社内で商標関係の相談を受ける時に、よく、
「商品名として、じゃなくて一般的な広報用小冊子とか会員向けメルマガのタイトルに「○○○」って名前を使いたいんだけどダメかしらん?」
という趣旨の相談を受けることがある。
自分は基本的に危うきには近寄らない主義なので、変更可能な段階での相談であれば、自社の商品・役務に関連しそうなところだけさっと調べて、似たのが出てきたら、そっと
「変えてね」
と担当者の耳元でささやくわけだが(笑)、正直この種の使用が厳密な意味で、特定の商品・役務に商標の「使用」にあたるのか、といわれると微妙なところもあった。
そんな中、「メールマガジン等での標章の表示」が商標の使用にあたる、と明確に判示した裁判例が現れているので、ここで紹介しておくことにしたい。
知財高判平成22年4月14日(H21(行ケ)10354号)*1
原告:ハウス食品株式会社
被告:Y
本件は、「CLUBHOUSE/クラブハウス」の二段書きで構成される原告商標(第2230404号)について、特許庁で不使用取消審決がなされたのを受け、その取消訴訟が提起された、という事案である。
争点は、特許庁が「使用」と認めなかった、原告のメールマガジンやWeb版における「クラブハウス」という標章の表示が、商標法2条3項8号*2に該当する「使用」行為にあたるか、というものであった。
原告のメールマガジンの案内は、同社のHPにも掲載されているが*3、この種のメルマガの場合、(商標法的観点からいえば)厄介なことに、チラシの折り込み広告と違って、「専ら商品の宣伝のみを」掲載しているわけではない。
本件でいえば、「皆様のくらしに役立つ“食”の情報」というのが、あくまで前面に出てくるメルマガのコンテンツであり、それに付随してさりげなく自社製品の宣伝をする、というのが、“宣伝広報が上手な会社”のやり方だと思う*4。
それゆえ、被告の側でも、
「「クラブハウス」標章はメールマガジンの名称として使用されており,メールマガジンに掲載されている商品の商標として使用しているとはいえない。また,個別商品の名称としては,個別の商標が使用されているほか,全体の商品の識別標識としては,「ハウス食品」商標が使用されている。このように明確に名称の仕切りがされている以上,その仕切りを越えて「クラブハウス」がメールマガジンに掲載された商品の商標として使用されているとはいえない。」
「原告のメールマガジンを客観的に見ても,どこにも原告の商品との関連性を示すものはない。」
と争う余地があり、特許庁でもそれをいったんは認めることになったのである。
しかし、裁判所は、以下のような理由で特許庁の判断を覆した。
「原告は,メールマガジン及びWeb版に「クラブハウス」なる標章を表示している。メールマガジン及びWeb版には,加工食料品を中心とした原告商品に直接関係し,原告商品を広告宣伝する情報が掲載されているから,メールマガジン及びWeb版は,顧客に原告商品を認知させ理解を深め,いわば,電子情報によるチラシとして,原告商品の宣伝媒体としての役割を果たしているものということができる。このように,メールマガジン及びWeb版が,原告商品を宣伝する目的で配信され,多数のリンクにより,直接加工食料品等の原告商品を詳しく紹介する原告ウェブサイトの商品カタログ等のページにおいて商品写真や説明を閲覧することができる仕組みになっていることに照らすと,メールマガジン及びWeb版は,原告商品に関する広告又は原告商品を内容とする情報ということができ,そこに表示された「クラブハウス」標章は,原告の加工食料品との具体的関係において使用されているものということができる。」
「したがって,「クラブハウス」標章は,加工食料品を中心とする原告商品に関する広告又は原告商品を内容とする情報に付されているものということができる。」
「この点に関して,被告は,原告が「クラブハウス」標章をメールマガジンの名称・識別標識としてのみ使用しているから,商品についての使用に当たらないと主張する。なるほど,前記1(2)認定のとおりの使用態様によれば「クラブハウス」の表示はメールマガジンの名称としても使用されていることは否定することができない。しかしながら,商標法2条3項1号所定の使用とは異なり,同項8号所定の使用においては,指定商品に直接商標が付されていることは必要ではないところ,リンクを通じて原告のウェブページの商品カタログに飛び,加工食料品たる原告商品の広告を閲覧できること,そして,そのような広告はインターネットを利用した広告として一般的な形態の一つであると解されること(略)からすると,原告のメールマガジン及びWeb版における「クラブハウス」の表示が,原告商品に関する広告に当たらないということはできない。」
「また,被告は,原告のメールマガジン及びWeb版には,全体の商品には「ハウス食品」商標が表示され,個々の商品にはそれぞれ個々の商標が表示されているから,「クラブハウス」標章が表示されているとしても,商品についての使用に当たらないとも主張する。しかしながら,個々の商品に2つ以上の商標が付されることもあり得るところ,製造販売の主体である原告を表す「ハウス食品」商標が付されているからといって,原告商品を宣伝する目的で配信されるメールマガジン及びWeb版に原告を表す「クラブハウス」標章を付すことが,商標の使用に当たらないということはできない。」
「さらに,被告は,メールマガジンの受信者は,単なる一般の食品購入者でなく,メールマガジン「クラブハウス」の会員のみであると主張する。しかし,だれでも無料で上記会員になることができることに照らし,これが広告に当たらないということはできない。」
「よって,「クラブハウス」標章は,加工食料品を中心とする原告商品に関する広告に付され,又は原告商品を内容とする情報に付され,原告の製造販売する加工食料品との具体的関係において使用されているものということができる。」(15-16頁)
少なくとも本件の文脈においては、上記のような判断が、インターネットを活用した広告・宣伝媒体の意義を踏まえた、落ち着きどころの良い判断だろうと思っている*5。
ただ、これが侵害訴訟の場面になったら・・・?と考えると、ちょっと頭が痛いのも事実なわけで*6、一通のメルマガからあちこちにリンクで飛んでいける時代には、商標リスクもまた高まるんだろうなぁ、と思ったりする。
*1:第4部・滝澤孝臣裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100415155731.pdf
*2:「商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」
*3:http://housefoods.jp/data/mail_club/index.html
*4:その辺があまりに露骨過ぎるメルマガだと、会員がそもそも集まらない(苦笑)。
*5:なお、被告は、本件商標と原告使用標章の同一性についても争っていたが、この点についても裁判所は社会通念上の同一性を認め、結論として原告は不使用取消を免れることになった。
*6:無料配布する冊子とかメルマガのタイトルなんて、担当者が結構思い付きで付けてしまったりするから・・・。事前に相談に来てくれればまだ救いはいくらでもあるのだけれど。