求成立のお墨付きをもらっており、これが本件被告による無効審判請求につながったものと思われる。

*3:典型的な事例として、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060724/1153761603#tbなどを参照されたい。

*4:それゆえ、原告側の主張をあっさり受け入れて裁量差戻しにするような裁判所の運用が、時に某O教授のお怒りを買ったりもするわけであるが(笑)。

*5:ちなみに、第一次審決の内容が公開されていないため、本件審決が真に「安易」なものだったかどうかは定かではない。ただ、行政庁が一度行った審決を自らの判断で覆すのが稀だというのは今さら説明するまでもない現実である(これは特許庁に限った話ではないが。

*6:なお、先に紹介した判定請求を見ると、本件原告・被告間で侵害成否が争われていたのは専ら請求項1の部分だけだったようで、それゆえ本件被告としても請求項5に対する請求不成立をあまり気に留めなかったのだろうし、それゆえ無効不成立審決に対する取消訴訟もあえて提起しなかったのだろうと思われる。

*7:ま、一番プレッシャーがかかるのは代理人の先生だろうけど(笑)。

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