福を招かない商標の巻。

世の中で出回っている商品の名前の中には、一見“普通名称”のように見せかけつつ、実は特定の企業の登録商標だったりするものも多い。


以下で紹介する事例も、そんな商標がトラブルを引き起こしたもの。


結果として、原告勝訴となった結論自体、個人的には不満なのだが、それ以上に大阪地裁らしいモヤモヤした判旨に合点がいかない、そんな事件である。

大阪地判平成20年10月2日(H19(ワ)第7660号)*1

原告:株式会社小鯛雀鮨鮨萬
被告:イオン株式会社


原告は大阪市に本店を置き、「すしを主とする日本料理の提供等を業とする株式会社」だそうであるが、この会社が持っていた「招福巻」(第2033007号)という商標が紛争の火種となった。


判決の中では、(1)もともと、関西地方には「節分に恵方を向いて巻きずしを食する風習」があり、それが福を招くとされていたこと、そして、(2)そのような風習がやがて全国に広がり、被告のみならず、ダイエー小僧寿し大丸ピーコックといった大手スーパーが軒並み「招福巻」という名称で巻ずしを販売していたこと、が認定されている。


そういった事情を鑑みれば、被告が「十二単招福巻」という名称で商品を販売したことも、極々自然なこととして理解できるし、それをもって商標権侵害を主張するのはちょっと筋が悪い、というべきだろう。


だが、大阪地裁は、以下のような判旨により、原告の主張を認めた。

「上記(2)の認定事実によれば,全国のスーパーマーケットやすし店等において,節分用の巻きずしの名称として「招福巻」という文字を含む商品名が用いられている例は少なからずあること,その中には,宣伝用チラシ等において,節分用の巻きずしを指す一般的な名称として「招福巻」を用いていると見る余地のあるものもあることが認められる。」
「しかし,上記の使用例は,その大半が平成17年以降のものであって,それ以前の使用例は,ダイエーの平成16年のチラシ(乙2の1の2),ニッショーの平成15年のチラシ(乙3の5)及びイズミヤの平成11年のチラシ(乙3の1の1)の3例のみである。」
「以上に対し,上記(2)の認定事実によれば,宣伝用チラシ等において,節分用の巻きずしを指す名称として「招福巻」以外の名称を用いている例も少なくないことが認められる。」
「これらの使用例からすると,平成19年2月時点においては「まるかぶりずし」との称呼をもって表記されるもの「恵方巻」と表記されるもの,さらには「節分巻寿司」のように単なる記述的名称をもって表記されるものが相当数に上っていたことがうかがえる。」
(以上、23-25頁)

「加えて,平成10年11月11日発行の広辞苑第5版(甲17)には「招福」及び「招福巻」のいずれの語も収録されておらず,また「招福巻」は、同第5版のみならず,平成20年1月11日発行の同第6版にも収録されていないのに対し恵方巻」は,同第5版には収録されていなかったが,同第6版では「節分の日に,その年の恵方を向いて食う巻きずし」との意義で登載されている(広辞苑第6版の登載内容は当裁判所に顕著な事実)。」(25頁)

「以上の事実に加え,原告が平成19年2月に,被告をはじめ,株式会社サボイ,広越株式会社,株式会社柿の葉すし本舗たなか等,節分用巻きずしに「招福巻」を使用する業者に対して警告を行い,これらの会社から今後「招福巻」を使用した巻きずしを販売しないなどの確約を得ている(甲21ないし22の各1・2)など,本件商標権を守るために一定の対応をしていることも併せ考慮すると,全国のスーパーマーケットやすし店等において,節分用の巻きずしの名称として「招福巻」を含む商品名が用いられている例が多数あるからといって,このことから直ちに「招福巻」が,節分用の巻きずしの普通名称(商標法26条1項2号)になったものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」(25頁)

認められた損害賠償額は、代理人費用を合わせても50万とちょっとに過ぎない。


だが、そのような結論以上に、商標権侵害が認められた、ということの意味は大きいわけで、来年以降、全国のスーパーの店頭に「招福巻」という名を冠した商品が並ぶ可能性は極めて狭まったことになる。


上記判旨の中で最後に言及されている「本件商標権を守るための一定の対応」が、ごく最近になって行われたものに過ぎないことを考えると、このような結論が妥当なのかどうか、疑問なしとはしない。


そして、「・・・と見る余地のあるものもある」という煮え切らない評価から湧き出てくる、地裁自身の揺らぎが、この判決を読んだ者にスッキリしない読後感を与えていることも否めない。


“権利者に優しい”地裁、特にホームアドバンテージのある権利者に有利な判断を下しがちな地裁、という風評もある中で、それを裏付けるような判決がまた一つ積み重ねられてしまったのだとすれば、何とも残念だ。



なお、被告側は、

招福巻」は「招福」という効能を普通に用いられた方法で表示するものである」

という面白い主張もしていたのだが、

「前記風習により節分の日に恵方を向いて無言で巻きずしを丸かぶりすると「其年は幸運に恵まれる」ひいては「福を招く」と関西地方を中心とした日本の一部地域において信じられていたとしても,そのような主観的な一種の「信仰」の内容をもって商品である巻きずしの「効能」ということはできず、「招福巻」との表示が,その「効能」を普通に用いられる方法で表示したものということもできない。」(26頁)

とあっさりと片付けられている。


まぁ、当然と言えば当然なのだが・・・(笑)*2


福を招くはずのアイテムが、逆に禍を招いた不幸な事例。


“普通名称的なる名称”の怖さとともに、覚えておきたいエピソードである。

*1:第21部・田中俊次裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081003115544.pdf

*2:現に禍を引き起こしているし・・・(苦笑)。

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