これぞ契約の「教科書」

最近、少し時間が取れたこともあり、久しぶりに新書等をいくつか読み終えることができたので、何回かに分けて、感想などを書き残しておくことにしたい。

まず一冊目は、あちこちで評判になっている福井健策弁護士の新刊である。

ビジネスパーソンのための契約の教科書 (文春新書 834)

ビジネスパーソンのための契約の教科書 (文春新書 834)

弁護士として第一線でご活躍されながら、ここのところ、毎年のように話題作を世に送り出されている福井先生だが、この作品も間違いなく「読まねばならぬ一冊」といえるだろう。

しかも、法務業界の人間だけでなく、より広い範囲の方々に読まれるべき本、ということで、まさに「新書」という媒体にふさわしい一冊だと思う*1

法務業界人の視点からのコメントは、既に様々な方が書かれているし、最近でもdtk先輩が、とてもコンパクトに(だが端的に)この本の素晴らしさを語ってくださっている*2ので、今さら長々と自分が書くのは気が引ける。

ただ、何といっても、自分が凄い、と思ったのは、

「これだけ分かりやすい語り口で、契約初心者が知っておくべきあれこれを満遍なくフォローしていながら、“プロでこそ”の「本当に大事な部分」を決して落とさずにきちんと強調されておられること」

というところで、この点についてだけは、やはりコメントせずにはいられない。

初心者向けに契約の話をしようとすると、とかく、「及び」「又は」の話から、ハンコの押し方だの印紙税だの・・・と、総花的になってしまい、何が一番大事なことか? というメリハリが、どうしても付けにくくなってしまいがちだ。

だが、この本の中では、一通りの基本を漏れなく押さえた後に、でも・・・・とばかりに次のような話が出てくる。

「『契約書入門』の章でお話ししたとおり、契約書には色々な専門用語があります。時おり、そうした契約用語を駆使して、格調高い契約書を作ることじたいが目的化している方がいます。「甲乙丙丁」に怠りはありません。「及び」や「又は」の開く・閉じるには強いこだわりがあり、文末は当然「ものとする」です。彼らにとって契約書のチェックとは、要するに相手の文章表現の添削です。」
時間の無駄です。会社はそんなことのために契約担当者に給料を払っているのではないのです。」
(192頁、強調筆者)

そうそう、これこれ。

この一節を読んだ時、心の底から拍手を送りたくなった(笑)。

これは、福井弁護士が“まとめ”の章で書かれている3つの「黄金則」の一つで、結論としては、「契約は、「明確」で「網羅的」に作ることこそ意味があり、それができていれば些細な契約表現に拘泥する必要はない」というところにつながってくるわけだが、チマチマした“用語の使い分け”を語って「専門家になったつもりのドーナツ的担当者*3」を増殖させがちな世俗的“契約(用語)マニュアル”に辟易している者にとっては、こういうふうに、本質をビシッと付いてくれる本の存在は、実に有難いと思うわけで*4

できるなら、この本の著者ご自身に、本書の語り口そのままに、ご講演いただけたらなぁ・・・などと思ってしまう。


なお、前半に出てくる、“コンテンツ関係の契約をめぐる怖い話”(笑)も、自分のこれまでの仕事柄、大変興味深く読ませていただいたのだが、さすがにハリウッド相手の強烈な契約の事例だけで、「契約とはそういうものだ」と思ってしまってはいけないわけで*5、この辺は、読む側の“読解力”が問われる場面ではないか、と思うところである。

もちろん、裁判所における現状の「日本的契約解釈手法」がいつまで維持されるか、は保証の限りではないし、国際競争の観点からも、日々の仕事により良い刺激を与える、という観点からも(苦笑)、「もっとシビアに主張し、交渉すべき」というご指摘については、自分も全面的に賛成するところなのであるが・・・。

*1:会社で言えば営業の人とか総務の人とかにも有意義な中身になっているし、ビジネスとは無縁に人生を送っている方々であっても、絶対に読んで損はない、そんな本である。

*2:http://dtk2.blog24.fc2.com/blog-entry-2053.html

*3:「何がこの契約の獲得目標なのか」という肝心なところを押さえないまま、形だけ整えることに執着する人々。

*4:さらに言えば、この次の黄金則に出てくる、「リスクの大小を意識しながら、どこまで契約書の作成に手間暇をかけるかを考えるべき」というくだりにも、我が意を得たり・・・と思うところが多かった。

*5:裁判所が契約内容の決定にかなりの程度関与してくる国内契約はもちろんのこと、外国企業との契約でも、“日本的ビジネス手法”が生きることは決して少なくない(特に米国以外に拠点をもつ外国企業の場合は)。

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