“時代の寵児”的な地位から一瞬にして突き落とされ、刑事被告人の身となって、地裁、高裁で実刑判決を受け続けていた堀江貴文氏。
控訴審でも実刑判決が維持された時点で、厳しい結果になることは十分予想されていたのであるが、結局、残念な審判(というか、「審判」とさえ言えないような門前払いの判断)が下されることになってしまった。
「ライブドア事件で証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、偽計・風説の流布)の罪に問われた元社長、堀江貴文被告(38)の上告審で、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は26日までに、被告側の上告を棄却する決定をした。懲役2年6月の実刑とした一、二審判決が確定する。」(日本経済新聞2011年4月26日付け夕刊・第1面)
一審判決から既に4年超、控訴審判決からも3年近く経過し、事件そのものが風化しつつあったこのタイミングでのこの決定。
堀江氏は、企業経営の第一線こそ離れたものの、身柄拘束が解かれた第一審判決以降、雑誌やブログ媒体等で積極的な発言を続けており、最近ではツイッター上での活躍も非常に目立っていただけに、最高裁が、識者の間でも批判が多い*1下級審の判決を単に追認するだけの判断しかしなかった、というのは、何とも残念なことに思えてならない。
ちなみに、事件勃発からかなりの月日が経ったこともあって、今回の報道では、日経紙上においても、肝心の「犯罪事実」が何だったか、ということについては、おざなりな紹介しかしていないので、念のため確認しておくと、地裁が認定した「罪となるべき事実」は、
被告人は,ポータルサイトの運営,企業の買収・合併等を主な業務とし,発行する株式を東京証券取引所(以下「東証」という。)マザーズ市場に上場していた分離前の相被告人株式会社ライブドア(以下「ライブドア」という。)の代表取締役兼最高経営責任者であり,かつ,ライブドアの子会社で,インターネットによる広告,広告代理等を業務とし,発行する株式を東証マザーズ市場に上場していた分離前の相被告人株式会社A3(平成17年5月31日までの商号はA1株式会社で,平成18年8月31日までの商号は株式会社A2。以下,商号変更の前後を問わず「A社」という。)の取締役であったものであるが,
第1 A社において,ライブドアの完全子会社で,企業買収等を行うことを業務とする株式会社C2(同社は,平成16年9月27日に同じくライブドアの子会社であるD2株式会社に吸収合併されており,以下,同合併後のD2株式会社も含めて「C社」という。)がZ2号投資事業組合の名義で既に買収済みの株式会社N社(以下「N社」という。)との間で,同社の企業価値を過大に評価した株式交換比率で同社をA社の完全子会社とする株式交換を行う旨公表するとともに,株式を100分割する旨も公表し,さらに,同社において実際には平成16年12月期第3四半期通期(同年1月1日から同年9月30日)に経常損失及び当期純損失が発生していたのに,架空の売上げ,経常利益及び当期純利益を計上して虚偽の業績を発表することにより,同社の株価を維持上昇させた上で,上記株式交換により実質的にC社がZ2号投資事業組合の名義で取得するA社株式を売却し,同売却益をライブドアの連結売上げに計上するなどして利益を得ようと企て,当時,ライブドアの取締役を辞任していたが,同社の財務等に関する業務を実質的に統括していた分離前の相被告人乙山二郎(以下「乙山」という。),ライブドアの取締役であり,A社の代表取締役社長の内定者あるいは同代表取締役社長として同社の業務全般を統括していた分離前の相被告人丙川三郎(以下「丙川」という。),ライブドア・グループのファイナンス業務に従事していた分離前の相被告人丁田四郎(以下「丁田」という。),ライブドアの従業員で,企業買収業務を担当していた二宮夏男,及びA社の代表取締役社長あるいは最高財務責任者であった三井秋男と共謀の上,A社株式の売買のため及び同株価の維持上昇を図る目的をもって,真実は,A社とN社との株式交換は,上記企てのもとに行われ,株式交換比率を,乙山らが,N社の企業価値を大幅に超える株数のA社株式の発行を実質的にC社に受けさせるためN社の企業価値をあえて過大に評価して決めるなどしたものであったにもかかわらず,同年10月25日,東証が提供する適時開示情報伝達システムであるTDnetにより,A社が,取締役会において同年12月1日を期日とする株式交換によりN社を完全子会社とすることを決議した旨を公表するに際し,「株式交換比率(1対1)については,第三者機関が算出した結果を踏まえ両者間で協議の上で決定した」旨の虚偽の内容を含む公表を行い,次いで,同年11月9日,上記TDnetにより,同月8日に公表されたA社株式の100分割に伴い上記株式交換の交換比率を100(A社)対1(N社)に訂正する旨公表し,さらに,真実は,A社は同年12月期第3四半期通期において,経常損失及び当期純損失が発生していたのに,架空の売上げ,経常利益及び当期純利益を計上して,同年11月12日,上記TDnetにより「A社の第3四半期の売上高は約7億5900万円,経常利益は約7200万円,当期純利益は約5300万円である。当期第3四半期においては,前年同期比で増収増益を達成し,前年中間期以来の完全黒字化への転換を果たしている」旨虚偽の事実を公表し,もって,有価証券の売買その他の取引のため及び有価証券の相場の変動を図る目的をもって,偽計を用いるとともに,風説を流布し,
第2 ライブドアの取締役であった乙山及び丙川,ライブドアの従業員であった丁田,ライブドアの執行役員あるいは取締役であった分離前の相被告人戊沢五郎(以下「戊沢」という。),ライブドアから証券取引法193条の2に基づく有価証券報告書の財務計算に関する書類等の監査証明を目的とする監査を受嘱していたH2監査法人(平成16年6月30日までの名称はH1監査法人。以下,名称変更の前後を問わず「H監査法人」という。)の代表社員として,ライブドアの平成15年10月1日から平成16年9月30日までの連結会計年度における上記監査に関与していた日向文雄(以下「日向」という。)並びにH監査法人の元代表社員であった月島久雄(以下「月島」という。)と共謀の上,ライブドアの業務に関し,平成16年12月27日,さいたま市中央区新都心1番地1所在の財務省関東財務局において,同財務局長に対し,ライブドアの上記連結会計年度につき,同年度に経常損失が3億1278万4000円(1000円未満切捨て。以下本文において同じ。)発生していたにもかかわらず,売上計上の認められないライブドア株式売却益37億6699万6000円並びに株式会社Q2及び株式会社P2に対する架空売上げ15億8000万円を,それぞれ売上高に含めるなどして経常利益を50億3421万1000円として記載した内容虚偽の連結損益計算書を掲載した有価証券報告書を提出し,もって重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出し
たものである。
というもの。
犯罪の成否のカギを握る投資事業組合の位置づけや、一連の“偽計・風説の流布”“虚偽記載”に関する堀江氏の主観的な認識の有無等に関する事実認定が妥当だったかどうか、ということについては、生の裁判記録に接しない限り、断定的なことは言い難い*2。
だが、量刑に関する判断、例えば、
「過去の粉飾決算事例等と比較して、粉飾金額等が少なくて軽微である」
という弁護人の指摘に対して、
「控訴趣意書に引用摘示された過去の粉飾決算事例の多くについて、その粉飾金額を確認して比較する限りは、本件の金額は少ないといってよかろう。しかし、中心的な量刑因子は各事例ごとに異なるのであって、粉飾金額の多寡のみが決め手になる訳ではない。現に、原判決は、「量刑の理由」の項において、まず、本件は「損失額を隠ぺいするような過去の粉飾決算事例とは異なり」として、「粉飾金額自体は過去の事例に比べて必ずしも高額ではないにしても」と断り書きを述べた上で、「投資者に対し、飛躍的に収益を増大させている成長性の高い企業の姿を示し、その投資判断を大きく誤らせ、多くの市井の投資者に資金を拠出させた犯行結果は大きい」旨説示している。このような視点からの分析、すなわち損失隠ぺい型と成長仮装型とに分けての評価、すなわち後者では粉飾金額は高額でなくても犯行結果は大きくなるとする評価は注目すべきものがあり、本件に関しては上記説示の結論は是認できる。もっとも、成長仮装型の事例はまだ少ないから、一般論としてこの評価の手法が是認できるかは、慎重を要するであろう。さらに、所論は、引用摘示した過去の粉飾決算事例の悪質性を強調したり、多くの関係被告人が執行猶予に付されているなどという。しかし、当裁判所は、引用摘示した事例は量刑上の参考資料としてある程度役立つと考えるが、受訴裁判所でない以上その具体的内容について正確に知る術はないし、上記のとおり、あくまでも量刑因子は事例ごとに異なるのである。」
と、かすかに理解を示しているように装いつつ、結局は自らの判断を回避して、第一審の判断を是認するだけにとどまっていたり、
という指摘に対し、
「被告人らが犯罪に係る行為に出たから捜査が開始されたのであって、その結果、ライブドアの提出した有価証券報告書の虚偽内容が判明したのである。そして、それまで上昇の一途をたどっていたライブドア株式の株価が急落したのであり、まさに原判決の「本件発覚後、株価が急落し、」のとおりである。所論が、関連して、ライブドアが、多くの優良企業を連結子会社としていたとか、潤沢な資金を保有し財務状況には何ら問題はなかったなどというが、このような事情と本件株価下落とは関係のないことである。」
と、トートロジーのような理屈を展開してみたりしたあげく*3、結局、結論として、
「被告人が、ライブドア・グループのすべての役職を辞したこと、マスコミ等で本事件が社会的に大きく取り上げられ、厳しい非難にさらされるなど、一定程度の社会的制裁を受けていること、前科前歴がないこと等、被告人のために斟酌すべき事情を最大限に考慮しても、本件が執行猶予に付すべき事案とまではいい難く、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は、その刑期の点においてもやむを得ないものであって、これが重すぎて不当であるとはいえない。」
とした控訴審(東京高判平成20年7月25日)判決には、見直されるべき余地が十分にあったのではなかろうか。
本件に限ったことではないが、有罪無罪を争っている被告人が、形式的な恭順の意を表していないことをもって、
「規範意識は薄弱であり、潔さに欠ける」
等々の評価を下しているところにも、自分は大いに反感を覚える。
プロ球団経営への参入チャレンジや、前年の衆院選での“刺客”としての活躍など、逮捕されるまでの堀江氏の存在は、まさに「出る杭」そのものであった。
それゆえ、ひとたび“不透明な経営”が明るみに出た瞬間、元々彼を快く思っていなかったエスタブリッシュな面々を中心に、「出る杭」を叩きに叩きまくる動きが世の中にあっという間に広まった。
確かに、社内での意思決定のためのやり取り*4や堀江氏自身のメディア等での発言に、“一流企業”では考えられないような“軽さ”があったことは否めないし、ライブドアグループの「拡大路線」を維持し続けるために、相当無理のある経営判断を繰り返していたことも否定できないだろう。
“本業”であったネット業界はもちろんのこと、収益の大半を稼いでいた金融業界でもその後、リーマン・ショック等、大きな環境の激変があったことを考えると、遅かれ早かれ、堀江氏は経営者として表舞台を去ることになったのかもしれない。
だが、表舞台から引きずり降ろすための手段としては、一連の捜査とそれに伴う報道は、あまりに強引で残虐過ぎたし、事後規整の場となるはずの裁判所においても、“誤り”が是正されることはなかった。
そして、あの事件以降、“コンプライアンス”という曖昧模糊としたフレーズの下で、法令上の適法・違法すら緻密に吟味しないまま“目立つ会社“に対するメディアのバッシングがなされ、それに背中を押された捜査機関が、ちょっとしたきっかけで刑事処分まで一気に持って行く、という事例が増えたことで、世の中の企業経営者の中に強度の“萎縮効果”や沈鬱な“停滞感”がもたらされた、というのは、紛れもない事実であろう。
今般の東日本大震災においても、横並び的自粛ムードに警鐘を鳴らすなど、“萎縮の呪縛”を解くために積極的なアプローチを繰り返してきていた堀江氏が、ここでしばらく(判決によると、懲役2年6月で未決勾留日数は40日だから、仮釈放があったとしても、2年近くは収監を余儀なくされることになると思われる)、世間から隔絶される環境に身を置かなくてはいけなくなってしまう、というのは、誠に残念な限りであるが、無事禊を済ませ、社会復帰された暁には、是非もう一度、「経営者」として、世の中の停滞感を打破すべくチャレンジしていただけることを、自分は微かに期待している。
*1:犯罪の成否についてはともかく、執行猶予を付さなかった判断については、認定された罪となるべき事実との関係で明らかに“量刑不当”だろう、というのが、一般的な実務家の感覚だと思われる。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071025/1193502456も参照。
*2:共犯事件ならではの、「共犯者」供述の信用性吟味、という難しい問題もここには内在している。
*3:そもそも、当初行われた「捜査」と、その結果としての公訴事実の間に大きな食い違いがあることがここでは看過されており、この判旨は、「罪となるべき事実で示された虚偽記載等の結果以上に株価下落を招いた」という弁護人の指摘に十分に応えるものとはなっていない。