「更新料」慣行は消滅するのか?

以前,京都地裁で更新料支払い特約を無効と判断した判決が出された,というニュースを取り上げたことがあるのだが*1,これとは別件の,地裁では借主敗訴判決が出されていたケースについても高裁が逆転判決(借主勝訴)を下した,という,さらに衝撃的なニュースが飛び込んできた。

「賃貸マンションの更新料支払いを義務付けた契約条項は消費者契約法に違反するとして,京都市の男性が貸主に支払い済みの更新料など約55万円の返還を求めた訴訟の控訴審判決が27日,大阪高裁であった。成田喜達裁判長は「更新料は消費者の利益を一方的に害し,無効」との判断を示し,一審・京都地裁の判決を変更し,更新料など45万5000円を返還するよう貸主側に命じた。貸主側は上告する方針で,最高裁の判断が焦点となる。」(日本経済新聞2009年8月28日付朝刊・第42面)

判決文そのものは当分アップされないだろうから,記事から判旨と思しき部分を引用しておくと,

「成田裁判長は「借地借家法には,更新を拒絶する正当な理由がなければ自動更新されるとする強行規定があるのに,貸主側が全く説明していない」と指摘。その上で「借り主側は,この規定から目をそらされ,更新料を支払う義務がないことを認識しないまま契約を締結しており,利益を一方的に害する契約といえる」と判断した。また「借り主と貸主側は情報収集力に格差があり,自由に条件を比較できず,取引は対等とはいえない」とも述べた。貸主側は更新料について「更新拒絶権を放棄する対価」や「賃料の一部の補充」などと主張したが,「対価などの法的根拠について説明がなく更新料には賃料が安いとの印象を与え契約締結を誘う役割しかない」と退けた。」(同上)

ということである。


で,冒頭でも触れたとおり,この件については一審の京都地裁が平成20年1月30日に原告(借主)の請求を棄却する判決を出している*2


そこで認定されている事実関係を見ると,問題となった建物賃貸借契約は,

(ア)賃貸人 被告
(イ)賃借人 原告
(ウ)家賃  1か月4万5000円(共益費,水道代を含む。)
(エ)契約期間 平成12年8月15日から平成13年8月30日までの約1年間(以後1年更新)
(オ)礼金6万円
(カ)更新料10万円

というもの。


原告は平成12年8月に契約を締結して以降,翌平成13年から平成17年まで,毎年更新料10万円を支払っていたのであるが,平成18年9月1日以降の契約については更新料を支払わず,同年9月,10月分の家賃を支払ったうえで,平成18年10月28日付け賃貸借契約解約通知書(略)を提出し,同年11月30日をもって本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示を行い,同日,本件物件を明け渡した(11月分の家賃については未払い)。


判決中の主張や背景事実としては出てきていないが,おそらく,平成18年の更新期の際に貸主・借主間で何らかのトラブルがあったのだろう*3


そして,結果としては,原告が既払い分の更新料50万円の返還を求めるとともに,11月分の家賃を差し引いた敷金(5万5000円)の返還を求めて提訴に至ったのである。


訴訟においては,更新料特約が消費者契約法10条ないし民法90条に照らし無効となるかどうか,が主要な争点として争われたのだが,京都地裁は,更新料特約と他の契約条項(約款)等との関係を検討したうえで,

「本件賃貸借契約における更新料は,主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しており,併せて,その程度は希薄ではあるものの,なお,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有しているものと認められる。」(PDF24頁)

と認定した*4


そして,民法90条に関する主張については,

「前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料が主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しているところ,その金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,直ちに相当性を欠くとまでいうことはできない。」(PDF24-25頁)

とあっさり片付け,そのうえで,消費者契約法10条適用の可否についても,

ア 前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しており,本件更新料約定が,本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項(契約期間1年間の賃料の一部を更新時に支払うことを取り決めたもの)であることからすると,「賃料は,建物については毎月末に支払わなければならない」と定める民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重しているものと考えられるから,消費者契約法10条前段の定める要件(本件更新料約定が「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重する消費者契約の条項」であること)を満たすものというべきである
イ そこで,同条後段の要件(本件更新料約定が「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であること)について検討するに,前判示のとおり,(1)本件賃貸借契約における更新料の金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,過大なものではないこと(しかも,本件賃貸借契約においては,賃借人である原告は,契約期間の定めがあるにもかかわらず,いつでも解約を申し入れることができ,その場合には,更新料の返還は予定されていないが,原告が解約を申し入れた場合には,解約を申し入れた日から,民法618条において準用する同法617条1項2号が規定する3か月を経過することによって終了するのではなく,解約を申し入れた日から1か月が経過した日の属する月の末日をもって終了するか,又は,被告に1か月分の賃料を支払うことにより即時解約することもできることとされているから〔本件約款第15条〕,月払いの賃料の金額〔4万5000円〕の2か月分余りである本件賃貸借契約における更新料の金額は,過大なものとはいえないこと),(2)本件更新料約定の内容(更新料の金額,支払条件等)は,明確である上,原告が,本件賃貸借契約を締結するにあたり,仲介業者である京都ライフから,本件更新料約定の存在及び更新料の金額について説明を受けていることからすると,本件更新料約定が原告に不測の損害あるいは不利益をもたらすものではないことのほか,(3)本件賃貸借契約における更新料が,その程度は希薄ではあるものの,なお,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有しているものと認められることを併せ考慮すると,本件更新料約定が,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえないものというべきである。」(PDF25-26頁)

として,本件更新料約定が消費者契約法10条により無効であるということはできない,と結論付けた。


また,原告が借主・貸主間の情報格差等の存在を10条後段要件に該当する根拠として主張したことについても,

「更新料は,賃借人が物件を選定する際に主として月払いの賃料の金額に着目する点に乗じ,「更新料」という直ちに賃料を意味するものではない言葉を用いることにより,賃借人の経済的な出捐があたかも少ないかのような印象を与えて契約締結を誘因する目的で利用されている面があることを直ちに否定することはできないけれども,更新料に関する報道が広く行われることなどを通じ,消費者が更新料の性質についての認識を深めていくことが考えられるし,不動産賃貸借の市場がその機能を十全に発揮すれば,賃貸業者の間で,更新料に関する競争が行われることが考えられるのであるから,原告の上記のような懸念が事実であるとしても,そのことから,直ちに,更新料に関する約定がおよそ民法90条又は消費者契約法10条により無効であるということはできない。加えて,賃貸借契約を締結する際,賃貸人に対して更新料に関する約定に関する説明が十分に行われなかった場合や,更新料に関する約定の内容(更新料の金額,支払条件等)が不明確であるため賃借人が賃貸借契約に伴い要する経済的な出捐の全体像を正しく認識できない場合には,更新料に関する約定が当該賃貸借契約の内容とはなっていないとされたり,上記約定が消費者契約法10条により無効とされることが考えられないではないが,本件賃貸借契約の締結に至る前判示のとおりの経緯,本件更新料約定の内容には,そのような事情は認められない。」(PDF26-27頁)

と,一定の理解を示しつつも,最終的にはその主張を退けている。


パッとみれば,確かに毎年1回,しかも2か月分以上の賃料に相当する更新料を支払わされる借主の負担は相当に重いように感じられるが,被告が主張するような,

「本件建物は,京都市左京区下鴨の良好な閑静な住宅地に所在する鉄骨ブロック4階建の昭和58年1月31日築の建物(略)であり,本件物件は,電気・ガス・水道・6帖・台所・トイレ・給湯設備・冷暖房設備ありの物件であり(略),本件物件の月々の賃料は5万円でも相当であるが,本件更新料約定が存在するため,月々の賃料は4万5000円と比較的低額に設定されているものである」

といった事情も合わせて考えるなら,更新料に合理性を認める余地は十分にあると考えられ*5京都地裁が下した判決も決して不当,とまでは言うことはできないように思う。


それにもかかわらず,大阪高裁は更新料特約を無効とする判断を下した。


個人的には,先日の京都地判平成21年7月23日*6と合わせて,最高裁まで判断を仰ぐべき事案だと思うのであるが,不動産業者側が不利な判例形成がなされるリスクを冒してまで勝負をかけるのかどうか。


いずれにしても,この動きが京都,あるいは関西ローカルの問題にとどまるのかどうか,それとも,“ポスト過払い訴訟”の色彩を帯びた新たなムーブメントとして全国的に広がるのかどうか等も含め,今後の動きが注目されるところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090724/1248587789

*2:第4民事部・池田光宏裁判長,http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080212144414.pdf

*3:あくまで推測だが,近々退去の予定があったので,借主側が更新料の支払いを渋っている間に契約が自動更新されて数カ月経過した→退去時に借主が敷金返還を受けようとしたら,更新料に充当すると言われた→それで借主が憤慨して既払い分の更新料も含めて返還請求を立てた,といったストーリーが考えられる。

*4:更新料の性質の有無については激しく争われたが,地裁判決は,「本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては,賃貸人からの解約申入れの正当事由が認められる場合は多くはないものと考えられる」として,原告側の主張に一定配慮する姿勢を見せつつ,「希薄ではあるものの」と言う表現で,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価,としての性質を結果的に認めており,それが最終的には原告請求棄却という結論の妥当性を補強する結果になっている。おそらく,事案に照らして,更新料返還等を認めるのは貸主に酷な事案だという判断があったのだろう。

*5:現に,京都地裁も,更新料が「賃料の補充」という性質を有することについては,特に躊躇することなく認めている。自分はこの辺りの賃料相場がどれくらいなのか全く把握していないし,客観的な相場に比して5000円(しかも,本物件は結構築年数がかさんでいる)しか違わない状況で,賃料補充的性質を強調しうるか,という点にはちょっと疑問も感じているのであるが・・・。

*6:第6民事部・辻本利雄裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090729130229.pdf。事案としては賃料5万8000円,更新料2か月分,1回更新した,というケースである。

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