「集合訴訟」で得をするのは誰か?

消費者被害の救済強化に向けて、消費者庁が法整備を検討しているようだ。


中でも目玉になりそうなのが、「集合訴訟」。


日経紙の記事によれば、

「大学への入学金の返還請求など被害者を特定しやすいケースでは、一部の被害者や消費者団体などが全国の被害者を代表して訴訟を起こす「集合訴訟」を検討する。ただ原告の範囲を広げすぎると企業が賠償額を予測できず和解も導きにくくなる。日本経団連は「米国のように乱訴が起きれば経営への影響は大きい」などと懸念を示しており、調整は難航しそうだ」(日本経済新聞2010年8月4日付朝刊・第1面)

ということである。


8月4日に「集団的消費者被害救済制度研究会」が示した、とされる報告書原案の内容に触れることは現段階ではできないようなのだが、これまで議論されていた中身としては、

モデル案
http://www.caa.go.jp/planning/pdf/100419-1.pdf
モデルごとの長所・短所
http://www.caa.go.jp/planning/pdf/100219-1.pdf
論点整理
http://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2010/0331/100331_shiryou1-3.pdf

などがあるようで、特に、「オプト・イン型」(公告中に届出をした消費者に対して判決の効力が及ぶもの)、と「オプト・アウト型」(対象消費者のうち判決の効力を受けることを希望しない消費者が除外の申し出を行う)を中心に議論されていた様子がうかがえるところ。


この手の話になると、経団連が相変わらずネガティブキャンペーンを張っていることもあって、「企業法務=集団訴訟(集合訴訟)反対」と一緒こたに受け止められがちなのであるが、個人的には、“使いようによってはそんなに悪くない制度”だな、と思っている*1


というのも、これまで、この手の消費者訴訟というのは、一度メディア等で大きく報じられると、あちこちで“雨後のタケノコ”のように湧いて出てくる傾向があって、個々の事件に対応していくのは、企業側としても非常に煩雑だったからだ。


額が小さくて裁判にならないような場合でも、交渉に係るコストが発生することに変わりはないし、裁判になれば、全国あちこちに、打ち合わせやら、裁判所での傍聴立会やらで人を飛ばさないといけない*2


そういった労力を考えるなら、勝っても負けても、事案を一回的に解決できる「集合訴訟」という制度は、決して悪いものではないように思う。


もちろん、「一消費者」としての立場でいえば、知らないうちに自分が「原告」にカテゴライズされて、面倒な手続きを踏まないとそこから離脱できない、というシステム、というのは、本能的に気持ち悪いものだし*3、ましてや、旗振り役の代理人や消費者団体が打ったヘマ(敗訴判決の効力)を甘受しなければならない、というのはなおさら許し難いわけで、個々の「消費者」にとって本当に得な制度なのかどうか、ということは、もう少ししっかり議論する必要があるだろう*4


また、消費者側に立つ弁護士にとっても、「集合訴訟」がメリットをもたらすかどうかは疑わしい。


というのも、現在あちこちで行われている過払金返還訴訟や、今後ブームが到来するであろう残業代請求訴訟、更新料返還訴訟等の例のように、これまでは、誰かが先頭を切って“リーディングケース”を作り出した後に、そこで築き上げられたノウハウの恩恵に預かる形で、全国各地の弁護士が個々の依頼者の要望に応えて同種類似訴訟を手掛けていく、というのが一般的な形だったのではないかと思う。


ところが、「集合訴訟」により、同種類似の問題を抱えた多くの消費者について「一回的解決」ができてしまう、ということになれば、最初に旗を振った弁護士*5のところにすべての案件が集中してしまうことになり、それ以外の弁護士の受任機会が失われることになりやしないか。


そうなると、そうでなくても“格差”拡大が叫ばれている今の法曹業界に、より深刻なダメージを与えることになりやしないか、ということが懸念される*6


結局のところ、この制度で得をするのは、同じような事件を何度も扱わなくてよくなる裁判所*7と、大型事件に強い一部の事務所(or弁護士)、そして誠実に対応する能力を持っている企業*8くらいで、それ以外の人々にとっては(消費者も含めて)メリットは薄いんじゃないか、というのが、現時点での自分の印象である。


前記モデル案にある「二段階型」のように、ある程度本案審理で、救済できる消費者の範囲を絞り込んだ上で、円滑な債権確定と執行を行うために「集合」の枠組みを使うのであれば、まだ救いはあるような気がするのだが・・・。

*1:なお、モデル案はいくつか挙がっているが、「オプト・イン」型だと今の共同訴訟の形態とそんなに変わらないような気がするので、以下では「オプト・アウト」型を想定して話を進める。

*2:係属する裁判所が田舎の裁判所になったりすると、地元に配慮して地元の先生に委任しなければならなくなったりもして、会社の方針を一から説明し、他のエリアでの訴訟で歩調を合わせてもらうための調整の仕事がまた増えたりもする。

*3:そもそも、本来能力も事業者に対する姿勢も千差万別な「消費者」を一律に“社会的弱者”として括ろうとする発想自体が、「消費者」としての自分には納得しがたいものがある。

*4:推進派は、「大学への入学金返還請求」のような“分かりやすい事例(かつ最高裁で消費者側が勝てることが明確になった事例)”を例として挙げているようだが、入学金返還請求事件にしても、個々の事例によって返還が認められるか否かの結論やその範囲が異なっているのであって、(仮にこれが「集合訴訟」として行われていたとすれば)対象消費者を選別する際に訴訟追行側がしっかり選別しないと、結果的に一部の消費者(本来全面的に勝てる消費者)にとって不利益な内容の判決や和解案が出されることになった可能性があったことは否めない。

*5:おそらくは東京の大型合同系事務所か、消費者問題に強い京都の弁護士あたりが先導することになるだろう。

*6:この辺は自分が心配するような話ではないのだが(笑)。

*7:他の部や裁判所と異なる判断になってしまったことで、上級審でひっくり返されるリスクを負う必要もなくなる。

*8:要は元々法的議論に耐えうるくらいの慎重な対応をしていたか、あるいは、対応に落ち度はあっても、金銭的に解決できるだけの十分な資力を持っている企業。

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