東電の犯した過ちと「約款」をめぐる議論への影響。

前の週あたりから、話が二転三転してドタバタ状態になっていた「電気料金値上げ問題」。
最初は、「本気か?」と思わせるような強気の姿勢を見せていた東電も、枝野経産相からの激しいプレッシャーもあって遂に白旗を挙げたようだ。

東京電力のプレスリリース
http://www.tepco.co.jp/e-rates/corporate/charge/images/20120327_1.pdf

元々の方針が、

「自由化部門」の契約電力50キロワット以上の顧客に対して、電気料金を4月1日から一律で平均17%引き上げる。

というものだったのに対し、

「契約期間満了までは現行料金を継続する」
「既に料金値上げの同意を得た顧客についても再度電話などで意思確認をする」

ということを明言。
ゆえに、3月30日までの日が契約期間満了日となっている契約者の場合、これまでの同意の有無にかかわらず、値上げが実施されてから約1年の間、従来の安い電気料金のメリットを享受できることが、ほぼ確定することになる。

自分のところでも、21日に東電の“ちゃぶ台返し”的な発表があって以来、この1週間ほど、子会社も含めてとんでもない騒ぎになっていたが、これで、「そうは言ったっていったん同意を得たものはひっくり返せませんよ」的な、東電営業の言い訳を聞くこともなくなるかと思うと、ほっとする。

もっとも、喜んでいられるのもつかの間。
冷静に考えると、今回の値上げに向けた東電の一連の行動とそれに対する批判が、今後の企業実務(特に約款の扱いをめぐる実務)に与える影響、というものにも目を向けないといけないのかもしれない。

そこで、「東電の犯した過ち」について、今後の実務へのインパクトを意識しつつ、若干の行数を割いて検討してみることにしたい。

東電の犯した過ち

まず、ここで取り上げたいのは、

「東電が、従前の取引条件が適用される契約が継続している顧客に対しても、十分な説明を行うことなく、電気料金値上げを含む取引条件変更に合意させようとした」

ということである*1

法的に言えば、契約期間中であっても、当事者の合意があれば適用する電気料金を変更することはもちろん可能だ。

正確に言えば、東電の場合、基本となる電力供給の契約書に、料金を含めた供給条件を定めた約款を添付させる形式で契約が成り立っているから、「基本契約に適用する約款を変更する」旨の契約書なり覚書なりを別途取り交わせば、新しい料金が適用されることになる*2

だが、本来、期間の定めのある契約においては、契約の効力が存続する期間中は、当初定めたものと同一の条件で、商品・サービスの提供が行われ続ける、ということが大原則だし、そうでなければ契約など成り立たない。

それにもかかわらず、東電は、当初、顧客の各企業の担当者に、あたかも4月から一斉に新料金が当然に適用されるかのような説明を行っていたと聞く*3

最初から法律知識に長けた担当者が東電の相手をしていれば、契約書をひっくり返して、「おいおい待て待て、まだ契約期間中じゃねえか」という突っ込みを入れただろうし、実際そういう会社もあったのかもしれないが、通常、この種の契約の担当者の場合、値上げが与える具体的な経理へのインパクトに頭を巡らす発想はあっても、契約法を盾に値上げそのものを拒む、という発想はなかなか出てきにくい。しかも、相手が東電となればなおさらだ。

ゆえに、契約電力数をやりくりしたり、その他もろもろのトータルのコスト削減策をセットにした上で、4月からの値上げに応じる合意書(覚書)にサインした、という会社、事業所の担当者は多かったのではないかと思う。

しかし、それは結果として、従前の自己に有利な取引条件を契約期間中で放棄することに他ならない。

顧客側の担当者が、「契約」というものの性質について、きちんと理解していなかった、というところにも問題の一端はあるとはいえ、何でもう少し丁寧に説明してくれなかったのか?という声は、出てきても不思議ではないところだろうと思う。

二点目。

「東電が、合意済みの顧客に対して的確なフォローを行う前に、『契約期間満了まで現行の電気料金を据え置く』という発表を行ってしまったこと。しかも『既に合意した顧客とは契約については予定通り値上げする』という余計なことまで言ってしまったこと。」

個人的には、今回の一連の騒動の中で、これが一番稚拙な対応だったのではないかと思っている。

21日の東電の発表は、それまで十分に説明されてこなかった「契約の大原則」を白日の下に晒す結果となった。
そして、こうなると、有利な立場をいったん「放棄」してしまった顧客側としても、引っ込みが付かなくなるわけで、当然に「それまでの説明は何だったんだ」という抗議の声が上がることになる。

本来であれば、上記のような発表をする時点で、既に合意した顧客についても、同じような整理をする、という判断を東電の中でしておかねばならなかったはずだし、東電の側から先に仕切り直しの再説明を行って然るべきところだったはずなのに、わざわざ『既に合意した(お人よしの)顧客とは・・・』というトーンのことまで言ってしまうから、顧客の側としても、事を荒立てて合意書なり覚書なりの破棄通知を用意せざるを得なくなる・・・。

「どんな法律行為も、感情の上に成り立っている」、というのは、法に携わる者が常に自覚していなければならないことだと思うが、上記のような東電の対応は、この点について、あまりに配慮が足りなかったのではないか、と思うところである。

そして、最後に三点目。

「東電が、電気料金値上げに合意できない顧客に対する「電気供給停止」を仄めかすようなコメントを出してしまったこと」

法的には当たり前のことを説明しているだけなのに、27日のプレスリリース以降、この点が一番ホットな話題になってしまった、というのは、東電にとってはある種不運な面もあるだろう*4

解説すると、

(1)「基本契約の契約期間が満了し、新しい契約期間に入る時点で、従来の取引条件を定めた約款は既に廃止され、料金値上げを反映した新しい約款が制定されている」
     ↓
(2)「旧約款が廃止されてしまった以上、新しい契約期間においては、新約款が適用される、というのが通常の約款取引の考え方である」
     ↓
(3)「約款取引における契約相手方には、約款で用意された取引条件に合意して契約に入るか、それともそれを拒絶して契約関係に入らない(あるいは解消する)か、という選択肢しか存在しない。」
     ↓
(4)「ゆえに、相手方が新約款に合意できないのであれば、東電との契約を打ち切るほかない」

という流れになる*5

「電気」というのが、極めて重要な社会インフラであることを考えれば、通常の取引関係解消以上にインパクトが大きいのは間違いないが、その一方で、電気供給契約が従前たる私人間の契約であることも否定できないわけで(しかも自由化部門においては他の電力事業者との契約も一応は可能な立てつけになっている)、直ちに「契約打ち切り=悪」とまでは言えないだろう。

ただ、上記は、あくまで“評論家“視点に立ってこそ言える話。

一方的に定めた、定型的(言いかえれば交渉の余地のない硬直的)な契約条項群を用いて、YesかNoか、という取引を行うことができるのは、それなりに恵まれた立場の事業者であるのは事実で*6、そんな形でサービスを提供している事業者(しかも、値上げに理解を求めていかなければならない当事者)である東電が、胸を張って「合意してくれないなら契約しません」などといえばどういうことになるか、通常の感性を持ってすれば、容易に想像がつくはずなのに・・・と思うと、何とも残念でならない。


以上、今回の一連の騒動の中で、東電が犯した過ちは多々あるのだが、個人的には、こういった過ちの中から、

「事業者同士の契約だといっても、約款使用者側の説明が不十分だと、取引の相手方が誤った判断をしてしまう」

「約款の契約条件を一方的に変更して、それに応じないと取引を拒絶する、ということになると相手方への弊害が大きい」

といった評価が導き出されてしまうのではないか、ということを密かに懸念しているところで、特に、今後の債権法改正の議論の中で、「約款」をめぐる規制がかなりのボリュームで論じられそうな見通しであることに鑑みれば、なおさらその懸念は増す。

冷静に考えれば、一つ目の方は、「約款」そのものに由来する問題ではないし、二つ目の方も、電力事業の特殊性をさっぴいて考えないといけない話だと思うのだが、とはいえ、不正確で本質に添わない話ほど、広く世の中に流布される、という現実もあるわけで、今後は、東電の問題が変なところに飛び火していかないよう、十分に気を付けていかなければならないのかもしれない。

そして、当然のことながら、明日は我が身。
追いこまれた時こそ、経営判断に慎重さ、冷静さが必要、ということを、もう一度良く考えてみたいと思っている。

*1:世の中では、「値上げそのものがけしからん」(役員も社員もまだ高い給料もらってるのに、的な)という意見もあるようだが、商品の価格をどう設定するか、というのは本来経営判断に属すべき事項。もちろん、「独占企業」ならではの問題もあるのだが、それについては今回は取り上げない。

*2:適用される約款は「制定日付」で特定されているから、巷に良くあるような“いつの間にか変更されていた”という事態は生じないと思われるが、契約で当初指定した約款を、別の約款(後に制定された約款)に読み替える等の合意をすれば、契約期間の途中でも、以後新しい約款が適用されることになる。

*3:正確なやり取りまでは再現できないが、東電に対応した複数の担当者から聞いた話なので、そんなに齟齬はないだろうと思う。

*4:ただ、27日のリリース以前から、「3月末日で契約期間が満了しない(=本来4月からの値上げ対象ではない)」会社に対しても、東電の営業担当者が一種の脅し文句として、「契約解消→供給停止」をほのめかしていた、という情報もあるから、あまり同情する気にはなれない。

*5:厳密に言えば、先述したとおり、基本契約に適用される約款は、「制定日付」ベースで特定されていることが多いので、常に契約満了後は新約款によらねばならない、という解釈が導けるかは微妙なところだが、いずれにしても適用する約款(取引条件)に合意できない限り、相手方としては契約更新が拒絶されるリスクを負うことになることに変わりはない。

*6:もちろん、約款それ自体のメリットは約款使用者だけでなく、その相手方も享受している(無用な交渉コストを価格に転嫁されない等の経済的な観点から)のだけれど。

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