「社外圧」をかければかけるほど・・・の皮肉。

実行開始の日が着々と迫り、ソワソワする人も増えてきたかな・・・という感じになってきた「東証市場再編」。そして、そこで生死を分ける重要な基準になるかもしれない「新・コーポレートガバナンス・コード」もベールを脱ぎつつある。

8日の有識者会合で何らかの案が出る、という話はちょっと前から伝わっていたから、何が出てくるかと思っていたのだが・・・。

金融庁東京証券取引所は2021年春に改定する企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)で、取締役会に社外人材をより多く登用し、管理職も一段と多様化するよう経済界に求める。新型コロナウイルスの感染拡大などで事業環境が大きく変わるなか、多様な視点を取り入れて経営改革を促すのが狙いで、多くの企業は対応を迫られる。」(日本経済新聞2020年12月9日付朝刊・第7面)

この記事を読んで、正直拍子抜けした、という人も多かったのではなかろうか。

資料が出てきたのは、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」の会合で、資料としては「コロナ後の企業の変革に向けた取締役会の機能発揮及び企業の中核人材の多様性の確保(案) 」というもの*1

www.fsa.go.jp

前記記事の中でも要約されているが、骨子としては、

1.取締役会の機能発揮
・独立社外取締役の3分の1以上の選任を求めるべきである。
・それぞれの経営環境や事業特性等を勘案して必要と考える企業には、独立社外取締役過半数の選任を検討するよう促すべきである。
・取締役の選任に当たり、事業戦略に照らして取締役会が備えるべきスキルを特定し、その上で、各取締役の有するスキルの組み合わせ(いわゆる「スキルマトリックス」)を公表するべきである。その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含むよう求めるべきである。
2.企業の中核人材における多様性(ダイバーシティ)の確保
・上場企業に対し、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況の公表を求めるべきである。
・また、多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針をその実施状況とあわせて公表するよう求めるべきである。

といったところになるだろうか。

「独立社外取締役3分の1」という基準は、まだ比較的多い人数でボードを構成している老舗企業にとっては、ちょっと頭が痛いところなのかもしれないが、上場して日が浅い新興企業だと、元々取締役会の規模自体がコンパクトにできているから、「3分の1」をクリアするのはそこまで面倒ではない。

スキルマトリックスは、まぁ作ろうと思えばいくらでも作れる代物だし、「経営経験を有する」社外取締役も、1人くらいはどの会社にも大体いる。

何よりもっとも警戒する空気が強かった「ダイバーシティ」に関して、「目標」や「方針」レベルで済みそうなトーンになっている、ということで胸をなでおろした会社は多かったのではないだろうか。

今後議論する、とされている、

・ 指名委員会(法定・任意)の設置と機能向上(候補者プールの充実等の CEO選解任機能の強化、活動状況の開示の充実)
・ 報酬委員会(法定・任意)の設置と機能向上(企業戦略と整合的な報酬体系の構築、活動状況の開示の充実)
・ 投資家との対話の窓口となる筆頭独立社外取締役の設置、独立社外取締役の議長選任等
・ 取締役会の評価の充実(個々の取締役や諮問委員会等を含む自己・外部評価の開示の充実等)

といった項目の中身次第では、よりハードルが高くなる可能性もあるが、少なくとも今の雰囲気だと、「新コードにコンプライできそうもないから、プライム市場を断念する」という会社はあまり出てきそうな気配はなく、それがいいのか悪いのか正直分かりかねる・・・といったところだろうか*2

まぁ、どんなに贔屓目に見ても、この数年、取締役会に入る「社外」の役員が増えたことによって、取締役会の実効性が真に強化されたか、といえば、実態はむしろ逆で、見た目の議論は「活発化」したように見えても現場の経営そのものへのインパクトは皆無、むしろそれまで沈黙の中で睨みを利かせてきた牽制役の社内役員の数が減ったことで、CEOに歯止めが利かなくなってしまった、というケースも多いのではないかと自分は思っている*3

常時、会社組織の中の人々に接しているわけではなく、その会社の事業を直接担当したこともない、という人の場合、たとえどんなに優れた能力の持ち主であっても、限られた会議の時間の中で、まさに組織の中で事業を知り尽くした社内役員を「一般論」以上の理屈を持ち出して説得する、というのは極めて難しい。

また、執行側が良識をもって丁寧な説明に徹する姿勢を保っていれば、まだ社外役員の知見を引き出せる環境も生まれるが、意図的に”ごまかしの説明”をするようになってしまうと、かえって盲従者を増やすだけになってしまうことだってある。

かつてのボードは、会社のことを隅から隅まで知り尽くしたメンバーで構成されていたから、どんなに専横的なトップでも簡単に「嘘」をつくことはできなかった。その場では黙っていても、裏でどんな情報を握っているか分からないし、ひとたび不都合なことが露見した時には、そういった「嘘」が指弾され、自ら退く決断を迫られることにもなりかねない。

しかし、社外役員の数が増えるのと平仄を合わせるように、多くの会社では社内から登用する取締役の人数を絞るようになり、新旧トップとその子飼いの役員だけでボードの社内メンバーが固定される、という例も実際あるやに聞く*4。そうなると、内側からの自浄作用など到底期待すべくもない。

社外役員に期待される役割が、もっぱら「止める」、「牽制する」というものだった時代には、それでも何とかやっていけたところはあるが、「社外」に過剰な役割を求め続けた結果、前記報告書(案)では、「コロナ後の経済社会・産業構造の不連続な変化を先導し、新たな成長を実現する」という極めてハードなミッションまで課されてしまっているのであって、ここまで来ると、「取締役会でトップの経営方針に面と向かって反論する者をなくすために『取締役会改革』を行ったのだ。うまくいくかどうかはともかく、とにかく迅速な意思決定ができるならそれでよいのだ。」と開き直るしかむしろないような気にすらなってくる。

これまで、「トップの暴走」のような事例が起きれば起きるほど、「ガバナンス強化だ!」と叫ばれて、「社外役員」の増強が図られてきているのだけれど、近年発生している様々な不祥事事例等をつぶさに見ていけば、「ガバナンス強化」が裏目に出ていた事例(取締役会の”実質的形骸化”が遠因になっている事例)も少なからず散見される。ましてや、各企業のパフォーマンスとガバナンス体制の間に有為な連関性がないことも、かなり前から指摘されていることだったりする。

それなのになぜ、未だに「社外圧」がやまないか、という背景事情に思いをはせると、いろいろと複雑な心情にならざるを得ないのだが*5、今日のところは、

「そろそろ気付こうよ・・・」

という問題提起だけして、この場を締めることとしたい。

*1:https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/siryou/20201208/01.pdf

*2:そもそも、この「コーポレートガバナンス・コード」というものが、「全て遵守しなければならない」という代物なのか、という根本的な疑問はかねてから投げかけられているところだし、ましてやそれを「プライム市場への上場死守」を狙う会社の釣り餌にする、という発想は全くナンセンスだと個人的には思うところだが、かといって内情を知っていれば明らかにふさわしくない、と思えるような会社まで、単に規模が大きい、というだけでプライム市場に居座らせて良いのか?というとまた別の話になるような気がする。

*3:自分が長年見てきた会社がその一途をたどっていたから、その印象に引っ張られているところは大きいのかもしれないが・・・。

*4:少なくとも、以前のように、社内の主力部門長は全員取締役メンバーになる、という形であれば、いかに実力派のトップだったとしても、全員を自分の息のかかった人間でそろえることは難しいが、そこを絞り込めば絞り込むほど、トップ自身によるフィルターの適用を受けやすくなることは否定できない。

*5:これについてはまた機会を改めて。

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