出版社も例外ではない。

世の中には週刊誌の記事をめぐる名誉毀損訴訟があふれているようで、日経新聞の社会面などを見ていると、2〜3日に1回くらいはこの種の訴訟の提訴や判決を伝えるニュースが掲載されている。


最近賠償額が高額化している、とはいっても、せいぜい数百万オーダーの話だから、大手出版社にしてみればある種の“有名税”みたいなもので、それゆえ、いつ提訴されてもおかしくないような際どい記事は、週刊誌の紙面からなかなか消えない。


だが、こうなるとどうか。

「大相撲の貴乃花親方夫妻が、相続問題や八百長疑惑に関する週刊新潮の5本の記事で名誉を傷つけられたとして、発行元の新潮社などに計約3700万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は4日、新潮社側に計375万円の支払いと謝罪広告掲載を命じた。松本光一郎裁判長は「名誉毀損を防ぐ社内体制を作らなかった」として佐藤隆信社長の賠償責任も認定した。」
日本経済新聞2009年2月5日付朝刊・第38面)

記事によれば、

「週刊誌記事の名誉毀損訴訟で、取締役の責任を定めた旧商法の規定*1に基づき出版社の社長に賠償を命じるのは異例。」

ということで、判決理由においては、

出版社の代表取締役名誉毀損の記事を防ぐため、
(1)社員の研修体制
(2)出版前の記事のチェック
(3)第三者委員会など事後の検討体制
を社内に整備する義務がある。

と指摘した上で、代表取締役の過失責任を認め、「記事内容について経営陣が編集側に直接命令・指示しないという『編集権の独立』のルールがある」という反論を、

名誉毀損の記事を出さない体制整備と編集権の独立は必ずしも対立しない」

と退けたということである。



あの頃は確か、アンチ貴乃花景子夫人派の週刊新潮と、貴乃花派の週刊文春が毎号のように対立する記事で応酬し合っていた時期だったから、両方の記事で中和しあって、貴乃花親方の名誉そのものはそんなに毀損されなかったんじゃないか・・・(笑)、と思ったりもするのであるが、それはそれ、これはこれ。


記事の中身が真実でない上に、真実と信ずるに足るだけの裏づけ調査もなされていない、となれば、新潮社自身の不法行為責任を否定するのは難しい。


だが、「名誉毀損記事の掲載を防ぐための体制を整備しなかった」として、取締役の責任まで裁判所が認めたことについては意外感がある。



実のところ、「出版社の取締役の責任」を認めた事例はこれが初めてではなく、同じ新潮社の「フォーカス」が林真須美被告の法廷内写真・イラストを掲載した事件でも同社社長の取締役としての責任が肯定されていた*2


しかし、素人でもざっと眺めれば問題があるかどうか(他人の肖像権を侵害するような写真等があるかどうか)、ある程度あたりをつけることができる肖像権侵害の問題とは異なり、名誉毀損が成立するかどうかは、記事の内容と取材過程等を丹念に照合していかないことには分からない。


そうなると、「名誉毀損を未然に防ぐ」ためには、編集スタッフ以外の者が制作編集の過程に介入するか、あるいは、編集スタッフに対して必死に啓蒙活動を行って最後はモラルに委ねるしかない・・・ということになるわけだが(実際に判決もそのような体制の構築を求めているようである)、前者については伝統的な編集現場の在り方に反することになりそうだし、後者については果たしてどこまでの効果を期待できるのか疑わしい*3


「明らかにトンチンカンな記事を垂れ流すような出版社であれば取締役個人に制裁を加えても差し支えない」という主張も理解できなくはないのだが、経営者が自らに責任が降りかかるのを恐れるあまり、“疑わしきは世に出さない”といった方針をとろうものなら、言論出版に対する過度の萎縮的効果がもたらされる恐れもあるから、責任主体の拡張にはどこかで歯止めをかけたほうが良いのではないか、と思ったりもする*4


いずれにせよ、出版社の取締役も「法令遵守経営」のノルマから免れることはできないことを改めて知らしめてくれたこの判決。


紛争の火種はまだまだたくさんあるだけに、今後の同種訴訟への影響が気になるところである。

*1:旧商法266条ノ3。現在の会社法の規定で言えば429条1項。

*2:全ての審級の判決文に触れることができないため、最終的に肯定されたかどうかは定かではないのだが、少なくとも第一審の大阪地裁の段階では肯定されていた。

*3:現在でも全く研修等が行われていないわけではないようであり、そうなると、名誉毀損事例の発生=体制不十分、という結果責任的な帰結になってしまっても不思議ではない。

*4:それでも非上場会社が多い出版業界の場合、いくら多額の賠償金を会社が支払っても、株主代表訴訟のリスクを負わなくて良い分、まだ“ヌルい”というべきなのかもしれないが・・・。

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