「会計限定監査役」の任務懈怠をめぐる最高裁の再逆転判決と、高裁に与えられた宿題。

昨日、7月19日、最高裁第二小法廷で、いわゆる「会計限定監査役」の任務懈怠の有無について一つの判断が示された。

監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において,監査役は,計算書類等につき,これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い,会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項,会社計算規則121条2項(平成21年法務省令第7号による改正前は149条2項),122条1項2号(同改正前は150条1項2号))。この監査は,取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって,会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条,440条,442条参照),上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し,その信頼性を高めるために実施されるものと解される。」
「そうすると,計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり(会社計算規則59条3項(上記改正前は91条3項)),会計帳簿は取締役
等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照),監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして,会計限定監査役にも,取締役等に対して会計に関する報告を求め,会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項,5項)などに照らせば,以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。」
「そうすると,会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。」(以上、最二小判令和3年7月19日(令和元年(受)第1968号)判決PDF2~3頁、強調筆者、以下同じ。*1))

結論としては原審の東京高裁判決破棄、差戻し、ということで、早速、メディアでも報じられているのだが、最高裁判決ということもあって、記載されている事案の概要には必要最小限の情報しかなく、引用した上記判旨も一読しただけでは当たり前のことを言っているようにしか思えない。

さらに、多数意見がこれに続けて述べる「更に審理を尽くして判断すべき」列挙事項だったり、草野裁判長のいつもながらの雄弁な補足意見なども、これを読んだだけでは、何が言いたいのかピンとこなかった、という方は多かったのではないだろうか(少なくとも自分はそうだった)。

最高裁判例は、下級審で認定された詳細な事実と、下級審で裁判所が示した判断内容を丹念に追ってこそ初めて理解できる、というのはよく言われることだが、この事件もその典型例、ということで、以下、手持ちの判例DBで確認した中身をかいつまんで紹介しておくことにしたい*2

千葉地判平成31年2月21日(平29(ワ)第110号)*3

本件の始まりは千葉地裁での第一審、原告は、昭和32年に設立された,一般製版印刷業等を目的とする資本金9600万円の株式会社、一方被告は公認会計士及び税理士の資格を有し、昭和31年から自らの会計事務所を経営、昭和42年7月25日から平成24年9月1日まで原告の監査役を務めていた大正12年生まれの方である*4

最高裁判決に出てこない情報としては、原告の会社が「定款には監査役の監査範囲を限定する旨の定めはなかったが,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律1条8号による廃止前の株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律1条の2第2項所定の小会社で,かつ,公開会社でない株式会社であったことから,監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨を定款に定めているとみなされている(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律53条)」会社であった、ということ*5。さらに被告は所員を補助者として用いており、原告の監査も実質的に行っていたのはその補助者であった、ということだろうか。

最高裁判決ではさらっと書かれている「横領行為」に関しても、平成18年5月に原告に入社した元社員が、翌平成19年2月から、「三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)八千代支店の原告名義の当座預金口座(以下「本件口座」という。)の預金をB名義の普通預金口座に移し替える方法により・・・(中略)・・・前後126回にわたり別表「横領年月日」欄に記載の日に,対応する「横領金額」欄記載の金員を横領した上で(略),本件口座の残高証明書を偽造した」という生々しい形で認定されている*6

このような前提事実の下で、「本件各横領行為に関する被告の任務懈怠の有無」が激しく争われることとなった。

・監査に際して残高証明書の原本の提示を求めることを怠った
・代替的監査手法も行っていない。
・結果、帳簿上の残高の存在の確認ができていなかったのは、監査役の任務懈怠に他ならない。

と主張する原告に対し、

・最初の監査の際に「残高証明書の原本」として精巧なカラーコピーを提示されており、それが「写し」であることを見抜けなかったことに過失はない。
・仮に元社員に原本の提示を求めたとしても、そのまま提示するとは考えられず、同様にカラーコピーを提示することが合理的に予想されるから、横領行為が発覚したということはできない。
・横領行為が長年発覚しなかったのは、入社したばかりの社員にインターネットバンキングの管理権限を独占的に与えてしまった上に、当初4名(管理担当取締役、管理部長、管理係長と、「専門職(スペシャリスト)」である元社員による構成)、後に3名(管理係長の異動により元社員の上司は担当取締役と管理部長だけになった)という不十分な体制の下、口座の入出金状況等をほとんど監督していなかったためである。

といった反論で応戦する被告側。

地裁判決では監査役監査に関する文献」として、日本監査役協会監査法規委員会編集の「監査役監査実施要領」から、同協会のワーキング・グループが出した「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル」、「新任監査役ガイド」、守屋俊晴著『監査の実践技法[第2版]』、重泉良徳著『中小会社・ベンチャー企業監査役業務とQ&A[3訂版]』、『監査役監査のすすめ方[9訂版]』、高橋均編著『実務解説監査役監査』といったところまで、多数の文献が取り上げられ、そこに書かれた監査役による資産実在確認のプラクティスが引用されていて、さながらこの分野に係る”基礎講座”的な様相まで呈しているのだが、引用された文献のトーンが必ずしも同じではない、という面白さもある*7

そんな状況で千葉地裁が示したのは、監査役の任務懈怠に関する以下のような判断だった。

「資産の実在性に関する監査の具体的方法について検討するに,監査役監査に関する文献等において,資産が実在していることを確認する方法について,預金の残高証明書,受取手形,有価証券,売掛金,貸付金等の残高確認,期末棚卸表,固定資産台帳等の原本の確認を要求するように直接的かつ具体的に指摘した記載は見当たらない。しかし,前記のとおり,①原告のように会計監査人が設置されていない会社においては,監査役の会計監査における資産の実在性に関する監査の重要性が極めて高いこと,②被告は,公認会計士及び税理士としての専門的能力を買われて監査役に選任されており,より高い水準の善管注意義務を負っていたことに加えて,③「中小会社・ベンチャー企業監査役業務とQ&A〔3訂版~6訂版〕」においては,現金預金の残高を監査する大事なポイントは正の残高証明とチェックすることであり,絶対にコピーとチェックしてはならず,その理由として,コピーは一見信用できそうにみえるが,改ざんされていることがあること等が指摘されていること(前記認定事実(3)カ参照),④「監査役監査の基本がわかる本」においては,貸借対照表の現金及び預金の監査における留意点として,預金は,流動性が高いことから不正リスクは高い等と指摘されていること(前記認定事実(3)ク参照),⑤「実務解説監査役監査」においては,会計監査人が非設置の場合や監査範囲が会計監査に限定されている会社では,実査・確認による手続のウエイトが比較的高くなること等が指摘されていること(前記認定事実(3)ケ参照),⑥残高証明書の原本確認は通常容易なはずで(本件でも,被告は原告に赴いて監査を実施していたのであるから,原本を一時的に借り出すことは容易であった。),たまたま別の用途に用いられている場合でも,例えば本件サービスを利用してその場で残高照会を行うことによる確認も考えられることなどを併せ考えれば,被告は,原告の会計監査の際にBから提供される本件口座の残高証明書の実査に当たって,預金の不正リスクが相対的に高いことを念頭に置き,提供された本件口座の残高証明書が写しの場合には,残高証明書の原本又は当座勘定照合表の原本の提示を求めるべき注意義務を負っていたと認められる。」
「したがって,被告及びその補助者であるDは,提供された本件口座の残高証明書が明らかに写しであることを認識しながら,Bに対し,残高証明書の原本又は当座勘定照合表の原本の提示を求めることが容易であるにもかかわらず,これらを怠り,漫然と,残高証明書の写しを実査する方法のみで本件口座の預金の実在性を監査しており,本件各横領行為に関する被告の任務懈怠が認められる。」

地裁判決も「会計監査における監査役の任務」の一般論としては、「会計監査は,既に作成された計算関係書類の正確性の確認であって,経理事務の全てを追体験することと同義ではない以上,棚卸資産を全て独自に確認したり,記帳された個々の取引全てについて,原始帳票の原本に当たって確認したりするようなことが常に要求されているわけではなく正確適正な経理処理が行われていることを確認できる要所要所の確認をまず行い,その際に疑義が生じた部分について,より詳細な確認を行う方法で行うことも許されるというべきである。」と述べるにとどまっており、あらゆる場面で原本照合等を求めているわけではない。

ただ、本件の会社において経理担当者が少なく、相互点検が働きにくいことが考えられ、相対的には不正確又は不適正な経理の蓋然性が高くなっていた」という事情に加え、以下のような被告の”属性”に由来する高度の義務を裁判所が認めたことで、被告にとっては厳しい判断が下されることになった。

被告は,公認会計士及び税理士としての専門的能力を買われて原告の監査役に選任されたものと推認され,これを覆すに足りる証拠はない。そうすると,被告は,その専門性を発揮した監査を行うことが期待されていたものと認められ,被告が原告の監査役として負う善管注意義務の水準は,公認会計士及び税理士としての専門的能力を有さない一般的な監査役善管注意義務の水準よりも高く,これに応じた具体的な監査手法を採る義務があったといわざるを得ない。」

結論としては、元社員が「白黒コピーで偽造した残高証明書」を監査に際して提示した平成20年5月31日決算の監査日から被告が監査役を退任する平成24年5月31日決算の監査日までの間に横領した額について被告の任務懈怠との相当因果関係を認め、計5763万1108円∔遅延損害金の賠償が命じられることとなったのである*8

会社側の管理体制にも明らかに問題がある、と言えるような状況でも「だからこそ監査役が高度の義務を負うのだ」(しかも、あんたは公認会計士なんだから)的な理屈で、元監査役に高額の賠償を命じたこの判決は、世の”名ばかり監査役”の危機感を惹起する、という意味では極めてインパクトのあるものだったといえるだろう。

だが、当然の如く猛反撃に出た被告側の反論が功を奏したのか、僅か1年半で結論は大逆転する。

東京高判令和元年8月21日(平31(ネ)1178号)*9

本件の控訴審においても、認定された事実自体は一審(千葉地裁)のそれとほとんど変わりはなく、結論がひっくり返る事実審でありがちな「判断の基礎となる重要な事実の認定が180度変わる」というようなことが起きたわけではない。

しかし、結論は「請求全部棄却」

そして、判断の核となったのは、会計限定監査役の義務にかかる以下の説示であった。

「会計限定監査役会社法389条,436条1項,会社法施行規則107条,108条及び会社計算規則121条から124条までの規定により監査を行う場合においては,会計帳簿の信頼性欠如が会計限定監査役に容易に判明可能であったなどの特段の事情のない限り,会社(取締役又はその指示を受けた使用人)作成の会計帳簿(会社法432条1項)の記載内容を信頼して,会社作成の貸借対照表損益計算書その他の計算関係書類等を監査すれば足りる。会計限定監査役は,前記のような特段の事情がないときには,会社作成の会計帳簿に不適正な記載があることを,会計帳簿の裏付資料(証憑)を直接確認するなどして積極的に調査発見すべき義務を負うものではない。」

高裁は、その理由として、

使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは,取締役(当該使用人の上司たる使用人(管理職等)であって取締役の指示を受けたものを含む。)の業務である。使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは,会計限定監査役の本来的な業務ではないと考えられる。」*10
「会計帳簿を適時に正確に作成すべき義務を負うのが株式会社,すなわち取締役(略)及びその指示を受けた使用人(略)であって,会計限定監査役ではないことは,会社法432条1項の規定から明らかである。使用人(略)の不正を最もよく監督・防止することができる者は,取締役(略)や上司たる使用人(略)であって,会計限定監査役でないことは,明らかである。」

という、「取締役・業務執行者と監査役の役割分担」の視点を強調した上で、

「会計限定監査役は,会社の使用人に対する指揮命令権を有しないし,銀行などに対して会社の預金残高証明書を請求する権限も有しない。会計限定監査役は,貸借対照表の資産の部の適正を調査するためには,会計帳簿(各資産の台帳等)を調査すべきである。しかしながら,資産の現物の実在性を工場や倉庫などに赴いて実査することを会計限定監査役に要求することは,困難である。特に,流動資産のうち有体物(原材料,仕掛品,在庫商品,その他)の数量・価値を,会計限定監査役が工場や倉庫などに赴いて実査することは,不可能に近いことである。固定資産(不動産など)の価値評価についても同様である。これらは,会計帳簿(各資産の台帳等)の記載を信頼して,台帳等の記載が貸借対照表その他の計算書類に正しく反映されているかどうかを点検することで満足するほかないのが通常であるこれ以上のことを会計限定監査役の任務とすることには,無理があると考えられる。」

と実態面からも、「一般的な義務」として監査役に”会計帳簿の裏”まで取らせることの難しさを指摘する。

そして、

「当裁判所も,中小零細企業における会計限定監査役の監査の実際のプラクティスとして,預金など裏付資料(証憑)の確認が極めて容易なものに限っては,銀行発行の残高証明書原本等の原始証憑の確認が励行されることが望ましいと考える。」

と述べつつも、

「しかしながら,預金に限って,残高証明書原本等の確認懈怠が常に善管注意義務違反に該当するということは,困難である。」

として会計監査の場面において、監査役に高度な義務を課すことを拒んだのである。

さらに、被告(控訴人)の属性に関しても、「第1審原告から,監査役が遂行すべき任務内容に関する特別の要望等を受けたことはない」という前提を元に、

「第1審被告が会計限定監査役として負う善管注意義務の水準は,一般的な会計限定監査役のものと同程度というべき」

と、地裁とは真逆の結論を示した*11高裁判決は、加えて最後に強烈な一撃を放っている。

「使用人の不正を防止すべき第1次的な責任を負うのは,取締役及びその指揮命令を受ける管理職(上司)たる使用人であって,会計限定監査役ではない。また,正確な会計帳簿を作成すべき第1次的な義務を負うのも取締役及びその指揮命令を受ける管理職(上司)たる使用人であって(会社法432条1項),会計限定監査役ではない。本件においては,前記第5の3(1)アで認定したとおり,本件各横領行為当時の第1審原告の経理担当取締役であった第1審原告代表者及びCは,本件口座の取引状況について,本件サービスを利用して銀行が管理する本件口座の残高を日々自ら直接確認したり,半期に一度の経理監査において銀行発行の残高証明書(原本)を自ら直接徴求して確認したりすることは,極めて容易であった。このような作業を行っていれば,Bの本件各横領行為は,その実行が事実上不可能であったか,極めて早期の段階で容易に発見することができた。しかしながら,第1審原告代表者及びCは,このような容易な監督作業を怠り,毎日の取引チェック及び半期に一度の経理監査を行いながら,本件各横領行為には一切気付かなかったものである。そうすると,本件各横領行為の発生については,会計限定監査役たる第1審被告よりも,取締役たる第1審原告代表者及びCの方が,はるかに容易に防止することができる立場にあったものであって,取締役の善管注意義務違反こそ検討されるべきであるそれにもかかわらず,第1審原告の現在の取締役会は,歴代の又は現在の取締役に対する損害賠償請求を一切しないで,会計限定監査役であった第1審被告に対してのみ本件のような損害賠償請求を行っている。また,Bによる本件各横領行為が行われていた期間(平成28年7月1日まで)と在任期間が重なる他の監査役ら(H及びI)又はその相続人に対する損害賠償請求を行わずに,第1審被告に対してのみ損害賠償請求をすることも,著しくバランスを欠く措置である。」
「このように,一部の取締役又は監査役だけを恣意的,狙い打ち的に損害賠償請求の対象とすることは,業務の適正(取締役の職務執行が効率的に行われ,監査役の監査が実効的に行われること)を確保するための体制(内部統制システム。会社法348条3項4号,362条5項,会社法施行規則98条1項3号,同条4項7号)の規定の趣旨に反する。第1審原告のような小会社は,会社法所定の内部統制システムを構築する義務はない。しかしながら,そのような株式会社であっても,会社の現在の取締役が,歴代の又は現在の取締役及び監査役のうち,恣意的に一部の取締役又は監査役だけを対象として,理由なく狙い打ち的に損害賠償請求をすることは,現在及び将来の取締役又は監査役に,会社(取締役会・代表取締役)に対する信頼感や善管注意義務を履行しようとするモチベーションを喪失させ,ひいては取締役の職務執行又は監査役の監査の実効性,効率性を損ない,会社の業務の適正の確保を危うくするものである。」
「以上の点を考慮すると,第1審原告の請求は,信義則違反であり,権利の濫用でもあるというべきである。このような観点からも,第1審原告の請求を認容するには,無理があるというほかはない。」

この項の冒頭で紹介した「会計限定監査役の義務」に関しては、さすがに緩すぎる、と考える方が多数出てきても不思議ではない*12、と自分も思うし、最高裁が多数意見で指摘したのもまさにそこだった。

また、高裁判決が最後に述べた「信義則違反」は、文脈上、結論を下した後の”傍論”に過ぎない、と判断したのか、最高裁判決では一顧だにされていない。

ただ、本件の「明らかに会社の管理体制に問題がある」という事実関係を繰り返し眺めた後に一連の高裁判決を読むと、こうでもして一審被告を救ってあげないと気の毒だ、一審被告にだけ横領行為による損害の責任をかぶせるのはおかしいのではないか、という感覚に襲われるのも確かで、理論構成としてはともかく”大岡裁き”としての結論の妥当性には首肯しうるところが多々あったように思われる。

第二小法廷が差戻審に与えた宿題

ということで、本件で目まぐるしく揺れ動いた、計算書類等の適正性を担保するために真に責任を負うべきなのは誰か?というテーマに関しては、冒頭でご紹介した最高裁第二小法廷の多数意見により、(一般論としては)「監査役が一定の調査義務を果たすべき」だよね、という結論で一つの決着を見た。

もっとも、ならこれで、本件の事案へのあてはめも地裁判決のレベルにまで戻るか、といえば、既に何人かの識者が指摘されているとおり、そう単純な話にはならないような気がする。

というのも、今回の第二小法廷の判決では、差戻審で判断されるべき考慮要素が、以下のようにかなり長々と書かれているからだ。

「被上告人が任務を怠ったと認められるか否かについては,上告人における本件口座に係る預金の重要性の程度その管理状況等の諸事情に照らして被上告人が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり,また,任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。」(3頁)

そしてその心は、今回裁判長を務めた草野耕一裁判官の補足意見の中で、さらに詳細に解説されている(さすがに地裁判決、高裁判決と追って読んでみると、草野裁判官が何を仰りたいか、ということも、おぼろげながら分かってくる)。

「会計限定監査役は,公認会計士又は監査法人であることが会社法上求められていない以上,被上告人が公認会計士資格を有していたとしても,上告人の監査に当たり被上告人にその専門的知見に基づく公認会計士法2条1項に規定する監査を実施すべき義務があったとは解し得ないという点である(会社計算規則121条2項が同法2条1項に規定する監査以外の手続による監査を容認しているのはこの趣旨によるものであろう。)。次に,監査役の職務は法定のものである以上,会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合は格別,そうでない限り,監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないという点である。」
「被上告人の具体的任務を検討するに当たっては,上記の各点を踏まえ,本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば,本件口座がインターネット口座であることに照らせば,被上告人が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。なお,会計限定監査役にはその要求を行う権限が与えられているように思われる(会社法389条4項2号,同法施行規則226条22号参照)。)を想定し,本件口座の管理状況について上告人から受けていた報告内容等の諸事情に照らして,当該行為を行うことが通常の会計限定監査役に対して合理的に期待できるものか否かを見極めた上で判断すべきであると思われる。」
「なお,平成19年5月期の監査の際に被上告人に提供された本件口座の残高証明書は本件従業員によりカラーコピーで偽造されたものであり,平成20年5月期以後の監査の際に被上告人に提供された残高証明書は本件従業員により白黒コピーで偽造された写しであったとの原審認定を前提とすると,平成20年5月期以後の監査の際に被上告人は本件口座の残高証明書の原本等の提示を求めるべきであったといえるか否かについても検討を要すると思われるが,その際には,平成19年5月期の監査の際に提供された残高証明書につき,被上告人がこれをどのようなものとして認識したか,これと平成20年5月期以後の監査の際に提供された上記写しとの形状・様式・内容の相違の有無・程度,被上告人の会計管理システムの仕組みや態勢,上記のカラーコピーの残高証明書と同様の形状・様式・内容を備えた残高証明書の作成の難易等を考慮して,上記の提示の求めが本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる行為といえるか否かについて慎重に判断する必要があると思われる。」(4~5頁)

前半の「監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるわけではない」といった指摘は、地裁と高裁とで判断が分かれていた「被告が公認会計士であること」の評価について、高裁の判断を維持すべき、ということを強く示唆するものであり、「補足意見」という位置づけ上、理論的に差戻審を拘束しうるものではないとしても*13、個人的にはできれば拾ってほしいところだと思うし*14、拾われた場合には、「会計限定監査役の義務」の一般論とは別に、本件へのあてはめの結論を大きく変える可能性が出てくることになる。

また、「資産の実在性監査のプラクティス」を実践したら横領行為を止められたのか、というのも実に大きな問題で、草野裁判官の「慎重に判断する必要がある」という言葉をストレートに読むならば、この点についても地裁判決ほど安易に相当因果関係が認められることにはならないのでは?という想像も湧いてくるところである*15

いずれにしても、差戻審で判決まで行くようなことになれば、どう転んでも注目を集めることは必至だけに、東京高裁が第二小法廷の宿題をどう捌くのか、しばらく状況を見守っていきたいと思っている。

*1:第二小法廷・草野耕一裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/486/090486_hanrei.pdf

*2:なお、この事件の高裁判決には、ジュリストの弥永真生教授の速報解説のほか(自分もチラと拝見した記憶だけはあるが、評価がどちらだったかも今ひとつ思い出せない体たらく・・・)、金融・商事判例等の商事系雑誌に多数の評釈が出されているようで、今更紹介されるまでもない、という方は多いと思われるが、そこはご容赦いただければ幸いである。

*3:民事第5部・高瀬順久裁判長

*4:就任時は44歳だが、退任時は90歳近く。任務懈怠と指摘されている平成20年7月の監査日の時点で既に80歳を優に超えられていた。

*5:今でも結構な数、世の中に残っていて、成り行き、お付き合いで監査役・・・というパターンが多い類型の会社でもある。

*6:結果的に、平成28年7月6日、銀行からの指摘により横領行為が発覚し、313万3160円の弁済を受けたものの、横領された金員の総額は、横領行為の開始後最初の監査日である平成19年7月8日以降のものだけでも2億2199万円9356円に上る(原告はうち1億1000万円を本件訴訟で被告に請求している)。当然ながら当該社員は横領行為の発覚後に退職しているが、会社の処分としてはなぜか「諭旨解雇」。しかも、翌年、会社から損害賠償請求訴訟を提起された直後に死亡して訴え取り下げ、というある種の数奇な経緯を辿っている。

*7:引用されている文献の中には、「監査を行うに当たり監査役が自ら調査を行わないで,経理・財務等の担当部門に尋ねるのもよし,また会計監査人に問い合わせるのもよい。専門の部門等に尋ねることにより調査省略ができ,監査の効率も上がるというものである。また他部門等の活用により監査役の会計監査に対する嫌悪感や難儀感を軽減させることができると考えられる。」とまで書かれているものもあったりして、この世界もいろいろだな、ということが感じられた。

*8:なお、被告の過失相殺の主張に対しては、原告の担当役員らが監督すべき注意義務に違反したことは認定したものの、取締役と監査役は連帯して会社に責任を負う(不真正連帯債務となる)ということを理由に退けた(千葉地裁は被告と原告役員との責任分担は「求償することによって解決を図るほかない」としている)。

*9:第11民事部・野山宏裁判長

*10:高裁はこれに続けて「監査役や銀行による計算書類や会計帳簿のチェックを信頼していれば、取締役は監督を怠っていても免責される」かのような原告側の主張は「論外」とまで断言している。

*11:地裁では「監査役就任当時の物価を前提とすれば、必ずしも低額ではない」と評価された年額36万円の報酬についても、高裁は「平成20年前後における年額36万円(月額3万円)は,公認会計士の専門知識を生かした本格的な監査の報酬としては非常に低額である」と至極真っ当な評価をした上で、「報酬の点は,第1審被告の善管注意義務の水準を通常と異なるものと評価すべき根拠とならない」と結論づけている。 このように第一審原告(会社)に対しては極めて厳格な姿勢を、翻って第一審被告(監査役)に対しては極めて寛容な姿勢を取り続けた((もっとも、高裁も、監査時に海外旅行中で自らは何の作業も行わず,全ての監査作業を補助者に一任して行わせていた平成21年の監査に関しては一審被告の任務懈怠を認めている(一審被告が自ら監査しても横領行為を発見することはできなかった、として相当因果関係を否定することで一審原告の請求はここでも退けているが)。

*12:この高裁判決に対して書かれた評釈にはほとんど目を通せていないが、おそらく批判的な評釈が多数を占めているのではないかと推察する。

*13:多数意見において積極的に「考慮要素」として挙げていないことをもって、「被告が公認会計士であることを考慮してはいけない」と解すべきとまで言えるかは少々疑問がある。

*14:これは会計士だけの話ではなく、監査役に就任した者が弁護士の資格を持っている、公認不正検査士の資格を持っている、といった場合に、高度の調査義務、不正探知義務を負わせるのか、ということにもかかわってくる議論だと思われるだけに・・・。

*15:ただし、個人的にはどんなに”精巧”なカラーコピーでも、5年、6年と続けていれば、どこかでボロが出た可能性はあると思っているし、そもそも最初の監査の時に「精巧なカラーコピー」を使っていた元社員が、2回目以降は「白黒コピー」の写しで済ませようとしたこと自体、最初の監査があまり”緩かった”、ということではないかと思うので、慎重に検討した結果、「やっぱり因果関係あるよね」という結論になる可能性も十分にあると予想しているところではある。

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