原発損害賠償紛争をめぐる綱引き

鳴り物入りで発足しながらも、体制の脆弱さゆえに、紛争解決に向けた進捗の遅れが、関係筋で指摘されている、「原子力損害賠償紛争解決センター」。

そんな中、昨年末に仲介委員の和解案が示され*1、双方の対応が注目されていた。

原発事故の損害賠償を巡る紛争で和解を仲介する政府の「原子力損害賠償紛争解決センター」を通じ、東京電力に不動産の価値下落分や慰謝料などの支払いを求めた福島県大熊町の夫妻に対し、東電が26日、不動産の賠償を含む和解案に一部応じるとの回答をしたことが分かった。夫妻側弁護団が明らかにした。」(日本経済新聞2011年1月27日付け朝刊・第35面)

弁護団のHPによれば、センターの和解案では、

東京電力は本件申立人(福島第一原発から約5キロ圏に自宅を持つ)に対して,不動産を含む財物の財産価値喪失分の賠償を直ちに行うべきである。」

という見解が明確に示されていたようである。

そして、東電は、これを受けて、

「自宅の価値下落分約1300万円など計約2200万円」

の賠償に応じる方針を示したとのこと。

政府審査会の中間指針では、財物損害も賠償範囲に含まれることが明確に記載されていたにもかかわらず、東電がこれまで公表した賠償基準の中では財物損害については言及されていなかったし、今後の避難等指示区域の見直しや、現・警戒区域内の資産等の扱い*2が明確になっていない以上、現時点での賠償には応じられない、というのが、東電の基本的なスタンスだったことを考えると、いかにADR機関が介在したとはいえ、この“方針転換”は非常に大きな意味を持つように思われる。

ただ、単に譲歩しただけで引き下がるほど、東電も甘い会社ではない。

弁護団が1月26日付けで公表した「抗議」(http://ghb-law.net/?p=199)によると、東電は、

(1)不動産を含む財物損失については受諾する。但し,財産価値の減少等に関しては,各費目につき和解案に記載された損害額を超える債務がない旨の確認(精算条項)を求める
(2)慰謝料額につき,中間指針の基準を超える増額分については拒絶する
(3)仮払い補償金160万円を本件の和解時に清算しないことを拒絶する
(4)上記(2)と(3)受け入れることのできない理由は,中間指針の趣旨及び被申立人が既に実施している本賠償の実務への影響による。
(5)それ以外については,和解案通り受諾する。

という回答を返してきたようだ。

このうち、(2)の慰謝料については、センターが、

(1)中間指針が定めた長期の避難生活が継続することに伴う精神的苦痛に対する慰謝料額は,あくまで目安であって,個々の避難者の属性や置かれた環境等によって慰謝料額を増額することを妨げるものではない。また,長期の避難生活が継続することに伴う精神的苦痛とは離れて,個別具体的な事情に基づく慰謝料を認めることを否定しているわけではない。
(2)中間指針は,本件事故発生から6か月(第1期)経過後からの6か月(第2期)について目安となる金額を月額5万円に減額しているが,むしろ,第2期以降は,長期の避難生活が継続することが現実のものとなり,今後の生活への不安が増大していることが推測されるのであり,かかる不安を抱えたまま避難生活を送らねばならないことによる精神的苦痛についても,上記に加えて,避難生活に伴う慰謝料の対象とするのが相当であり,その額については,一人月額5万円を目安とするのが相当である
(3)申立人らは,本件事故によって急きょ避難を余儀なくされ,申立人らの個別事情として認められるところの生活の基盤,日々の暮らしを一瞬にして失ったものである。かかる事態により受けた精神的苦痛,衝撃は,避難生活に一般的に伴う慰謝料のみでは評価し尽くせないものであり,避難生活に伴う慰謝料とは別に被申立人が加算して支払義務を負うのが相当である。かかる慰謝料の額については,少なくとも現時点においては,申立人ら各自50万円が相当である。
(4)慰謝料については,将来,従前の居住地に帰還できる場合とそうでない場合とでは自ずと差が出てくると思われ,今後,帰還が困難,あるいは帰還できるとしてもそれまでに相当な日数を要することが明らかになった場合には,その時点において別途,慰謝料が改めて算定し直される余地があると思われる。従って,上記(3)の金額は,現時点での迅速な支払いを求めるための慰謝料の内払いの和解提案である。 

と、避難に伴う慰謝料について第2期分を5万円→10万円に増額したほか、別途1人50万円の慰謝料を加算するなど、中間指針と比べて、より被災者側に手厚い解決案を示していたし、仮払い補償金の清算についても、

「仮払金については,本件和解提示金額からの控除はせず,後日,損害額の全額が確定した際に最終清算されるのが相当である。」

と、被災者側に配慮した案を示していた。

センターの和解案とて、被災者側に一方的に寄っていたわけではなく、生活費増加分等、他の請求部分に関しては必ずしも被災者側の言い分を全面的に呑まずに、双方“痛み分け”的な間をとった案になっていた、と聞くところである。

それにもかかわらず、不動産損害の賠償以外の争点部分についてはほぼゼロ回答を返してきたあたりに、和解交渉の決裂も辞さない東電の強気な姿勢が透けて見えてくる・・・。


これが普通の示談交渉であれば、和解成立の条件として清算条項を入れるよう求めることも決して不自然ではないし*3、元々本賠償の「一部」として支払った仮払い相当分を、本賠償の支払いと引き換えに精算するよう求めるのも、当然のことだろうと思う。

だが、単純な損害賠償の問題として解決できるレベルをとっくに超えてしまい、地元住民のアイデンティティを賭けた極めて政治的な“闘争”になってしまっている今回の賠償紛争において、「道理」を前に立て、和解案を突き返すことが、被災者側の心情にいかなる影響を与えるか・・・。

それを考えた時に、このような対応が果たして得策なのかどうか、ということについては、何とも評価し難いものがある。

もちろん、今、東電の担当者が、ここで和解案をそのまま呑んでしまうと、現在、東電フォーマットの請求書で淡々と処理している他の多くの被災者についても、同様の慰謝料基準や清算方法を取らなければならなくなるのでは・・・?という強迫観念に襲われているであろうことは想像に難くないし、それゆえ、ここで何とか守りきらなければ・・・という思いにも駆られているのだろうけど、こと慰謝料のような、個別的な要素が強く反映される項目については、ベースをあくまで中間指針のレベルに設定した上で、それ+αの慰謝料額を請求する被災者については個別事情を勘案して増額、ということだって、理屈の上では可能なはず。


もしかすると、さらに協議が続けられることを見越して、高めのボールを投げ返しただけ、なのかもしれないが、これで本当に決裂し、裁判に持ち込まれるようなことになってしまうと、双方ともに、より大変な状況に追い込まれることになってしまうようにも思われるだけに、最後の場面で一体どういう形で双方が矛を収めるのか、注目してみていくことにしたい。

*1:和解案の内容については、原発被災者弁護団のHP参照(http://ghb-law.net/?p=188)。

*2:国による買い取り等がなされる可能性もある。

*3:特に、現時点で十分に見通すことができない警戒区域内の財物損害まで含めて賠償する、ということになれば、なおさらだろう。

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