「社外役員」を連れてくれば足りるのか?

最近、様々な企業不祥事が話題になっていることもあって、「社外取締役」や「社外監査役」といった社外役員にスポットを当てた議論が再燃している。

先日公表された「会社法制の見直しに関する中間試案(第1次案)」でも、社外取締役の選任義務付け、監査・監督委員会設置、といった提案が前面に出されているし*1、5日付の日経紙では、丸々一面を割いて、法務面で「社外役員の再生」というテーマで識者の意見が紹介されている*2

確かにボードメンバーに「社外」の人間がまったくいない環境で、オーナー一族が暴走して・・・なんてタイプの不祥事を見かけると、とにかく「社外役員」を連れてきて仕事させろ!というタイプの意見が出てきても不思議ではないだろう。

何かあるたびに燃え上がり、何もない時もくすぶり続け、そして今再び脚光を浴びているこの種の議論。
特に日経紙は熱心だ(笑)*3


だが、会社の中で何年も仕事をしてきた人間としては、果たしてこの種の「社外役員」導入の議論にどれだけの意味があるのか?ということを、気にしないではいられない。

多くの論者が指摘しているように、「社外」役員、という制度には、2つの大きな問題点がある。

一つは、日常的な業務ラインにじかに接しておらず、過去にその会社の中で業務にかかわった経験もない人が、外からやってきて、その会社の日々の業務の中で生じている“不祥事の種”を見つける、というのは、かなり難しい仕事であること。

もうひとつは、「社外役員」という立場で会社の中に入り、経営監視のために積極的な活動をしようとしても、その手足として動けるスタッフの体制が十分に整っていない、ということ。


特に指摘されることが多いのは前者だが、こちらについては、業界(特に監査役業界)で様々なノウハウが蓄積されてきていて、“危険信号”を発見するために、どこを見て、何をすべきか、ということも、それなりに共有化されつつあるし、同じ会社の社外役員を長く勤めていれば、ある程度見えてくることもあるだろう*4

だが、後者についてはどうか。

社外監査役の場合、どの会社も、内部統制の観点から、監査役に「経営・業務執行ラインから独立したスタッフ」を整える、という方針を示していることから、一見盤石のようにも思える。

しかし、入社以降、キャリアを終えるまで、経営・業務執行側の人事ローテーションの中に入り、そこで高い評価を受けることが良い人生につながる、と考えて疑わない人が多数を占める日本企業においては、「監査役」の側に入る、というのは結構“命がけ”だ。

人事サイドだって、真のエース級の人材をそこに送りこんで、自らの制御下から手放すようなことはまず考えないし、仮に間違って腕利きが紛れ込んだとしても、(自身の強い希望で)早々と戻ってきてしまう。しかも、監査役側の仕事が終わった後は、また通常の業務執行ラインに戻される、ということが分かっているから、優秀な人ほど、監査役の下で張り切り過ぎて残りの会社人生を棒に振る、というリスクを回避しようと努める傾向にある・・・*5

社外取締役に至ってはもっと気の毒だ。

大抵は非常勤で、自己のコントロール下にある部下も社内にはいない「社外取締役」が、月に1度、取締役会の場に出てくる決議事項、報告事項の資料*6を見せられ、型どおりのご説明を受けて、セレモニー的な役会に出席したところで、一体何ができるというのだろう。

“一応審議しました”というアリバイのためだけに、議事録に記される「大所高所的見地からのご意見」。
実際の業務運営には毒にも薬にもならない、その類のコメントが、毎月吐かれては消える・・・。


結果的に会社に大きな損害を与える大規模プロジェクトには、大抵、始める前から何らかの経営上の、あるいは法令上のリスクが露呈している。

事務方レベルでは再三にわたって警句を発していても、担当役員の強いこだわりで結局やることになった、そして数年後大幅な損失とともに撤退した、なんて話は、決して少なくない*7

重大なリスクに真っ先に気付くべき人たちがそのリスクに対して見て見ぬふりをしたまま、取締役会で「企業体として意思決定した」というお墨付きを得ようとするまさにその瞬間、押し切られた側の人間としては、しがらみのない社外役員がせめて一矢を報いてくれやしないだろうか、と、最後のかすかな期待をする。

だが、そんな期待に応えてもらった、という経験は、筆者には皆無だ。
役員の息がかかったスタッフが狡猾に作り上げた「ご説明資料」を目に前にして、その裏を読み解くだけの力がない「社外」の人々に、そこまでのことを期待しても到底無駄なのだ、ということは、長い間会社にいる人間なら、大抵分かっている*8

そして、こういう実態が、社外役員その人の能力に起因するものではなく*9、社外役員が置かれている環境、特に、真の手足として動かせる優秀なスタッフをもたない、というところに最大の問題がある。

自分の手足を会社の中に持たない以上、どんなに強い意欲があっても、目の前に差しだされたものをそれ以上掘り下げるのは難しいし、結果として、毎月の議事録に印鑑を押すだけの存在になり下がってしまうのは必然なわけで、それを本人の問題として責めるわけにはいかない*10

元々、紙の上だけで取締役会をやっていて、実際にはワンマン社長が巨額の設備投資から愛人のお手当まで決めてしまう・・・という会社であれば、「社外から人を連れてこい」という議論だけで十分かもしれないが、一応は、会議体としての取締役会が存在していて、監査役会も制度的に整っている会社、しかも既に社外から連れてきた取締役、監査役が存在するような会社の場合、「社外役員の導入」という議論自体があまり意味をなさないし、かえって、自分の権限を強化したい会社のトップが、“カラスが白いことを正当化する”舞台装置として、お飾りの社外役員をひな壇に据えて利用する・・・というリスクもはらんでいる*11

「社外役員」導入の議論をするのであれば、先に挙げた2つの問題点を意識した上で、「社外役員」の限界を深く考えた上で議論してもらわないと、“飾り花だけ増えて、かえって企業統治が劣化した”ということになってしまうのではないか、と自分は危惧している。


なお、個人的な意見としては、「社外役員」を導入するのであれば、セットでそのスタッフの充実を図ることも義務付けるべきだと思う。

特に、社外取締役監査役に、能力を把握している外部スタッフ*12の採用権限を与え、手足として動かせる体制を整えることは必須の要素だと思う*13

そして、そういった外部スタッフと、社内の事情に精通した生え抜きの人材を組み合わせ、社内からの内部通報等をダイレクトに受けられる体制を構築することによって、真に取締役、監査役としての職責を果たせるのではないだろうか。

また、このような社外役員のサポート体制を制度化し、複数の会社で社外役員支援業務を経験した人材が育成されていくことによって、社外役員の「人材不足」という問題も、いずれ解消されることが期待できる。


たった1人の社外取締役の選任を義務付けることにすら抵抗する声がチラホラ聞こえる今の世の中で、こんな提案がすんなり通るとは全く思ってはいないが、「スタッフ強化」をセットにしない“社外役員積極導入論”は、百害あって一利なし、だけに*14、誰か本気で取り組んでくれないかなぁ・・・と思うところである。

*1:http://www.moj.go.jp/content/000081170.pdf

*2:日本経済新聞2011年12月5日付け朝刊・第19面

*3:前記、法務面で紹介されている識者意見も、アプローチの違いこそあれ、社外取締役、社外監査役の意義についてネガティブな意見を述べるものは皆無である。

*4:それでも、形式を整えるためだけに存在している人々、というのは、決して少なくないのが現状ではないかと思うが。

*5:そういう人は、監査役スタッフの肩書を持ちながらも、執行サイドの意に沿った舞台回しをする、ある種の諜報員のような役割を担わざるを得ない。

*6:それも会社の中で優秀なスタッフ陣が何度も手を入れ、一寸の隙もなく作り上げられた代物だ。

*7:そして、その頃になると、旗を振った役員は、プロジェクトを始めた「功績」だけ評価されて、もっと上の安泰なポジションで高みの見物をしていたり、関連会社の社長で悠々自適の生活をしているなんてことも多い。下っ端は軒並み責任を取らされても・・・。

*8:むしろ、こういう時は、旗振り役の反対側にいる取締役なり、大物幹部を動かした方が、リスクを最小限に食い止められる可能性は高くなる。

*9:むしろ社外役員として選任されるような方は、社会一般的に言えば、能力的には遥かに高い人が多いだろう。

*10:そもそも、社外取締役にしても社外監査役にしても、株主のために存在しているのであって、社内の下々の意見を汲み上げるためにいるわけではない、というご意見もあるかもしれないが、リスクに一番身近なところで働いている人間の思いも叶えられないような社外役員が、株主の信託に応えられるはずもなかろう・・・というのが、現場からキャリアを積み上げてきた我々の感覚である。

*11:ある程度の規模と歴史のある会社の場合、取締役間の牽制機能というのも決して無視できないレベルで存在している(例えば出世を争っている同期の役員同士だったり、会長・副会長・社長間のライバル関係だったり)ものだが、社外役員を増やす、ということは、そういった「対等なライバル」同士が同じ舞台に立つ機会を減らすことにもなりかねない。

*12:公認会計士や弁護士といった専門士業のスタッフでも良いし、企業や官庁で仕事をしていたかつての部下を引っ張ってくる、というのもありだと思う。

*13:手足がないお飾りの社外役員を多数選任して報酬を支払うくらいなら、社外役員は1人でも、そのスタッフの人件費に費用を費やした方が、会社にとってはよほど有益だと考える。

*14:それなら「内部通報者保護制度の強化」等、別のアプローチで行った方が、まだ企業統治、内部統制体制の健全化につながるのではないかと思う。

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