進まないもどかしさ

昨年8月、政府の中間指針が出されたのを受けて、鳴り物入りで設立された政府の「原子力損害賠償紛争解決センター」。弁護士会も仲介委員や若手調査官を送り込むなど、華々しくバックアップしていた。
だが、残念ながら、このたび公表された、「これまでの実績」は、必ずしも芳しいものではない。

「政府の原子力損害賠償紛争解決センター(東京・港)は16日、東京電力福島第1原発事故の損害賠償で、和解仲介の申し出があった948件中、和解の成立が5件にとどまることを明らかにした。2011年8月の発足時、3ヶ月間での和解成立を目指したが、仲介の大幅な遅れが鮮明となった。センターは人員を増強して手続きの迅速化を図る考え」(日本経済新聞2012年2月17日付け朝刊・第38面)

センターからの報告書はHPに掲載されている*1が、4ページの表を見ると、毎月申立件数がものすごい勢いで増加している上に、弁護士が代理人になっている事件は未だ4分の1程度(件数全体でみれば約2割)にとどまっていることが分かる。

センター内でも協議期日の早期設定のために、いろいろな努力をしているようだが、本格的な審理に入る前の事柄の審理に時間がかかる“本人訴訟”がこれだけ多数にのぼるようだと、どれだけ人的リソースを投入しようが、ことを片付けるのはなかなか難しいのではないかと思う*2

また、記事にもあるとおり、センター側は、東京電力の対応姿勢について、

東京電力が財物価値喪失等及び中間指針に個別に明記されていない損害の賠償請求について和解協議に入ることに消極的な態度をとり続けたこと、中間指針において目安とされた金額の増額や生活費増加分の賠償になかなか応じないこと、事件全般につき、答弁書における認否留保が多く、積極的な審理促進の態度があまりみられないこと等が挙げられる。とりわけ、東京電力の中間指針の解釈姿勢は、申立数の著しい増加や審理の遅延に大きく影響しており、これを解決しないことには迅速な被害者救済を図ることはできないと考えられる。」(15頁)

という、表現こそ柔らかながら、かなり手厳しいコメントをしている。

確かに、こういった賠償事案で、ああだこうだと細かいことを言い始めると、どんなに時間があっても足りないわけで、いかに、想定される賠償額が膨大で、かつ、国に事実上財布を握られてしまっている、という事情があるとしても、ある程度はざっくりと“割り切る”姿勢を見せなければ、進む話も進まないだろう*3

もちろん、審理が進まないのは当事者だけの問題ではなく、出だしで“石橋を叩き過ぎた”仲介委員の側にも責任があることは、センターも僅かながら認めてはいるようであるが・・・。


事故の記憶が日増しに風化していく中で、これからは時間との戦いになってくると思う。

センターの側では、上記報告書と合わせて、「総括基準に関する決定」を公表しており*4、中間指針でフォローしきれていなかった、

1 避難者の第2期の慰謝料について
(1) 今後の生活の見通しへの不安に対する慰謝料
(2) 避難による慰謝料
2 精神的損害の増額事由等について
3 自主的避難を実行した者がいる場合の細目について
4 避難等対象区域内の財物損害の賠償時期について

といった項目について、それぞれ、センターの考え方を示しているのだが、他にも、「警戒区域内における津波地震被害と原発事故による損害の切り分け方」等、判断が難しい事柄は山積しているはずで、その辺りで早期に「割り切る」基準を設けることが、何よりも肝要だと思う。

原発」という見出しだけでまだニュースになり、センターのリリースも、社会面でそれなりのスペースを割いて報道してもらえる・・・そんな状況が永遠に続くわけではないのだから。

*1:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/anzenkakuho/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2012/02/16/1316600_1_1_1.pdf

*2:裁判所から現役の優秀な書記官(それも簡裁での捌きに手慣れた書記官)を何人か連れてくれば、多少はスムーズになるかもしれないが、それでも限界はある。

*3:よほど悪質な吹っかけ事案でない限り、相手の“言い値”を尊重して交渉をスタートさせる心構えを持つくらいの発想転換をして、東電側から積極的に「賠償額」を提示するくらいでないと、この状況を打開するのは難しいように思う。そして、これは、紛争解決センターで審理する場合に限らず、「東電フォーマット」形式で任意に交渉を行おうとする個人、事業者を相手にする場合も同じ。「賠償」というネガティブな事柄に長期間人員を割くことそれ自体がマイナスなのだから、金額の多寡よりも、一刻も早く個々の案件を片付けることに力を入れて欲しい、と思うのは自分だけだろうか・・・。

*4:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/anzenkakuho/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2012/02/16/1316595_1_1.pdf

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