「竹書房」と聞いて蘇った記憶〜廉価版コミックをめぐる著作権侵害事件を契機に。

漫画家と出版社の間の利益分配をめぐる興味深い著作権事件の判決がアップされている。

いつもは比較的フラットに判決を紹介されている大塚大先生のブログでも

「出版社に都合の良い方向で認定されており漫画家への配慮を欠く結果となっています。」
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/52315007.htmlより)

と厳しいコメントが出されたこの判決を簡単にご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成25年1月31日(H23(ワ)第35951号)*1

原告:A(漫画家)
被告:株式会社竹書房

竹書房、と言えば、よくコンビニに並んでいるペーパーバック的なコミックや、××図書コーナーに並んでいる本、雑誌の版元として、知る人ぞ知る…の出版社(後述)なのであるが、ここで問題となったのも、「主としてコンビニエンスストアで販売されるB6判の廉価版コミック」である。

概要を簡単にまとめるならば、

(1)被告が、B執筆の書籍「Bの都市伝説」シリーズに掲載の各話を原作とする廉価版コミックの発行を企画。
(2)被告は、原告に対し、本件漫画各話の作画を依頼、原告は原画を被告に引渡し。
(3)被告のコミック版「Bの都市伝説」は、平成19年2月12日の初版発行以降、第6弾までシリーズ化。さらにそれぞれ2刷〜3刷まで増刷された。
(4)原告が作画した漫画は、第1弾に1話分、第2弾以降は2話分ずつ収められている。
(5)このような状況の下で、被告は、原告に対し、「原稿料」の名目で原稿1枚あたり1万円〜1万3000円の支払いを行ったが、増刷に際しても特段追加の対価の支払いは行わなかった。

といったところで、追加の原稿料支払いを行わなかった被告(出版社)に対し痺れを切らした原告(漫画家)が、

「被告が上記コミックを増刷して発行した行為が本件各作画について原告が保有する著作権(複製権)の侵害行為に当たる」

と主張して訴えたのが本件訴訟、ということになる。

この種のコミックは、通常の単行本のコミックとは異なり、出版社では「雑誌扱い」としていたようで、それゆえ、原稿の作画依頼に際しても、原告・被告間で「契約書その他の合意書面」が交わされることもなく、「原稿料と引き換えにコミックに掲載する」というシンプルな合意(法的に評価するなら「著作権の利用許諾」)だけがなされていたようだ*2

だが、このコミックに関しては、短期間で店頭から消えることなく、「増刷」までする展開となったことで、利益の配分をめぐって出版社・漫画家間で紛争が生じることになった*3

そして、先述したとおり、何ら書面等が存在しない状況の下で、コミック初版掲載時の合意が、「初版に掲載して利用することの許諾」だけだったか、それとも、「利用許諾の効力が増刷分にも及ぶ」か、を専ら争点として、争われることになったのである。

裁判所の判断は冷淡、か?

さて、裁判所は、コンビニコミックの流通実態に関し、以下のように認定した。

「被告は,本件各コミックと同種のコンビニコミックについては,雑誌扱いの不定期の刊行物として,主にコンビニエンスストアで発売後約2週間程度販売された後,売れ残ったものが返品されるのが通常であることから,発売時にあらかじめ増刷することを予定していないが,初版発売後,販売を見込めると判断した場合には,いわゆる「アンコール発売」として増刷して発行することもあった。また,被告は,コンビニコミックは,一人の漫画家の作品を収録した単行本のコミックとは異なり,複数の漫画家の制作した複数の作品を集めて掲載する形式(いわゆるアンソロジー形式)のコミックであり,雑誌扱いとしていたことから,漫画家に対する作品の制作及びコミック掲載の対価は,本件各コミックと同様に,原稿1枚当たり一定の単価の原稿料として支払うとの条件で制作を依頼しており,上記のようにコンビニコミックを増刷して発行した場合であっても,当該コミック掲載の漫画の作画を制作した漫画家に対し,追加の原稿料の支払をしたことはなかった。」(11頁)

そして、この事実を元に、以下のとおり、原告・被告間の合意の効力が及ぶ範囲について判断を下している。

「(1)本件各コミックと同種のコンビニコミックは,雑誌扱いの不定期の刊行物として,主にコンビニエンスストアで発売後約2週間程度販売された後,売れ残ったものが返品されるのが通常であり,初版の発売時にはあらかじめ増刷することは予定されていないが,これは事実上の取扱いであり,初版が返品された後であっても,需要があれば,増刷して発行することもあり得るものであり,コンビニコミックであるからといって,流通期間が性質上当然に限定されているとまではいえないこと,(2)被告は,上記各依頼に際し,原告に対し,上記原稿料以外の条件の提示をしていないのみならず,原告と被告との間で,原稿料以外の条件や本件各コミックの発行予定部数,流通期間等について話題となることはなかったことが認められる。」
「上記(1)及び(2)の事情に照らすならば,本件各合意に基づく原告の利用許諾の効力は,本件各コミックの初版分に限定されるものではなく,その増刷分についても及ぶものと認めるのが相当である。」(13〜14頁)

現に契約書面が存在しない以上、「合意」の内容を探求するためには、結局のところ、業界慣行等に照らして、当事者が契約当時、いかなる前提に則って合意したか、ということを推認する、という作業に依らざるを得ないのであり、(専ら被告側の主張に依拠しているとは思われるものの)「廉価版コミック」に関する業界慣行について、先述したような事実認定(「アンコール発売」することもある)がなされた以上、流通期間等について特段の合意がなければ、増刷分についても利用を許諾したものとみなす、という判断は、ごく自然に導かれるものであるように思われる*4

また、原告が「平成21年ころ、本件コミック1等の増刷分が発行されているのを知り、販売が終了したはずの自己の作品が勝手に流通しているものと考え、激しい違和感を覚えた」(11頁)にもかかわらず、それ以降に依頼された「都市伝説」シリーズの原画作成に際しても、従前と同じように淡々と原稿料の支払いを受けていること*5、被告が、第1弾〜第6弾までのコミックの総集編ともいうべき「Bの都市伝説G」というコンビニコミック(原告の作品が3話分収められていた)を出版する際に、「再録掲載料」の名目で約90万円を原告に支払っていること*6などからも、裁判所の判断の妥当性は裏づけられるように思われる。

個人的には、

「本件各コミックの2刷及び3刷は,初版を増刷したものであって,本件各作画の利用形態は初版と何ら変わることはないのであるから,本件各コミックの流通期間が原告が想定していた約2週間を超えたからといって原告において特段の不利益をもたらすものとは認め難く,本件各合意を締結するに当たっての合理的意思に反するものとも認め難い。」(14-15頁)

といった判示は、著作物が「経済財」でもあることに鑑みれば、いささか筆が滑っているように思えるところだし*7、業界慣行にしても、もう少し丁寧に認定した方が良かったのではないかな・・・というところはあると感じている。

著作者にとっても出版社にとっても、影響は大きいと思われる話だけに、本件が知財高裁まで持ちあがるのであれば、もう一歩踏み込んだ議論と事実認定が欲しいところだろう。

ただ、「廉価版コミック」というニッチな市場で、細々と収益をあげている出版社の懐事情を考えれば、今回の判決の結論だけを見てナンセンス!というのは、ちょっと違うかな、と思うところである。


なお、このエントリーのタイトルをご覧になって、古い読者の方の中にはピンと来た方もいらっしゃるかもしれないが、本件の被告となった「竹書房」という会社は、我が国の商標権侵害事件史に刻まれる東京地判平成17年12月21日*8でも被告となった会社である。

この事件を取り上げた当時のエントリー(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051222/1135269898)のおかげで、「本当にあった●な話」とか、「●な話」といったキーワードが、長年、当ブログの検索ワード上位に刻み込まれていた、という黒歴史も今では懐かしい。

ということで、蛇足ではあるが、余裕のある方は7年前の事件の方も是非!(笑)

*1:第46部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130206113429.pdf

*2:雑誌の場合、短期間の間に店頭から姿を消すことになり増刷等が生じることもないので、出版社の規模を問わず、簡便な合意だけで原稿料を支払う、というのが一般的な慣行だと思われる。

*3:著作権侵害訴訟、という形にはなっているが、請求しているのは損害賠償のみであり、“権利紛争の衣をまとった利益紛争”という表現がしっくり来る事件だと思う。

*4:逆に言えば、異なる業界慣行の存在(例えば他の出版社では増刷に際して、追加原稿料を当然に支払っている、等)を原告側で立証できれば、正反対の結論になる可能性も残されている。

*5:コミック第2弾以降、原告が原稿料の値上げ要請をした事実は認定されているのに、流通期間や発行予定部数等については何ら「話題となることはなかった」というのが裁判所の認定である(14頁)。

*6:これは、被告が著作権者に配慮していないわけではなく、「再録」の場合に限って原稿料を支払う、という業界ルールの下で動いている、ということを示す材料の一つだと言える。

*7:例えば一般的な動産、不動産の賃貸借で当初予定されている期間を超えて借主が使用を継続しても、「利用形態は何ら変わらない」のだが、当初貸主が想定していた使用期間を超えていれば、そこは一定の使用期間を見込んで賃料を設定していた貸主にとっては、「何らかの不利益がある」と考えるのが通常ではないだろうか。

*8:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A576A9394654F71C492570DF000A6BA5.pdf

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