サントリーの執念。

今更ではあるが、サントリーの「黒烏龍茶」事件を取り上げてみる。


この事件は、大手食品・酒類メーカーのサントリーが、健康食品販売会社らを相手取って提起した訴訟であるが、原告側が、不正競争防止法から商標、著作権まで、フリーライドに対する制裁として考えられる策を、訴訟においてすべて使おうと試みている点で興味深いものであり、実務上参考になる事例といえる。

東京地判平成20年12月26日(H19(ワ)第11899号)*1

原告:サントリー株式会社
被告:株式会社オールライフサービス、日本ヘルス株式会社


原告が「サントリー黒烏龍茶OTPP」という商品を販売していたところ、被告らが平成18年7月下旬頃から、原告商品表示に類似したパッケージの商品(商品A)を販売し始めたことで問題が勃発した。


その後、平成18年10月20日に、原告が被告オールライフサービスに対して不競法に違反する旨の警告を行ったところ、被告側はパッケージを変更して新たに商品を販売することになった(商品B)が、ウェブサイト上では、

「原告商品の画像5本半分(2リットル相当)と被告ら商品Bの1包の画像との間に「>」の記号を付し、その下に「1包のティーバッグで2リットルのペットボトル1本を作る事ができます!」と表示し(本件比較広告1)、さらに、「烏龍茶ポリフェノール含有量2070mg 約70倍 サントリーなんかまだうすい!」と表示した(本件比較広告2)

ことから、これらの商品及び宣伝手法についても問題となっている。


原告・サントリーは、以下のような主張を展開した。

(1)被告ら各商品表示(商品A、B)は、不正競争防止法2条1項1号ないし2号に違反する。
(2)被告オールライフサービスの宣伝は虚偽事実告知、又は品質・内容誤認表示にあたる(不競法2条1項14号違反)
(3)被告オールライフサービスは、原告の登録商標(「サントリー」)の商標権を侵害している。
(4)被告オールライフサービスは、原告の商品パッケージの著作権を侵害している。

このうち、(1)は、一般的によく紛争となるパッケージデザインの類比自体を問題としたもので、さほど珍しい中身の主張ではない。


裁判所は、原告商品表示の周知性・著名性について、

「原告商品表示は,現時点においてはもちろん,被告ら商品Aの販売が開始された平成18年7月下旬ころ(上記前提となる事実(4)ア)の時点においても,原告商品を表すものとして全国の消費者に広く認識され,相当程度強い識別力を獲得していたといえ,周知性を有していたものと認めることができる。」
ある商品の表示が取引者又は需要者の間に浸透し,混同の要件(不正競争防止法2条1項1号)を充足することなくして法的保護を受け得る,著名の程度に到達するためには,特段の事情が存する場合を除き,一定程度の時間の経過を要すると解すべきである。そして,原告商品については,上記の平成18年7月下旬の時点において,いまだ発売後2か月半程度しか経過しておらず,かつ,原告商品表示がそのような短期間で著名性を獲得し得る特段の事情を認めるに足りる証拠もないのであるから,原告商品表示は,同時点において,著名性を有していたものと認めることはできない。」(60頁)

と、「周知性」肯定、「著名性」否定の判断を下した上で(ゆえに不競法2条1項1号のみの問題となる、とした上で)、

「原告表示と被告ら商品表示Aは,全体的,離隔的に対比して観察した場合には,その共通点から生じる印象の強さが相違点から生じる印象の強さを上回り,需要者又は取引者において,両表示が類似するものと受け取られるおそれがあるというべきである。」(65頁)
「原告表示と被告ら商品表示Bは,全体的,離隔的な観察の下で,それらの相違点から生じる印象が非常に強いとい
わざるを得ず,観念において一部共通する点があることを考慮しても,需要者又は取引者において両表示が類似するものと受け取るおそれを認めることはできない。」(68頁)

と被告ら商品表示Aについてのみ原告表示との類似性を肯定し、さらに、両者の製品が同じ小売店の店頭で売られていたり、実際に誤認して購入した消費者が存在することなどから、

「需要者又は取引者において,被告ら商品Aを原告商品と同一のものであると混同し,又は,被告ら商品Aが原告商品の関連商品ないしシリーズ商品であると誤認し得るものと認めることができる。」(70-71頁)

と判断した。


商品Bの表示については類似性が否定されているし*2、商品Aが既に製造、販売を終えていたことから差止請求は認められなかったのであるが、商品Aの表示との間でもデザイン上の差異がいくつか認められていた上に、共通している「黒烏龍茶」の部分は“ありふれた表示”として高い識別力を認められていなかったことからすれば(62頁)、原告としては御の字というべき結果だといえるだろう。


そして、上記(2)についても、被告オールライフサービスが行った比較広告の内容が「事実に反する」と、不正競争防止法2条1項14号違反が認定され、かつ、

「比較広告を掲載する者は,比較広告を掲載するに当たり,内容が虚偽の事実に基づかないようにその真実性を十分調査すべき義務があることは当然であって,被告オールライフサービスにおいても,原告の商品と自己の商品を比較する内容の本件各比較広告をインターネット上に掲載するに当たり,虚偽の事実によって原告の営業上の信用を害することがないよう,上記広告の内容の真実性を十分調査してから掲載すべき注意義務を負っていたものと認められる。それにもかかわらず,上記注意義務に反して,上記4のとおり,不正競争防止法2条1項14号に該当する本件各比較広告を掲載したのであるから,少なくとも,被告オールライフサービスは,同号違反についての過失を有するものと認めることができる。」(78頁)

として、原告の損害賠償請求を認めたことから*3、被告オールライフサービスは計約600万円弱の支払を、不競法2条1項14号が問題とされていない被告・日本ヘルス株式会社は約488万円の支払を命じられることになった。




で、興味深いのはここから先の話である。


(3)の説明文中の「商標」の使用にしても、(4)の「パッケージ写真」の使用にしても、「警告書レベル」であればともかく、訴訟においてまで請求を基礎づける材料に使うのは珍しいように思う。


もちろん、勝手に社名や自社製品のパッケージを使われるのは気持ちのいいものではないし、ましてや広告の内容が間違っているとなればなおさらなのだが、裁判所に認めてもらえるほど筋の良いものとは思えないからだ。


本件においても、(3)「サントリー」商標の使用については、

「被告オールライフサービスは,本件各比較広告において,被告ら商品Bの含有成分の量と原告商品のそれとを比較し,前者の方が優れていることを示すことで,被告ら商品Bの宣伝を行うために,原告商品に付された本件各登録商標を使用したものと認められ,これに接した一般需要者も,そのように認識するのが通常であるといえる。したがって,被告オールライフサービスによる本件各登録商標の使用は,比較の対象である原告商品を示し,その宣伝内容を説明するための記述的表示であって,自他商品の識別機能を果たす態様で使用されたものではないというべきであり,商標として使用されたものとは認められない。」(79頁)

とあっさり片付けられているし、(4)パッケージデザインの著作物性の問題についても、

「ア 著作権法2条1項1号は,著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定し,さらに,同条2項は,「この法律にいう『美術の著作物』には,美術工芸品を含むものとする。」と規定している。これらの規定は,意匠法等の産業財産権制度との関係から,著作権法により著作物として保護されるのは,純粋な美術の領域に属するものや美術工芸品であって,実用に供され,あるいは,産業上利用されることが予定されている図案やひな型など,いわゆる応用美術の領域に属するものは,鑑賞の対象として絵画,彫刻等の純粋美術と同視し得る場合を除いて,これに含まれないことを示していると解される。」
「イ 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本件デザインは,当初から,原告商品のペットボトル容器のパッケージデザインとして,同商品のコンセプトを示し,特定保健用食品の許可を受けた商品としての機能感,おいしさ,原告のブランドの信頼感等を原告商品の一般需要者に伝えることを目的として,作成されたものであると認められる。そして,完成した本件デザイン自体も,別紙原告商品目録の写真のとおり,商品名,発売元,含有成分,特定保健用食品であること,機能等を文字で表現したものが中心で,黒,白及び金の三色が使われていたり,短冊の形状や大きさ,唐草模様の縁取り,文字の配置などに一定の工夫が認められるものの,それらを勘案しても,社会通念上,鑑賞の対象とされるものとまでは認められない。したがって,本件デザインは,いわゆる応用美術の領域に属するものであって,かつ,純粋美術と同視し得るとまでは認められないから,その点において,著作物性を認めることができない。」(79-80頁)

と、いわゆる「応用美術」除外論*4により原告の主張は退けられている。



「上記(1)(2)の争点で原告の主張は認められたのだから、余計な主張をする必要はなかったんじゃないか」というのはあくまで結果論。


原告側としては、商品表示の類似性等が否定された場合に備えて、少しでも多くの請求原因を用意しておきたかったのかもしれないし、損害賠償額の上積みを図るつもりだったのかもしれない*5


ゆえに、これらの主張を「蛇足」と切って捨てることはできないのだが、元々無理筋だろうと思われていた主張が、やっぱり無理筋だった、ということを明らかにする事例が一つ積みあがってしまったことで、(サントリーに限らず)世の知財(侵害対応)担当者としては、ちょっと日頃の仕事がやりにくくなってしまったことも否めない。


フリーライダーへの憎さ余って、法務・知財サイドに筋の悪い紛争を強行させようとする社内の動き*6を封じる上では、よい教材として使えるものであるのも事実なので、それでトントン、ということになれば良いのであるが・・・。

*1:第29部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090107105356.pdf

*2:実際、どの程度の差異があったのかは、最高裁HP上で写真を確認することができないため不明であるが・・・。

*3:差止請求については、既にウェブサイトから削除され今後掲載される恐れがあるとは認めがたいとして認めていない。

*4:このような考え方については従来から批判もあるところだが、裁判所における判断としては既に定着しているものと理解することができる。

*5:あるいは、原告社内からの強い要望により、ダメ元でも訴状にこれらの主張を盛り込んでおく必要に迫られたのかもしれない(笑)。

*6:この種の話は決して珍しくない(苦笑)。

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