「そういえば、ちょっと前(といっても訴訟が始まったのは2年前の話だが・・・)に話題になったなぁ」という感のある記事が前日の朝刊に載っていた。
「ゲームキャラクター「マリオ」の衣装を客に貸して公道カートを走らせる行為が知的財産の侵害かどうかが争われた訴訟の控訴審で、知的財産高裁(森義之裁判長)は30日、衣装貸与などが不正競争行為にあたり、任天堂の利益を侵害しているとする中間判決を言い渡した。中間判決は訴訟の途中で一部の争点について判断を示す手続き。知財高裁は損害額を算定するため審理を継続する。」(日本経済新聞2019年5月31日付朝刊・第39面)
昨年の東京地裁判決に続き、知財高裁でも被告側の行為の不正競争行為該当性が認められた、ということで、原告の任天堂も高らかにカチドキのプレスリリースを出している*1のだが、自分が個人的に気になったのは、何で「中間判決」をわざわざ出したのだろう、という点。
残念ながら、本日時点ではまだ最高裁HPに上記の判決文はアップされていない。
そこで、当時はスルーしてしまった東京地裁判決を改めて読み直して、今訴訟がどういう展開になっているのか、ということをちょっと推理してみることにしたい。
東京地判平成30年9月27日(平成29年(ワ)第6293号)*2
本件の原告は言わずと知れた任天堂株式会社。
被告は、株式会社マリカー改め、株式会社MARIモビリティ開発とその代表取締役A。
原告が差止、損害賠償請求の対象にしたのは、主に「マリカー」の表示や、「マリオ」や「ルイージ」等のキャラクターを連想させる人形やコスチュームの営業上の使用行為だったのだが*3、これらに関しては、訴訟になる前から被告がレンタルするカートが公道を走るのを見た多くの人が「無許可でやって大丈夫?」と心配するような状況だったから、実のところ最初から勝負は見えていた。
それでも被告側は、「マリカー」の表示の使用に関しては、自ら実施した利用者の属性に関するアンケートを証拠提出して、
「本件レンタル事業の需要者は,外国人旅行者,在日米軍関係者又は在日大使館員などの訪日外国人であるところ,原告は,原告文字表示マリオカート及び原告文字表示マリカーが訪日外国人において周知かつ著名であることについての主張立証を行っていない。」(18頁、強調筆者、以下同じ。)
という反論を試みたり、被告が「マリカー」の登録商標(登録第5860284号‐2,11、12)を保有していることをもって、「使用権限あり」との抗弁を出したりしているし、コスチュームの使用に関しても「商品等表示としての使用」に当たらない、という主張を行っている。
そして、
「関係団体のウェブサイト上に,英語,フランス語,中国語,韓国語及び日本語で,「ゲーム『マリオカート』(Mario Kart)とは全くの別物です」という趣旨の記載がされており,本件レンタル事業と原告とは一切関係がないことが明示的かつ対外的に示されている」(19頁)
という極めつけの反論まで試みた。
だが、いかに反論を展開したところで、”世界のスーパーマリオ”相手では分が悪い。
裁判所は「マリカー」の表示に関しては、
「遅くとも平成22年頃には,日本全国のゲームに関心を有する者の間で,広く知られていた」「日本においてゲームに関心を有する層は相当広範囲にわたっていることは明らかであり,観光の体験等で公道カートを運転してみたい一般人も含まれ,原告文字表示マリカーは,日本全国の本件レンタル事業の需要者において広く知られていた」(以上51頁)
と、あっさり周知性を認めた上で*4、
「本件レンタル事業の需要者には日本語を解する者が含まれる。それら日本語を解する需要者について混同のおそれが認められるにもかかわらず,被告会社の行為が全て不正競争行為に該当しないとすることは相当でない。被告らの主張は,本件における需要者として日本語を解する者が含まれないことを前提とする点においては採用することができない。」(54頁)
「(筆者注:打消し表示を行っている事実が認められるとしても),原告又は原告と関係があるとの混同のおそれが生じなくなるということはできない。また,公道カートの車体に表示された打ち消し表示の文字は,停車中のカートに近寄って見なければ判読できない程度に小さいから,本件レンタル事業の利用者に対する効果も確実とは言い難い上,同カートを公道上で目撃する需要者が直ちに認識できるものではない。」(55頁)
「被告会社が本件商標の登録を出願したのは平成27年5月13日であるところ(略),前記(略)で述べたとおり,その5年程度前である平成22年頃には,既に原告文字表示マリカーは原告の商品を識別するものとして需要者の間に広く知られていたということができる。被告標章第1を使用する被告会社の行為は不正競争行為となるところ,上記事情を考えると,原告に対して,被告会社が本件商標に係る権利を有すると主張することは権利の濫用として許されないというべきである。」*5(55~56頁)
と、被告側の主張(反論)、抗弁をことごとく退けた。
また、裁判所はさらに、「マリオ」や「ルイージ」「ヨッシー」「クッパ」といった原告のキャラクターの表現そのものに関しても商品等表示としての周知性を認め、著作権侵害に基づく請求の実質的な審理を行う以前に、不正競争防止法を根拠として被告側行為の差止めを認めている*6。
被告側も、かろうじて「外国語のみで記載されたウェブサイト及びチラシ」に関しては「マリカー」表示の周知性に基づく請求を退けたり、被告会社の代表取締役Aが会社と連帯して損害賠償責任を負うという結論を回避する*7という成果は上げているのだが、全体としては「完敗」という結果になっているし、地裁判決が認定した事実関係等を前提とする限り、地裁判決で被告会社の責任が認められた部分に関しては、知財高裁で審理してもそう簡単に結論は変わらないだろう、と思わせるには十分で、今回、知財高裁が、地裁判決からわずか半年ちょっとであっさりと被告側の責任を認める「中間判決」を出したのも頷けるところである。
公表された地裁判決文の中の損害額の”ブランク”
さてそうなると、本件訴訟の真の争点はどこか? という話になってくるのだが、地裁判決をよく読むと、認容された「1000万円」という損害賠償額が、実は「一部請求」(「(被告らは)7490万円の損害賠償義務を負うところ,原告は,被告らに対し,その一部である1000万円の支払を求める。」というのが原告の請求原因の記載となっている)である(37頁)、ということに気付く。
地裁判決では、裁判所が使用料損害と弁護士費用を合わせ、原告の一部請求の額との関係では、あたかも〝ニアピン賞”といった様相の「1026万4609円」という数字をはじき出したのだが、これは責任自体を争っている被告側にとってはもちろん、原告にとっても、念頭においていた「全部請求」の額とは大きな乖離がある数字。
原告・被告双方が第一審の主張の中で示していたはずの損害額算定の基礎となる数字は、公表されている判決文の中では〝●●●”となっていることもあって、なかなか推し量るのは難しいのだが、シンプルに考えるならば、第一審での「完勝」を受けた原告側が控訴審段階になって請求額を増額し、被告側もそこを主戦場として激しく争っている、そのため、知財高裁も「中間判決」という形で「侵害論」の結論を早めに出した上で、「損害論」をじっくり審理する(あわよくば和解決着を狙う)という進め方になった、ということなのかな、という推測は働くところ。
原告としても本件訴訟で「損害を取り戻す」ことを主目的にしているわけではなく、「フリーライド商法」への〝一罰百戒”効果が達成できればそれでよい、というのがおそらく本音だろうから、メディア等での報道の動向も見ながら進めていく、ということになるのかもしれないが、自分としては、「侵害論」で事実上の決着がついた今、最終的に被告が支払わされる金額のスケールがどのあたりの線で落ち着くのか、「真の争点」の行方を気にしながら、本件をもう少し追いかけてみることにしたい。
*1:https://www.nintendo.co.jp/corporate/release/2019/190530.html
*2:民事第46部・柴田義明裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/072/088072_hanrei.pdf
*3:他にも被告の商号登記の抹消登記請求等も行っていたが、口頭弁論終結前に被告が自主的に商号を現在のものに変更したため、この部分は判決で命じられるまでには至っていない。
*4:もっとも「日本語を解しない者」に関してはさすがに「広く知られていたとは認められない」としている(51頁)。
*5:なお、被告側は被告商標に対する異議申立てが特許庁によって一度退けられた、ということも抗弁の根拠事実としていたが、被告商標に対しては現在無効審判2件が係属しており、本件での裁判所の認定等も踏まえて商標が無効化される可能性も高いように思われる。
*6:リンク先の判決文の末尾に実際の写真等が出ているが、被告側の使っているコスチューム等は、原告のキャラクターを精緻に再現したもの、というよりは、〝何となくそれらしい雰囲気を出した”という類のものだけに、著作権侵害を主戦場とすることなく、不正競争防止法だけでカタを付けた、というのは事案の解決の仕方としてはベストだと思うところである。
*7:この点に関しては、代表取締役A氏を代理しているのが内田・鮫島法律事務所だけに、さすが・・・と思わざるを得なかった。