商標無効審決取消訴訟に持ち込まれた“蒸し返し防止”の発想。

最高裁のHPにアップされた商標関係の審決取消訴訟をいくつか眺めていたら、一見普通の類否判断が争われているように見えて、知財高裁が、訴訟法上大変興味深い形で決着を付けた、という事案を偶々見つけてしまった。

これまで商標に限らず、知財系の審決取消訴訟はいろいろ見ているのだが、このような決着になった事案は寡聞にして知らない・・・という代物だけに、いずれ研究者の方々が、あちこちで評釈等を書かれることになるのだろうが、まずは、当ブログでも、気づいたところで簡単にご紹介しておくことにしたい。

知財高判平成26年11月26日(H26(行ケ)第10127号)*1

原告:株式会社アールインターナショナル(旧商号株式会社ロエン)
被告:Y

原告は、いわゆる「ドクロのマーク」に「交叉した骨」を組み合わせた登録商標*2の商標権者であり、登録時には、この商標で第14類、第18類、第25類の指定商品について権利を取得していた。

ところが、平成24年8月6日、本件被告が、同じく「ドクロマーク+交叉した骨」の組み合わせの商標第5155384号を引用商標として、第25類(被服等)に関して無効審判請求を行う(別件無効審判請求、無効2012-890067号)。そして、特許庁は同年12月3日に登録無効審決を出し、審決取り消しを求めて原告が出訴した取消訴訟(別件審決取消訴訟)においても、平成25年6月27日に請求棄却判決が出されてしまう*3。そして、平成25年11月8日に上告棄却及び上告不受理の決定によって、「第25類に関しては」審決、及び取消訴訟の判決が確定する、という状況となった。

そんな中、被告が平成25年8月5日に、本件商標の指定商品中、残っていた第14類と第18類についても無効審判を仕掛け(本件無効審判請求、無効2013-890053号)、平成26年4月10日に特許庁が無効審決を出したことを受けて提起されたのが本件訴訟である。

被告が無効理由として主張し、別件、本件ともに争点となったのは、商標法4条1項11号該当性。
そして、別件訴訟において自らの主張が受け入れられなかった原告は、本件訴訟で攻め方を変え、「基本的構図以外の構成要素」に関する主張や、「特定の称呼、観念が生じる」といった主張を行った。

同じ登録商標の、同じ無効事由に基づく類否判断について異なる主張をする、というのは、一見矛盾した行為のように思えるが、「審判の対象は・・・無効を求められている指定商品、役務毎に画されて」いる、というのが大原則であり*4、審決取消訴訟においても、無効を求められている商品、役務ごとに訴訟物は異なる、というのが一般的な理解であることに鑑みれば、こうした原告側の対応も、一種の実務的なテクニック、として、さほど違和感を抱かれるようなものではなかったはず、であった。

ところが、裁判所は、ここであっと驚く判断を示したのである。

裁判所が持ち出した「訴訟上の信義則」

まず、裁判所は、本件の前提について、以下のように整理した。

「前記第2の2において認定した事実及び証拠(略)によれば,(1)原被告間における別件無効審判請求事件において,本件商標と引用商標との類否(商標法4条1項11号)が主要な争点となったこと,(2)別件審決は,請求人である被告及び被請求人である原告の各主張を踏まえながら上記争点について検討した上で,本件商標は,引用商標に類似する商標であり,商標法4条1項11号に該当するものである旨認定し,本件商標の指定商品中,別件審判の請求に係る指定商品についての登録を無効とするという結論を導いたこと,(3)原被告間における別件審決取消訴訟においても,本件商標と引用商標との類否が争点となり,別件判決は,別件審決の類否判断の誤りを指摘する原告主張の審決取消事由及び被告の反論を踏まえつつ,別件審決の前記認定の当否を検討した上で,同認定に誤りはなく,原告主張の審決取消事由はすべて理由がない旨判断し,原告の請求を棄却したこと(なお,本件商標が引用商標に類似するとの判断において,別件審判の請求に係る商品のみに限定されるような事情は認められない。),(4)別件判決及び別件審決は,いずれも確定したことが認められる。」(12頁)

そして、本件訴訟と別件訴訟とでは「訴訟物が異なる」ということ、そして、本件訴訟における原告の主張と別件訴訟における原告の主張とで、差異があることを前提としつつも、

「本件審決及び別件審決はいずれも,原被告間における本件商標の登録に係る無効審判請求事件につき,本件商標が引用商標と類似し,商標法4条1項11号に該当する旨を認定した。したがって,本件審決取消訴訟及び別件審決取消訴訟のいずれも,原被告間において,上記認定をした審決の判断の当否を争うものであり,(1)当事者及び(2)本件商標と引用商標との類否という争点を共通にしている。
「上記差異(注:本件訴訟と別件訴訟における原告主張の差異)は,本件商標と引用商標との類否について異なる観点から検討したことによるものにすぎず,いずれの主張も,両商標が類似している旨認定した審決の判断の誤りを指摘するものであることに変わりはない。そして,本件審決取消訴訟と別件審決取消訴訟との間に,各商標の外観など類否判断の前提となる主要な事実関係について相違があるとは,認められない(前述したとおり,特定の指定商品についてのみ妥当するような判断もない。)。」(13〜14頁)

という点を指摘した上で、

「以上によれば,本件審決取消訴訟は,実質において,本件商標と引用商標との類否判断につき,既に判決確定に至った別件審決取消訴訟を蒸し返すものといえ,訴訟上の信義則に反し,許されないものというべきである最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁,同昭和52年3月24日第一小法廷判決・集民120号299頁,同平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁参照。)。」(14頁)

と、民訴法の世界ではよく議論される*5「訴訟上の信義則」を持ち出し、「原告による本訴の提起は、不適法なものとして却下を免れない」という結論を導いたのである。


別件判決が確定していることに関しては、被告Yも自らの反論の中で、「両商標が類似しないという原告の主張は、事実上、別件審決取消訴訟を蒸し返すものといえ、認められるべきではない」(12頁)という主張を行っているが、それはあくまで主張の採否レベルの話であり、請求「棄却」を越えて、まさか取消訴訟提起そのものが却下されることになるとは、被告側ですら想定はしていなかっただろう。

この判決の結論は、それくらい衝撃的なものだった、と言える。


おそらく、知財高裁は、本件商標に関しては、商標法4条1項11号の文脈で本来行われるような主張立証は別件無効審判、別件訴訟の中で既に出尽くしており、本件訴訟での原告の主張内容は無理筋で空虚なものに過ぎない、と判断したのだろうし、指定商品の違いに伴う「取引の実情」の違いが結論に影響を与える可能性もない(少なくとも原告からはそれをうかがわせるような主張が何ら出されていない)*6、と評価したからこそ*7、上記のような思い切った判断をしただけで、同一の商標の指定商品、役務ごとに複数の無効審決取消訴訟が提起された場合に、常に後訴を不適法却下する、ということまで考えているわけではないだろう、と思う。

また、本件訴訟を、上記のような“極端な事例”と考えれば、審判請求人の事情で、無効審判が複数回に分かれたからといって、商標権者側に2度も同じような主張を繰り返す機会を与えるのは不効率だ、という理屈も一応は成り立つかもしれない*8

ただ、どんな状況であっても、「無効審判は(知財高裁の取消訴訟と合わせて)実質的に2審制である」「どんな審決でも、知財高裁で再度判断をもらうことは可能だ」というのが頭に染みついてしまっている実務家にとっては、なかなか馴染みにくい考え方であるのも確か*9

今後、本判決の射程がどこまで広がっていくのか、引き続き注意深く見守っていくことにしたい。

*1:第2部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/663/084663_hanrei.pdf

*2:商標登録第5244937号(平成21年7月3日登録)

*3:判決文は、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/383/083383_hanrei.pdf

*4:田村善之『商標法概説[第2版]』300頁参照。

*5:とはいえ、頻繁に実務で使われる、というわけではない。

*6:元々、4条1項11号が、取引の実情等による「具体的な混同のおそれ」までもを評価対象として取り込んでいるかどうか、については争いもあるところだが、仮にそれが評価対象になるなるとしても・・・。

*7:判決では「特定の指定商品についてのみ妥当するような判断もない」ということが、繰り返し強調されている。

*8:個人的には、本件判決で知財高裁が引用した3つの先例のうち、「金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起する」ことを認めなかった最二小判平成10年6月12日が、もっとも本件に近い事例ではないかと思っている。無効審判請求においても、指定商品の数で手数料等がかなり変わってくるために、一種の“試験訴訟”として、一部の重要な指定商品から審判請求を行う、という考え方は十分合理的で、それは給付訴訟における一部請求と重なる。

*9:岩永弁護士のブログでも、本判決の判断、結論に対してかなり辛辣な批判が展開されている(12月3日付のエントリー参照、http://iwanagalaw.blog.shinobi.jp/)。

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