止まらない飯村コート。

飯村敏明判事が知財の世界に復帰されて以来、すっかり定番となってしまったこのシリーズ。


つい先日も、夏休み明けの「特許庁への一撃」をご紹介したばかりであるが*1、今回は権利者に向けての強烈な一撃、お馴染みの「付言」である。

知財高裁平成20年8月28日(H20(ネ)第10019号)*2

控訴人(原告) :AGCセラミックス株式会社
被控訴人(被告):黒崎播磨株式会社


事案としては、被控訴人が控訴人の有する特許(特許第3531702号、「不定形耐火物の吹付け施工方法」)を侵害した、として控訴人が訴えているシンプルな特許権侵害訴訟なのだが、他の侵害訴訟と同じく、問題となっている特許をめぐる攻防はなかなか激しい。

平成18年     本件訴訟が原審に帰属
平成18年     本件訴訟係属後、被告が本件特許の無効審判を請求
         (無効2006-80246号)
平成19年8月3日  特許庁が本件特許の無効審決(第一次無効審決)
平成19年     原告が上記無効審決の取消訴訟知財高裁H19(行ケ)10309、10310号)
平成19年11月14日 原告による本件特許の訂正審判請求
平成19年11月30日 知財高裁が特許法181条2項に基づく上記取消訴訟の取消決定
平成19年12月20日 原告による本件特許の訂正請求
平成20年3月28日  原告による本件特許の訂正請求
平成20年5月22日  特許庁が訂正を認めた上で、二度目の無効審決(第二次無効審決)
平成20年6月24日  知財高裁で本件訴訟の口頭弁論終結
平成20年7月1日  原告が第二次無効審決の取消訴訟を提起
平成20年7月17日  原告による本件特許の訂正審判請求(8月21日取り下げ)
平成20年8月20日  原告による本件特許の訂正審判請求

結局、本判決では原審に続いて被控訴人(被告)側の特許法104条の3第1項の抗弁を認めることで、請求棄却(控訴棄却)という結論を本筋で導いているのだが、口頭弁論終結の時点で、ちょうど訂正後の特許についても特許庁が無効審決を出したばかりであったことを考えると結論としては穏当であるように思われる。


だが、第3部の凄さはその先にあった。


裁判所は「付言−事実審の最終口頭弁論終結後の訂正審判請求において」という項を設け、原告側が口頭弁論終結後に審決取消訴訟を提起、訂正審判請求を行っていることに言及した上で、「口頭弁論の再開の要否を含む審理のあり方」について次のように述べる。

ア まず,上記各訂正審判請求の内容を検討すると,平成20年7月17日の各訂正審判請求は,本件各特許の無効理由を解消するものとは認められず(原告も,同訂正審判請求を取り下げている。),上記平成20年8月20日の各訂正審判請求は,これが認められる蓋然性は極めて低いものと判断できる。
また,上記各訂正審判請求に係る訂正後の特許請求の範囲の請求項1を前提として,被告製品が,同請求項1に記載された各発明の使用に用いる物であってその発明による課題の解決に不可欠なものであるかを検討すると,本件記録に照らして,被告方法が上記各発明の技術的範囲に含まれることを認めるに足りる証拠は見当たらない。そして,技術的範囲に含まれるか否かの点について,原告に主張立証を補充する機会を与えるとするならば,原告と被告との間の本件各特許権の侵害に係る紛争の解決を著しく遅延させることとなると解すべきである。
イ仮に,上記平成20年8月20日の各訂正審判請求が認められ,訂正審決が確定するという事情が生じることを想定した場合には,当審のした判断を覆す主張をする余地が生じ,また,たとえ判決が確定した後においても,民訴法338条1項8号所定の再審事由に当たる余地が生じ得ることになる。
しかし,仮にそのような事情が生じたとしても,原告が,そのような事後的事情変更を理由として,当審のした判断を覆す主張をすることは,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないというべきである。その理由は,特許法104条の3第1項の規定が,特許権侵害訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,無効主張をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解され,また,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解され,このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきであるからである(最高裁判所平成18年(受)第1772号事件・平成20年4月24日第1小法廷判決)。
そして,本件においては,第1次無効審決A及びB,原判決,第2次無効審決A及びBにおいて採用された被告の無効主張は,いずれも乙40文献に開示された発明及び乙7文献に開示された発明との関係での進歩性の欠如であったことに照らすならば,原告は,被告の当該無効主張を排斥し又は覆すための対抗主張として,単に平成20年3月28日の訂正請求に基づく訂正A発明及び訂正B発明における無効理由の解消等を主張するばかりでなく,当審の口頭弁論終結前に,第2次無効審決A及びBの取消訴訟を提起し,本件各特許について特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判請求をするなどして,これに基づく対抗主張を行うことが可能であったというべきである。したがって,仮に,上記のような事情変更を想定したとしても,そのことを理由とした対抗主張を,適法な主張として審理をすることは,原告と被告との間の本件各特許権の侵害に係る紛争の解決を著しく遅延させることとなると解すべきである。
ウ 以上のア及イのいずれの観点からも,原告が上記各訂正審判請求に係る対抗主張を当審の口頭弁論終結前に提出しなかったことが正当化される根拠はなく,本件について口頭弁論を再開する必要はないものと認められる。
(46-48頁)

訂正審決の確定が特許権侵害訴訟の帰趨にどのような影響を与えるのか、という点については、既に今年に入って最高裁判決が出されているところであり*3、審決が確定してもそれが「上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるもの」である場合には、特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されない、という結論が既に出されていたところである*4


だが、本件では訂正審判請求が認められることが確定したわけではないし、そもそも判決の時点では口頭弁論再開申請すらなされていない状況であった。


それでもあえて先回りして、原告の再審事由該当主張の余地を封じようとするこの執念やいかに(笑)。


裁判所としては、既に4度も訂正請求(訂正審判請求)が行われている本件特許の価値を見切ったのかもしれないし、いまどき“訂正作戦”を使ってくる原告側の戦術に不快感を抱いたのかもしれないが、問題が顕在化する前にこれだけ分厚い「付言」が判決文に書き込まれる、というのは極めて珍しいことなのではないだろうか。


いずれにしても、最高裁判決の知財高裁レベルでの受け止め方、そして飯村コートのスタンスを理解する上で、非常に興味深い「付言」であることは間違いないように思われる。

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