特許審判の「専門性」とは?

このブログでも相当長きにわたって取り上げている「知財高裁第3部」の付言判決だが、相変わらずその勢いは止まっていない。


参天製薬株式会社(被請求人)と千寿製薬株式会社(請求人)が「開口点眼容器及びそれの製造方法」特許(特許第3694446号)の無効審決の取り消しをめぐって争った事案*1では、原告・参天製薬株式会社が主張した取消事由を全て退けた上で、

「原告は,本件発明1に限っても,審決のした本件発明1と甲1発明Aとの一致点及び相違点(6個)の認定及び相違点(6個)に関する容易想到性の判断,並びに審判手続のすべてに誤りがあると主張して,審決を取り消すべきであるとしている(略)。しかし,(1)およそ,当事者の主張,立証を尽くした審判手続を経由した審決について,その理由において述べられた認定及び判断のすべての事項があまねく誤りであるということは,特段の事情のない限り,想定しがたい。また,(2)本件において,本件発明と引用発明との間の一致点及び相違点の認定に誤りがあるとの原告の主張は,実質的には,相違点についての容易想到性の判断に誤りがあるとの主張と共通するものと解される。そのような点を考慮するならば,本件において,原告が,争点を整理し,絞り込みをすることなく,漫然と,審決が理由中で述べたあらゆる事項について誤りがあると主張して,取消訴訟における争点としたことは,民事訴訟法2条の趣旨に反する信義誠実を欠く訴訟活動であるといわざるを得ない。」(39頁)

という異例の説示を行っているし、「新聞顧客の管理及びサービスシステム並びに電子商取引システム」という特許の拒絶不服審判(不服2005-19713号)不成立審決取消訴訟*2では、審決の結論を維持しつつも、特許法36条6項2号に関する特許庁の判断については、

「その判断それ自体に矛盾があり、特許法36条6項2号の解釈、適用を誤ったものといえる。」(30頁)

と厳しく批判している。


後者はもうすっかりおなじみになった特許庁に対する付言&苦言だが、「ここまでは特許庁の領域」、「ここからは裁判所の領域」、とお行儀良く住み分けてきたこれまでの実務に馴染んできた方々からは、事件解決の本筋と関係ないところでここまで言うのは言いすぎでは・・・?という感想も出てくるのかもしれない。


最近になって知財高裁の他の合議体でもわずかに「付言」判決が見かけられるようになってきているものの*3、第3部のスタンスを明確に踏襲する部が登場していないところからも、そのような風潮を推し測ることができる。


法解釈に照らした細かい運用に難があるとしても、大勢に影響がなければ淡々と処理する、いう考え方も、これまでの役割分担の発想からすれば十分成り立ちうるわけで、どちらか適切なやり方か、ということは一概に決められないように思う*4


だが、以下のような事案についてはどうだろうか。

知財高判平成20年10月29日(H19(行ケ)第10351号)*5

原告・株式会社OSGコーポレーション
被告・ジョプラックス株式会社


本件は、「ツインカートリッジ型浄水器」という名称の特許発明(第3723749号)について無効審判(無効2006-80131号)が不成立となったことを受けて行われた取消訴訟である。


そして、いくつか挙げられている審決取消事由の中で、特に主要な争点となったのが、「共同出願要件違反」をめぐる審決の判断の妥当性、であった。


判決では、原告・被告間の本件発明をめぐる経緯として、

(1)本件原告は本件被告との間で浄水器の製造・開発委託に関する取引基本契約を締結しており(平成5年9月3日)、その基本契約に基づいて新型浄水器の開発委託契約を締結した(平成12年4月1日付)。
(2)原告と被告の間で開発会議を重ね、新商品の設計作業が完成した。
(3)しかし、原告と被告との間で、金型製作代金の支払いについて合意を得ることができなかったことから、原被告代表者は平成13年3月26日に協議を行い、本件開発委託契約を合意解除するに至った。
(4)原告は、平成18年7月4日、被告を被供託者として開発費用及びその遅延損害金計1316万9185円を弁済供託し、被告はこれを7月27日に受領した。

という事実が認定されている。


そして、合意解除された開発委託契約書の中には、

第6条(工業所有権)
1.本開発品に関しての工業所有権を取得する権利は次の通りとする。
(1)商標および意匠登録は甲が取得し,甲が単独で所有する。
(2)特許および実用新案は甲(判決注原告)と乙(判決注被告)の共同出願とし,甲と乙の共有とする。
2.前項1.(2)の共同出願の手続きは甲が行い,発生する費用は甲乙それぞれが折半することとする。
(省略)
第8条(有効期間)
1.本契約の有効期間は,本契約締結の日から第2条の委託業務の終了日までとする。
2.前項の定めに関わらず,第5条(秘密保持)に関する定めは,この契約終了後5ヵ年間有効とし,第6条(工業所有権)に関する定めは,当該工業所有権の存続期間中有効とする

という条項があったにもかかわらず、開発に伴って生じた発明を乙(本件被告)が単独で出願し、特許登録を受けたことから、「共同出願要件違反」が争点となったのである。


特許庁は、審決の中で、

「原告は,本件特許を受ける権利が原告と被告の共有であると主張するが,その根拠となった開発委託契約書の共同出願の約定(第6条1項(2))は,(1)原告の債務不履行により民法541条に基づいて被告から解除されたために(2)遡及的に消滅しているから,上記共同出願約定を根拠とする特許法38条の共同出願要件違反の無効理由とはならない。」(8頁、太字部分の番号は筆者が付記したもの)

と述べて、審判請求人である本件原告の主張を退けていた。


しかし、知財高裁は、審決が「開発委託契約の法定解除の意思表示に実質的に相当乃至示唆することは明らかである」と認定した書簡(本件被告から本件原告に宛てられたもの)に、解約主体が本件被告ではなく本件原告であることを示す記載があること*6、解約及び設計費請求の根拠となった契約第4条は、

「甲(判決注原告)のやむを得ない事由により,開発を中止又は中断しなければならなくなったとき,甲はその旨を乙(判決注被告)に書面にて通知することにより,本契約を解除することができる。この場合,甲乙協議の上,乙がそれまで負担した費用を甲は乙に支払うものとする。」

という規定になっており、解除権行使主体が「甲」のみとなっていることから、「(1)被告が債務不履行を理由とする解除の意思表示をした」という審決の認定を否定し、さらに、

「本件共同出願条項(8条2項にいう「第6条(工業所有権)に関する定め」に当たる。)は,本件開発委託契約の合意解除を原因とする「委託業務の終了」(8条1項)にもかかわらず,本件効力存続条項(8条2項)により,委託業務終了後の平成13年6月6日の本件特許出願時においても,「当該工業所有権の存続期間中」(8条2項)として,その効力を有するものと解すべきは,疑いの余地はない。」(34頁)

とした上で、

(1)8条1項の「第2条の委託業務の終了」には,契約目的を達成した場合のみならず,委託業務(事実行為)が合意解除(法律行為)を原因として途中で終了する場合も含むと解するのが文言上自然であり,前記のとおり,合意解除の場合にも8条1項が適用され,8条2項の本件効力存続条項により本件共同出願条項がその効力を有すると解するのが,当事者の合理的な意思に合致するというべきであること。
(2)本件開発委託契約では,最終的には,原告が被告の開発費用を負担することとし,被告が技術等を提供することと定められ(略),開発資金等を提供した原告と,技術等を提供した被告との間において,特許等について共有とするとした趣旨は,互いに相手方の同意を得ない限り独占的な実施ができないこととして,共同で開発した利益の帰属の独占を相互に牽制することにある点に照らすならば,合意解除がされた場合においても,両者の利益調整のために設けられた規定を別の趣旨に解釈する合理性はないこと。
(3)本件開発委託契約書5条(秘密保持)の約定は,同契約が合意解除がされた場合にも,不正競争防止法の関連規定の適用を待つまでもなく,その効力を特約により存続させて互いの営業秘密を保護しようとするのが契約当事者の合理的意思に合致すると考えられること等,諸般の事情を総合考慮するならば,本件開発委託契約書8条2項において上記秘密保持規定と同様に記載された「6条(工業所有権)に関する定め」について,合意解除の場合においても,その効力を特約により存続させるのが契約当事者間の合理的意思に合致するといえること。
(以上、35-36頁)

という理由を付して、「(2)共同出願に関する約定の効果の解除による遡及的消滅」についても判断を覆した。


その結果、原告主張の審決取消事由が認められ、請求認容(審決取消)判決が下されることになったのである。

上記判決から見えてくるもの

本件判決で知財高裁が行った契約解釈は極めてスタンダードなものであるし、実務的も至極妥当な結論になっていると思う*7


というか、何で特許庁が「債務不履行解除あり」かつ「解除の効果遡及によって共同出願約定無効」という不自然な解釈を導いたのか、自分には理解できない。


前提事実を見ると、本件被告は審判の過程で、特許庁からの無効理由通知を受けて訂正請求を行っており、特許庁もその訂正を認めた上で、不成立審決を行っていることがわかる*8


そういった経緯を踏まえると、「特許クレームの記載そのものについては、文句の出ないように(被告の方で)きれいにしたんだから、共同出願要件なんてつまらないところで文句付けるな!」という“偏向的感覚”がどこかにあったのではないか、とすら疑いたくもなってくる*9


単なる解釈の誤りと考えることもできるが、それはそれでまた問題で、本来純粋な法解釈の領域に属することがらの第一次的判断を特許庁に委ねていることの是非が問われることにもなりかねないことに注意すべきだろう。


もちろん、本件のように取消訴訟を出訴すれば誤った判断を是正することは可能であるとしても、一審級省略されていることに伴う問題は残るし、それ以前に、請求人側の代理人弁理士が契約法に疎く、特許庁の審決に何となく納得して出訴をあきらめてしまう・・・なんてこともありうることを考えると、ちょっと怖くなる。




今回知財高裁第3部が出した判決には、いつものような「付言」もなければ、手厳しい「苦言」もない。


だが、特許庁が審理を経て下した解釈判断が完膚なきまでに覆された、という事実が、行政審判における行政庁の「専門的裁量的判断」に過度に依拠すべきではない、という合議体のスタンスを雄弁に物語っているように思われる。


おそらく、本件に関して言えば、どの合議体に行っても同じように結論はひっくり返っただろうし、その判決を書いたのが第3部だった、というのは単なる偶然に過ぎないと思うのだが、これまでの流れと合わせて考えると、この判決が第3部で書かれた、ということに、自分は、象徴的な何かを感じてしまうのである・・・。

*1:知財高判平成20年10月28日(H19(行ケ)第10331号)、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081028154926.pdf

*2:知財高判平成20年10月30日(H20(行ケ)第10107号)、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081030170642.pdf

*3:例えば、訂正審判請求の審理対象に関する第4部(田中信義裁判長)の判決など。平成20年10月29日(H19(行ケ)第10283号(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081031163822.pdf

*4:先日のエントリーで紹介したような特許庁の運用変更の動きも現に出ていることなどを鑑みれば(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080925/1222491745)、特許庁における行政審判のあり方に対する問題提起を絶え間なく行い続ける、という第3部の姿勢は高く評価されて良いのではないか、と個人的には思っているが。

*5:飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081029154617.pdf

*6:「本開発契約を御解約される場合は不本意ではありますが契約書第4条に基づき、・・・開発設計費を請求させて頂きます。」というもの。

*7:解除の効果については、原告側が主張していたような、「開発契約の準委任契約としての性質」(13頁参照)(当然、開発委託契約には、成果物の完成に向けた請負契約としての側面もあるから、契約により履行される行為の性質に応じて、適用すべきルールを決めていく必要があるが、継続的な開発行為そのものとそれに基づく共同出願(要は何らかの成果を完成させる、ということ以外の行為)については、「準委任契約」としての側面を重視した方が、作業の実態には沿うと思われる)を重視して、明示的に定めがない限り解除の効果は遡及しない、という構成も考えられただろうが、本判決のような文言の素直解釈でも問題はないだろう(規定の趣旨や、秘密保持約定と対比に言及しているくだりも説得的だと思う)。

*8:36条関係の形式的要件違反だろうか?

*9:元々、開発委託契約に基づく共同出願という慣行は、純粋技術畑の人々にはあまり受けが良くないようであるし(苦笑)。

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